「なんだい、お客さんかい?」

「村の外から人が来たって?」

 俺たちの来訪はとても珍しいらしく、村長の家には沢山の人が集まった。

 ほとんどの人が帽子を被っており、よくみると身体には様々な動物の特徴が見えている。

 思ったよりも歓迎され、夕食の準備が整ったところで吹き飛ばさん勢いで扉が開いた。

「お前ら……騙されるな!」

 入って来たのはジュージと呼ばれた男、麻酔はまだ残っているだろうに凄まじい勢いだ。

 それより……この状況はまずい。

 村長が止めるより早く、彼はもう一度叫ぶ

「そいつらは、錬金術師だ!」



 阿鼻叫喚、大混乱。俺たちには恐れた視線を向けられ、中には攻撃してこようとした者もいた。

 村長が間に入る事で乱闘は収まったが……冷戦状態といったところだ。

「この者達はあの錬金術師とは違う、むしろジュージを助けてくれた恩人だ」

「しかしこの村に錬金術師を入れるなどあってはならない!」

「そいつらを出すな! 交代で監視をつけてこの村から出すな!」

 最早誰が何を言っているかわからなくなった状況でまた扉が開く。

 入って来たのは一人の子供、中学生くらいだろうか?

「アル、すまないが今は……」

 アルと呼ばれた彼は宥めようとする皆を払いのけ、絶望の混じった表情で訴える。

「どんな状況か知らないけどそれどころじゃない! ヒメが……ヒメが攫われた!」


 *


「ヒメユリが……攫われた?」

「村長が言ってたのと同じ服だった! きっと奴らだ!」

 状況が飲み込めない俺たちの元に村の入り口で会った男が近づいてきた。

「最近この近くに人身売買の集団がうろついていてな。俺たちはほら、こんな身体だから気をつけていたんだが……」

 男と共に騒ぐ皆の方を見る。勢いを削がれていたジュージが何かを訴えていた。

「オレもだ、オレもそいつらに撃たれた! なんとか逃げ切ったが……そうだ、匂い玉をぶつけた! アレの匂いを辿れば追いかけられる!」

「しかし追いかければそやつも捕まるだろう。ヒメユリを獣人だと分かった連中、皆を一見しただけで狩りにくるはずだ」

「…………」

 長い沈黙の後、またジュージが声を上げて俺たちを指す。

「お前ら! お前らがいけばいいじゃねぇか!」

「……はあ!?」

「止まれタカ……方法はあるのか?」

 叫んだ俺に対して先生は冷静な顔をしている。そんな先生に驚いたのかジュージは声を荒げる事なく口を開く。

「そんなの取り返すだけだよ」

「身体能力の高いお前らでさえ負けた相手にワタシが、か?」

「……なら金出して買うしかないだろ」

「そんな金あるわけないだろう」

「金は……ある」

 何処かに行っていたらしい村長が大きなトランクを運んできた。

「この姿になる前は社長をしていてな……もうこの村では使わん物だ」

 着々と話が進んでいく。このままでは俺たちが人身売買の場所に行く事に……

「そうだ! その匂い玉ってのは俺たちじゃわかんないだろ!」

 犯人が気付いてないって事は恐らく獣人にしかわからないものだろう。仮に俺たちで行ったとしてもその匂いを辿れはしない。

「それに、ワタシたちが金を持って逃げ出す可能性もあるしな」

 それを言うのか先生……しかしコレは効果的、獣人がいないと場所はわからないが獣人が行けば捕まってしまう。

 この矛盾を解消できるものなんて……

「オレが行く! オレならヒメよりも獣の血が薄いし鼻もきく、オレなら問題ないだろ?」

 名乗りをあげたのはさっきアルと呼ばれていた子、その発言に周りからは渋々ながら賛同の声があがりだす。

「まあ……それしかないよな」

「仕方ないよね……」

 数分の会話の後、皆はアルを含めた俺たちの方を見る。

「すみませんが、よろしくお願いします」

「え、ちょ……先生?」

 村長が差し出した手を先生が握る。

「成功した時は近くの場所まで案内して貰うぞ?」

「もちろんです。いいよな、ジュージ」

「取り返せたら、な」

 唾でも吐くように言い捨ててジュージは部屋から出て行った。

「さて、夜は獣の動きが活発になり匂いが薄れる。今宵は予定通り食事をして、明日の昼に出発としましょう」

 村長は「いいですかな?」と俺たちに目で訴えてきた。俺が頷くより先に先生が机に座って口を開く。

「問題ない、それよりアルカロイドへの道を探させておけ」


 *


 食事も終わり、夜はふける。今日は村長の家に泊まる事となり、先生と共に客室で休んでいた。

「PHSはやっぱり使えない……そういえばこの村に固定電話って無いんですかね?」

「……それもそうだな」

 先生は立ち上がって部屋を出る。俺に行かせると思ったのに先生が自ら動くなんて珍しい。


 しばらくして先生が帰ってきた。顔は……あまり明るくないな。

「ダメでした?」

「繋がらなかった。恐らくコカナシのも壊れているのだろう」

 先生はそのまま端に置いてあるウエストポーチを探り出す。

「まあ、別の収穫はあったがな」

「なんですか?」

「フィジーに今回の事を連絡した」

 フィジーさんに、と言う事はそのまま国営傭兵団に伝わるだろう。つまり……

「俺たちが行かなくても事件は解決?」

「残念ながらそうは行かない。村長に相談したがここの人の事を国に知られたくはないらしい」

 彼らは誰も予想していないような存在だ。国がどう扱うかなんて前例がない、それが不安……と言う事だろうか。

「とりあえず攫われた……誰だっけか」

「ヒメさんです、ヒメユリさん」

「ああ、そう、そいつ。そいつだけはワタシたちで保護し、後は傭兵団に任せる算段だ」

 どちらにせよ行かなきゃいけないと言う事か……

「……どこかで落としたか」

 先生は舌打ちをしてポーチを閉める。

「何か無くしたんですか?」

「火だ、お前持ってるか?」

「ああ、はい。確か点いたと思いますけど……」

 錬金溶液にも溶かせる物や量に限度がある。しかし溶解度と同じで温度を上げれば溶けやすくなるのである。

 もちろん不要な熱エネルギーのせいで錬金は難しくなるが、どうしても必要な時があるので先生から着火ライター……いわゆるチャッカマン的な物を持たされているのだ。

「えっと……あ、ありました」

 それを受け取った先生はポケットに片手を突っ込んだままベランダに出る。

「何に使うんですか?」

「ん、ああ……お前煙は嫌いか? 喘息とかなかったよな」

「はい、別に持病はないですけど」

「そうか」

 結局俺の質問には答えないで先生はポケットから出した何かに火をつける。

 逆側から煙があがるそれを口に咥え、端の方から息と共に煙を吐き出した。

「……タバコ吸ってました?」

 灰皿に灰を落とし、また煙を吐いた後に「意外か?」と少しだけ顔を緩めた。

「舌が悪くなるって師匠に止められていたんだがな……こういう時はどうも吸いたくなる」

 一本差し出されたが流石に断る。代わりに着火ライターを持って先生のモノに火をつける。

 横に座り、コーヒーをすする。


 静かな森の中にある小さな村、虫の綺麗な声をBGMにまるで俺たちの心境のように煙が揺れる。智野は、コカナシはどうしているだろうか……

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