④
「トリスメギストス?」
なんだか聞いたことのある響きだ。
「ええ、トリスメギストス。神から授かりし力、錬金術を研究する団体でございます」
再度笑みを浮かべてお辞儀をしたゲラシノスという男に向かって先生は口を開く。
「で、その団体が何の用だ。セールスとかならお断りだ」
「いえいえ、確かに宗教のようだという意見は幾分かありますがそのようなモノと一緒にされては困ります。我々はただ錬金術を発展させるだけなのです」
「…………」
先生は黙って先をうながす。
「そう、用件でしたね。いやいや大した用があるわけではないのですよ。少し人探しをしていまして」
ゲラシノスが取り出した少女、ニャルの写真を見て思い出す。確かマッカファミリーもトリスメギストスを名乗っていた。
「この子はあなたの子ですか?」
「いえいえ違います。彼女もトリスメギストスの一員なのです。大切な話があるというのに顔を出しもしない困った子です」
笑っている目と目が合う。
先程から彼の笑顔が崩れたのを見ていない。まるで笑顔の仮面でも貼り付けてあるかのようだ。
そのせいで彼の真意がわからない。どこまでが本当の言葉なのか……
「うむ、ワタシは知らんな」
先生の言葉で思考が止まる。先生は俺より前に出て振り返る。
「お前らはどうだ?」
智野とコカナシはすぐに首を横に振る。一歩遅れて同様の反応をする。
「おやおや、知りませんか。それは失礼」
写真を懐に入れてゲラシノスは一歩下がる。
「普段ならばトリスメギストスに勧誘しているところなのですが……残念ながら今は他の件で手一杯。今回は失礼させてもらいます」
手に持っていたシルクハットをくるりと回して頭に乗せる。
「神の術を扱っているならばまたご縁がある事でしょう。では皆さま、ご機嫌よう」
一人語ってゲラシノスは去っていく。
「何が神の術だ、錬金術は化学的なものだぞ」
「でも今から会いにいくのは錬金術の神様ですよね」
コカナシの呟きに先生は苦笑いを浮かべた。
*
「ああ、タカ坊。行く前に一ついいかな?」
ツェットを立つ前、見送りに来ていたヨロズさんに幾つかのストックボックスを渡された。
「アデルに頼まれてた機能をつけたんだな。その名も音声認識機能!」
ヨロズさんはストックボックスを一つ持つ。
「開け、近くて遠い世界の扉よ!」
数秒の間の後、ストックボックスが自動的に開いた。
「な? 凄いな?」
「いや、凄いですけどなんでその言葉なんですか」
「まだ音声認識のワードを変更するまでは至ってないからな、アデルに頼まれたワードにしたんだな。とりあえずこれをアデルに渡しといて欲しいな」
奇妙なストックボックスをカバンに入れ、俺たちはツェットを旅立った。
*
イスカンデレイアは山に囲まれた村である。公共交通手段は途中で断絶され、最終的には歩く羽目になる。
このタイミングで智野の車椅子を新調したのはそれもあっての事だろう。
そんな徒歩道中。智野がふと思い出したように口を開く
「ねぇ、錬金術の神さまってどういう人 なの?」
「人じゃなくて猫」
「……神様の使いが猫なの? 仏の蜘蛛みたいな」
「いや、神様自体が猫。片方は子供」
「……?」
「ま、みたらわかるさ」
「ふうん」
智野は納得してなさそうな返事をして門を見上げた。
イスカンデレイア、到着である。
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