風通しと日当たりが悪いから普段使っていない部屋。今回はその外に左右されない部屋が利点となる。

 その扉を目の前にアデルとシャーリィさんと話をしている。

「いよいよ運命の時……僕までドキドキしてしまうな」

「緊張はうつってしまいますよ。これでも飲んで落ちついて」

 アデルには素材面、シャーリィさんには智野が目覚めた後の診断を頼んでいる。

 セルロースさんは智野の服を仕立ててくれている。

 皆から万全のサポートを受けて俺はこの日を迎えた。

「準備はいいか?」

 素材を抱えたコカナシと先生が倉庫から戻ってきた。

 先生の言葉に頷いてドアノブを握る。ゆっくりと押し開けると部屋の中央に智野が入ったポッドが置かれていた。

「いくか」

 俺に続いて先生、コカナシが部屋に入る。さらに続いてアデルとシャーリィさんが入ろうとしたところをコカナシに止められた。

「ちょ、コカナシちゃん?」

「ここからタカ以外は男子禁制です」

「え? なんで?」

「キミアさんは女性だったのですか?」

「そこら辺は野暮な質問というものです。どちらにせよ……」

 コカナシは少し言葉を止めて顔を赤らめる。

「キミア様は私しか見えていない筈なので」

「ワタシはいないと始まらないからだ。適当な事を言うな」

 先生がコカナシを小突いて扉を閉めた。

「……なんで男子禁制?」

「まあ、すぐにわかります」

 そう言ってコカナシがポッドを操作する。状態を示すランプが見たことのない黄色の点滅になり、ポッドのロックが外れた音がした。

「どうぞ、コレで開く筈です」

「…………」

 智野がこのポッドに入って以来見ることが出来たのは窓越しの顔のみ。久々の対面となる。

 少し震える手で蓋を掴む。そのままゆっくりと開け、久々に智野の姿を……!?

「なんで裸なんだよ!」

 思わず蓋を閉める。男子禁制ってこういう事か!

「冷凍保存するのに服は邪魔だったのでしょう」

「直接処方をするのにも無い方が都合がいいしな」

 まともな事を言いながら二人は笑いを堪えている。こんな時まで人を弄りやがって……

「コネクトはいらないんですよね!」

「ああ、お前らはより深くで繋がっている。恐らくこの世界に来るときに繋がったのだろう」

 ならばもう始めてしまおう。直視できないし視界の端に入るだけでも目に毒だ。

「錬金……はじめます!」


 *


 五感の殆どが現実から切り離され、俺は錬金術に入り込む。

 明確に認識できるのは触れているモノと俺の体力が通っているモノだけだ。

 大きく深呼吸をしてハンドテダケを溶解する。コカナシが作った中和剤を少しずつ入れていき、毒の量を調整する。

「まずは下準備……」

 できた麻酔を智野の身体に少しずつ入れていく。繋がっている俺の身体にも痺れがほんの少し伝わってくる。

 その弱い痺れが全身に行き渡ったのを確認して麻酔の注入をやめる。

「コカナシ、頼む」

 返事は聞こえない。代わりに左肩を一回叩かれた。

 数秒間を置いてから先ほどとは違う痺れが全身を駆け巡った。自身の意思とは関係なく筋肉がピクリと動く。

 麻酔が強くなったのではない。数秒置きにコカナシが智野の身体に流している微弱な電気がそうさせているのだ。

 生命力などを視認できるまで智野とのコネクトを強める。

 智野の筋肉が動くとソレも僅かに動く。つまり微弱な電気に反応していないところが今回治療しなければいけない所というわけだ。

「……オーケー!」

 合図と共に電気が止まる。

「…………」

 ここまでは普通の直接処方だ。ここからは生命力を使った錬金術となる。

 コネクトをより強くし、俺は錬金術の奥へと入っていく。


 *


「っ……めた!?」

 奥に入った瞬間、強烈な冷たさが俺を襲った。

 寒いなんてもんじゃない、特に左足が痺れるほどに冷たい。

 解凍済みとはいえまだ身体に冷気が残っているのだろうか。しかし錬金を止めるわけにはいかない。

 培養液に入ったヒトネズミの細胞を手に取る。

 この細胞を機能していない智野の細胞に繋げると、ほんの僅かだが智野の細胞が機能し始めるらしい。

 ヒトネズミの細胞と人の細胞を繋げる。通常そんな事は出来ないが、生命力を使う強化を使えばその限りではない。

「…………」

 さっき電流で確認した異常部分に意識を集中させる。

 少しずつヒトネズミの細胞を入れ込み、生命力で繋いでいく。

 体力と違って疲れはしないがまるで暴れ馬だ。取り出して繋ごうとしているのに俺の身体に戻ろうと反発してくる。

 自身の本能を理性と技術で抑え込まなければならない。

「……ぃっつ!」

 幾つか細胞を繋いだところで集中が僅かに途切れ、左足の鋭く冷たい痛みが脳に割り込んでくる。



 それが、全てを崩した。



 生命力が手綱から離れ、制御できなくなる。暴走したソレが細胞を繋ぎ止めている生命力をも引き連れて身体に戻ろうと踠きだす。

 戻るソレを突き放そうとするとソレを示す光が赤くなり始める。

 智野も、素材も、自分すら見えないほど視界が赤く染まる。

 このまま生命力が戻ってしまえば細胞の結合が外れ、智野がどうなるか分かったものじゃない。

「戻るな! モドるな!もどるな! もどるなぁ!」

 叫ぼうが喚こうがソレは戻ってくる。

「どうすればいい……なにか参考になるのは……なにか、なにか!」

 記憶を探るが何も出てこない。当然だ、先生は生命力を使った錬金をしないしボル様のは別物。

 俺はこういう錬金術を見たことが、見た……ことが……

「……あった」

 そう、一人だけそういう錬金術をする男を俺は知っている。

 マッドアルケミスト、名はアルス・マグナ。

 最初に出会った時、彼はキメラを作り上げていた。俺が来たことで集中が途切れたのかあの時のアルスもこういう状態に陥っていた。

 確かその時使っていたのは……

「キボウシをくれ!」

 叫んで右手を伸ばす。しかしキボウシが手に乗ったのかもわからないほどに感触が消え去っている。

「……あ」

 俺の手が閉じられた。そこにあるはずのキボウシに体力を流すと少しだけ五感が戻ってきた。

 触感を取り戻した冷たい手、それを閉じたその小さな手からほんの少し暖かさを感じた。

「これで……どうだ!」

 キボウシを分解して暴れる生命力に混ぜていく。少しすると生命力は鎮静し、手綱をまた掴むことが出来た。

 額にかいた汗を拭く。見えるようになった智野と向き合い、俺は処方を再開した。


 *


「……赤子泣いても蓋とるな!」

 細胞の結合をした後、亜鉛とマンドレイクで細胞の活性と治癒を行い、錬金は無事終了した。

 錬金術から這い出し五感を周りと合わせる。見慣れた壁が見えたところで全身の力が抜け、そのまま床に激突……寸前のところで助けられた。

「すまん、コカナシ」

「いえ、お疲れ様です。細胞の活性と治癒が完了するには時間がかかります。時が来たら起こすので今は休んでください」

「ああ……そうする」

 そのまま離しかけた緊張と意識の糸を掴み直す。一つだけ聞かなければと先生の方を見る。

 俺の視線を受けた先生はいつものように少しだけ口元を緩ませる。

「よくやった。御内隆也」

 一番欲しかったその言葉を噛み締め、俺は糸を手放した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る