カーテンから溢れる日差しが瞼を通して朝を告げる。

「……んあ」

 覚醒した嗅覚がいつもの香りを感じ取る。

 近くに行かなくとも感じる熱気。火のような暑さではなくホカホカとした炊きたての香りだ。

 遅れてやってきたのは少し苦味のある深いモノと塩気のある深いモノ。

 何も見ずとも朝食の献立はわかる。白飯、焼き魚、味噌汁だ。

 腹が反応しそうなその香りを吸い込んで起き上がる。

「懐かしい香りだ」

 呟いたその言葉で俺は気づく。これが夢だということ、そしてもっと重大な事を……!


 *


「……白飯を食ってねぇ」

 今度こそ目を開けた俺は呟く。この国に主食的なものはないが米は出た事がない。基本的にパンである。

 ああ、思い出してしまうともうダメだ。白飯が食べたくて仕方がない。

「まだ夢の香りが脳にこびりついて……ん?」

 大きく息を吸い込む。さっきと同じ香りが鼻と喉を往復して腹の虫を刺激する。

 半覚醒の身体をゆっくりと起こし、フラフラとリビングに向かう。

 間違いない、この匂いは……!


「匂いに釣られて起きてきましたね」

 コカナシが俺を見て笑う。

「コカナシ、この匂いって」

「キミア様の言う通りタカの故郷の料理なのですね」

 その手にあるのは予想通り白飯だ!

「この世界に米ってあったのか……」

「この国だとイスカだけでしょう。ボル様とケイタ様がイスカの土で作れるように改良したらしいです」

 そういえばあの二人も俺と同じ世界から来たのだった。ならば米が欲しくなるのも当然か。

「じゃあイスカから送られてきたんですか?」

「前祝いだそうです。これを食べると力が出るぞ、と」

 そりゃあもう力なんて出まくるだろう。なんたって白飯なのだから!

 色々聞くことはあるがそんなのはいい。

 コカナシと共に料理を運ぶ。やはり味噌汁に焼き魚!

「……ん、懐かしい匂いだな」

 食事の準備が整ったところで眠そうな顔を出した先生を見てコカナシが小さく笑った。

「また一人匂いに釣られてきましたね」


 *


「いらっしゃい。何か素材でも切れたかい?」

「いや、そういうわけじゃないんだ。少し相談があってな」

 店番をしているアデルの目が光る。

「コメの事かい?」

「なっ……なぜ知ってる」

「コカナシちゃんが予想してた」

「ああ、そうかい……」

 手のひらの上で踊らされてる感じがする。

「まあ、その事。どうにかコメを取り寄せ出来ないかなって」

「おうともさ! しかと了解した!」

 あれ? 意外と簡単に了承してくれた。

 外国からの取り寄せになるからそうそう簡単では無いと思うのだが……

「値段はどのくらいになりそう?」

「セイマイ機? とかが必要らしいからまずその初期投資が必要だね。保存は……素材倉庫があるから大丈夫かな」

 アデルは何かぶつぶつといいながら電卓とペンを使って計算していく。

「数ヶ月毎のまとめ買いを想定するならばこのくらいかな」

 提示された値段はとても良心的なものだった。他の食材よりは若干高いが払うのを躊躇するほどでもない。

「こんなので大丈夫なのか? 継続して買うつもりだから赤字とかはやめてくれよ」

「食材としてはそこそこの値段だと思うけど……?」

 アデルは首を傾げて少し考えた後、思い当たったように手を叩く。

「取り寄せ費用の事だね。それは大丈夫だ、僕には特殊なルートがあるから」

「なんだそれ、怪しいルートじゃないだろうな」

「いや、むしろ真っ白だ」

 アデルは自慢気に胸を叩く。

「なんたって国営傭兵団のルートだからね!」



「で、あの錬金はどうなったんだい?」

 客の少ない時間で暇らしいアデルと雑談を交わしていると話は智野の事になった。

「数日後かな、最良の状態でやるために仕事も減らして貰って今は調整中」

「来たる本番にはこのアデル・セルピエンテも立ち会おう! 素材の面では完璧にサポートさせて貰おう!」

 いつもの謎ポーズで立ち上がったアデルの足に蹴りが入る。

「おやじうるさい」

「ああナディ、起こしてしまったね」

 アデルとナディの関係は良好らしい。アデルがここまで家庭的だったというのは相当意外だった。

「あ、出たなタカアニキ!」

「え?」

 俺を見つけたナディが蹴ってくる。

 前言撤回。ちゃんと躾しろよこのやろう。

 まあ、それはいいとして……

「この服男物じゃないか?」

 センスがアデル的なのはともかく古そうだしダボダボだ。流石に監獄の時よりはマシだけども。

 そんなナディを見たアデルは苦笑いを浮かべる。

「何着か買ってはいたんだけどね……昨日の雨で全滅さ」

「それは少ないんじゃないか?」

「うん、全くその通りなんだよ。でも僕はこういう年頃の子の服というのがわからなくてね」

 なるほど、わからなくもない。

「で、タカに頼みが……」

「俺もわからんぞ」

 アデルが少しムッとする。

「わかってるよ。頼みたいのはコカナシちゃんの方」

 ああ、なるほど……

 白米という大きな借りもある。仕方ない、俺はため息をつく。

「……わかった。頼んでみる」


 *


「コカナシ、頼みがあるんだけど」

「なんですか、一応聞きますけど……」

 うわ、嫌そうな顔。

「玄米を保管したいから倉庫を少し開けて欲しい……です」

「…………」

「…………」

「……いや、ちょっと待って! 代わりに良い話がある!」

 だから背を向けないでくれ! そんな思いはなんとか伝わった。

「なんですか?」

「ナディちゃんの服を選ぶというイベントなんだけど……」


 少しの沈黙。ダメか……


「……へえ? そんな事があるんですか」

 いつもと違う声色だ。恐る恐る表情を伺う。

「まあ? どうしてもと言うのなら? やってあげても良いですけど?」

 嬉しそうだ! 嬉しさが隠しきれてない!

「じゃあ頼むな」

「いいですよ。特別に!」

 これで交渉は成立。白飯が食えるぞ!


 *


 翌日。先生に呼ばれて自室を出る。

「どうしたんですか?」

「少し座れ」

 椅子に座らされて見つめられる。

「あの、先生?」

「黙ってろ」

 そのまま固まる事数分。先生がようやく俺から目を離す。

「問題なさそうだな」

「何が……」

「おまえの体調を見ていただけだ。生命力も淀みなく体力も十分だな」

 先生はまた俺に視線を向ける。

「明後日の昼、錬金術を行う。内容は言わなくてもわかるな」

 短くも重いその言葉を受け止め、噛み締めて俺は口を開く。

「わかりました。必ず成功させてみせます」

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