⑥
「師匠、アルスはどうしてるか知ってます?」
自室でダラけていたキミアが思い出したかのように言ったのは母の形見を貰って数ヶ月経った頃だった。
「殆ど外に出てないらしいから実際には見てないが……この前死んだ愛犬を記憶を保持したままキメラにしたらしい」
「……凄いですね」
キメラは生きている生物を素材にしても元の自我や記憶は残らないとされていた。他にもアルスは数々の未開錬金術を解明していっている。
「元より天才だ。その気になればやってのけるだけの才はあっただろう」
「あいつは天才なんかじゃないです」
「え?」
「天才ってのは後からの努力でどうやっても届かない才能の持ち主。ワタシのようにエルフの血を持って産まれたような存在を言うんです」
キミアは一呼吸置き「でもアイツは」と続ける。
「何も無しに、努力のみでのしあがって来た最高の凡人ですよ。いずれ天才をも超えるワタシの友人です」
「……そうか」
話が途切れた瞬間、玄関のドアがノックされる。メディ家の二人は出かけているのでキミアが対応する。
「はい……あ」
「久しいな」
立っていたのは銀髪で細身の少年。特徴的な二本の癖っ毛を見てキミアはその名前に辿り着く。
「アルスか! 随分とやせてるじゃないか、大丈夫か?」
「問題ない、身体に不調は全くないさ」
「本当に久しぶりだな、とりあえず入れよ」
「いや、長居する気はない」
「そうか……じゃあどうしたんだ?」
「キミア、お前はもう錬金術を辞めたのか」
「…………」
二人の間にあった空気が固まる。重く感じる口を開き、キミアが答える。
「ああ、今は錬金薬学をしている」
「そうか……」
アルスが初めて表情を変える。落胆か、寂しさか、キミアには分からない。
「じゃあ、アレはワタシが使おう」
「……アレ?」
疑問符を浮かべながらキミアは差し出された手を見つめる。
「万能なる素材、エルフの血だ」
「……ああ」
閉鎖的な場所だ、どう隠したって誰かにはバレる。こういう人が来てもおかしくは無かった。
しかしそれが一番の友人となると____
「悪い、アレは母さんの形見だから使うつもりは無いんだ」
精一杯捻り出した言葉が耳に入った瞬間、アルスの目が変わる。
「ふざけるな」
「…………え?」
「あのような悲劇を無くす、それはお前も望んだ事だろう! 全ての未開錬金術を無くすにはソレが近道となる、それが正しい使い方だ!」
「まてアルス、お前の気持ちもわかるが……」
「うるさい! 口を出すな!」
仲裁に入ろうとしたゲンが突き飛ばされる。
そのままアルスは家に入り込み、棚を漁りはじめる。
「何処だ! 何処に隠した!」
「やめろアルス!」
二人がかりでもその細身を止める事は叶わず、最終的に騒ぎを聞きつけたボルと猫たちによってアルスは鎮圧された。
*
「旅に出ようと思う」
その夜、寝る前にゲンが切り出した。
「旅、ですか?」
「ああ、元から此処にずっと居るつもりは無かったんだ。この世界の食材とかを見回る、そうしないと栄養士なんて夢のままだからな」
「そう、ですか……」
「なあキミア、お前も来るか?」
「え?」
「此処に居たいってんなら止めない、でも……」
「行きます」
考えるより先に声が出ていた。ゲンは優しい笑みを浮かべ、キミアの頭を撫でる。
「じゃあ、よろしくな」
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