ホーンテッド・にゃんション

「平穏だ……」

 マンドレイク 風邪の時期は過ぎ去った。ひたすら錬金と売り子をしていた俺たちはようやく休みがとれるのだ。

 甘い菓子を食いながらテレビを見ていると智野が車椅子を押して隣にきた。

「洗濯物は終わったのか?」

「うん。わたし達の世界ではあまり見ないタイプの服とかは畳みにくいけどなんとかなった」

「あー、そこら辺面倒だな。これ美味いぞ」

 俺が指した菓子をいくつか食べた後に智野は喉を潤してこっちに視線を向けてきた。

「あのね、話があるの」

「……なんだよ、改まって」

「わたしね……わたしも錬金術をしたいの!」


 *


「……と、言うわけでして」

「…………」

 俺だけでは決められないので先生に相談をする事にした。

 先生は読んでいた本を机に置いて智野に目を向ける。

「なぜだ?」

「え?」

 先生の完結すぎて言葉足らずは口調になれていない智野は少し固まった後、小さく声を出す。

「この前のみんなを見てて、手伝えたらなって……」

「お前はコカナシと一緒に香料の配合をしていただろう。それで充分だ」

「それは……そうかもですけど」

 智野は黙ってしまう。

「なあ智野、何か」

「ちゃんと話せ。わからん」

 先生がそれを言うか……あと台詞を奪わないで欲しい。

「この前ふと思ったんです。わたしはこれからどうしようかなって」

 こちらをチラリと見て智野は続ける。

「元の世界ではある程度の道筋が見えていたけど今は何も見えなくて……」

 確かに智野は足の事もあって殆ど遠出をしていない。近くの町にコカナシと買い出しに行くくらいのものだ。

「わたしの見える範囲で見て、それで出てきたのがコカナシさんのようになりたい。だったんです」

 先生の眉が少し動く

「コカナシ……それは錬金術のサポートとして、か」

 頷いた智野の顔が上がる前に先生は続ける。

「コカナシは錬金術をしていない。あいつのようになりたいと言うのならば看護だとか……そうだな、アデルのように品を見分ける技術を鍛えるのもいい」

「でも、それじゃあ違うくて」

「何が違う」

「その、わたしは……隆也の隣に居たくて」

「……俺? 今隣にいるだろ?」

「黙ってろバカ」

 ボールペンを投げつけられた。痛い……

「わたしが居ない間に遠くに行った気がして、これからは隆也と同じ光景を見ながら歩みたい……と」

 声が小さくなっていくのも無理はない。智野が言っているのは『この先どう生きたいか』であり『錬金術をしたい、錬金術で無ければいけない』ではない。

「錬金術というのは思っているほど簡単ではないぞ」

「わかっています」

 先生は少しの間智野の目を見ていた。

「……いいだろう。ただし錬金術師ではなく錬金薬学師だ」

「ほんと、ですか」

「家事に影響が出ない程度にやれよ」

「はい! ありがとうございます!」

 笑みを浮かべた智野を扉の向こうからコカナシが呼んでいる。

「あ、買い出し! 行ってきます!」


 智野が部屋を出たのを見て先生は本を開く。

「あの、先生」

「なんだ」

「よかったんですか? あの理由で」

「困っている人を助けたい、なんて理由よりはマシだ。それに対する明確な思いは転んだ時に立ち直るのが難しい」

「はあ……」

「それに、ワタシも立派な理由ではないからな」

 そう言って先生は珍しく苦笑いを浮かべた。

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