月の光だけを頼りに道を歩く。外灯の一つもないのはこの世界の文明発達の問題ではなく、この村が錬金術に特化しているせいである。

 外灯なんかを作る暇があれば研究をしていたい。そんな者ばかりなのだ。

 そこら辺を上手くやってくれるのがボルなのだが、彼は猫なので夜目が効くため不便だと気づいていないのだ。


「師匠、やっぱり懐中電灯は必要でしたよ」

「でも気づかれないようにって言ってたからなあ」

「これじゃあ辿り着く前に怪我してバレますって」

「むう……仕方ない」

 一旦引き返そうとしたゲンの顔に毛玉が覆いかぶさる。

「むぐ……」

「師匠?」

 ゲンはくしゃみを堪えながらソレを掴んで地面に下ろす。

「顔に飛びつくのはやめろ、八作」

「せっかく迎えに来てやったのにその言い草はひどいな」

 そう言って白猫のヤサクは八つに割れた尻尾でゲンの足をペチペチと叩く。

「ああ、もう。早く案内してくれ!」


 *


「夜更けに呼び出してすまない、座るとよい」

「は、はい」

 キミアが正座をし、ゲンが胡座をかく。

「で、どうしたんです?」

「キミアに渡したいものがあってな」

 ボルが尻尾をペチリと鳴らすと奥から何かを持った二足歩行の猫が歩いてくる。

「お前にはもう不要な物かもしれぬが、お前が受け取るべきものだ」

 キミアは猫から受け取った小瓶を見つめる。

 中には赤い液体が入っている。恐らく水よりは粘度が高く、人工的な物でもなさそうだ。

「なんだそれ? 血か?」

「血?」

 キミアは視界を変える。確かにその液体には僅かに生命力が入っている。しかしソレは普通のよりも大分と多い。

「これって……」

「お前の母親、アルケー・プローションの血だ」

「……!?」

 ハーフエルフであるキミアの母親は絶滅まで数年持たないと言われている純血のエルフであった。

 エルフは様々な要因から錬金術に最適だといわれており、その血は錬金術において人間種のものより高い効果をもたらすものである。

 特に死亡してから死後硬直が始まるまでの僅かな時間に採取されたエルフの血はあらゆる物の代わりになると言われるほど貴重な素材となる。

「それは彼女の手から抽出された、下手をすればこの世で最後の物となる」

「だから気づかれないように、ですか」

「ああ、この事は一部の猫しか知らぬ。しかしソレを持つことで危険な目に遭う可能性も否定は出来ない」

「確かに、そうなるな」

「故にキミアが希望するのであればこちらで処理しよう。誰も気づかず、誰も採取できないように廃棄する」

「いえ……持っています」

 キミアは小瓶を両手で握り締める。

「これは……唯一残った母さんの形見ですから」

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