錬金術


 仄かに香る草の匂い。随分と前に舗装されたきりであろう道。どれもこれも懐かしく感じる。

「うんうん、今年もマンドレイクは順調に育っているね」

 アデルが土を見て呟く。春が終わればまた大収穫祭だ。面倒だなぁ……


 しばらく歩くとセルロースさんの店が見えた。先生がそれを指す。

「完成したらしいから錬金衣装を受け取っておけ」

 そういえばセルロースさんに預けたままだった。店の方に足を向けると先生たちはそのまま家へと向かう。

 誰もついては来ないのか……


「セルロースさん、いますか?」

「あら、おかえりなさい。……コカナシちゃんは?」

「先に帰りましたよ」

「元気なのよね?」

「はい、あれ以来何も」

 一瞬安堵の表情を浮かべた後、いつもの気さくな笑顔に戻る。

「錬金術の服ね、ちゃんと出来ているわよ」

 試着スペースに入って袖を通して気づく。前と生地が違う気がする。

 分厚くなったのに重くない。むしろ前より軽いくらいだ。

 カーテンから顔を出して視線を送るとセルロースさんは自慢気に笑う。

「修繕の予定だったけどキミアに言われて新しくしたわ。お代は貰っているからそのまま持って帰って」

「先生が……?」


 *


 懐かしさすら感じる扉の重みを受けながら開ける。

 最初に気づいたのはヨロズさん。

「お、帰ったんだな」

「遅くなってすいません」

「その分も請求してるから問題ないんだな。 こっちの方もちゃんと終わらせてあるな」

 視線の先には智野が入っている冷凍保存ポッド。終わったって何が? 何か約束をしていただろうかとカレンダーを見て気づく。

 三ヶ月に一回のメンテナンスだ。少し時期は早いがちょうどいい機会だから前倒しをしたのだろう。

「やり方は嬢ちゃんに教えたからな」

「え?」

 今度こそ何の? コカナシがメンテナンスをするわけでもないだろうし……

 工具を片付けて客室のドアに手をかけた所でヨロズさんが振り向いて数本の金歯を見せる。

「ま、頑張るんだな」

「…………」

 だから、何が?


 *


 荷ほどきをしながら考えてみるも疑問は晴れなかった。

 いつのまにか外は暗くなっていた。この世界でも冬に近づくと夜が更けるのは早いらしい。

 冬の夜というのはどうも恐怖を感じてしまう。小さい頃冬将軍という謎の人物を恐れていたからなのか、それとも冬の夜に智野が……

「おっと、これはいけない」

 どうも後ろ向きになってしまう。頰を軽く叩いて荷ほどきを再開したところでリビングからコカナシの声が聞こえた。

「タカ! 夕飯です!」


 *


「すいません、今日は時間も無くてこれになりました」

 コカナシが作ったのはハンバーガー。中身は普通だがバンズが少し薄い、恐らくこれしか無かったのだろう。

 しかしそれが功を奏している。旅で疲れた俺には軽めでとてもいい。

 野菜が多め、肉はさっぱりとした味付けになっていて多少は胃に優しそうだ。

「謝る事は無いと思うけど」

「タカには言ってません。キミア様に言ったのです」

「…………」

 フォローしたのにあんまりの仕打ちである。

 当の本人である先生は本を片手に大口で齧りついて。

「ん、美味い」と一言。

 それだけでコカナシが笑顔になる。

「本を読みながらなのはいいのか……?」

「サンドイッチが片手で食べれるようにしたのだからコレも同じだろう」

 独り言のつもりが聞かれていたらしい。余計なことは言わないでおこう。

 それにしても何の本を読んでいるのだろうか? 覗き込んでみたが読めない字だ。表紙には脳らしきものが描かれているから錬金術関係じゃなくて医療関係かな?


 最後の一口を流し込んだ先生は本を閉じた。

「おいタカ……なんだお前まだ食べているのか」

「先生が早いんですよ」

 コカナシもまだ食べてるし……ヨロズさんは早々と食べ終わって「仕事が残ってるんだな」と客室に入っていったが。

「まあいい」

 喉を潤した先生は椅子にもたれかかる。

「今回の旅は色んな事があったな」

 帰ってきたばかりなのに思い出話? 少し違和感を覚えたが一々突いているときりが無い。

「そうですね。イアンとの戦いとか死を感じましたよ」

「そうじゃない。錬金術として、だ」

「錬金術……ですか」

 先生は頷いて口を開く。

「幽霊監獄では擬似的な錬金術を。カップではアイツと対峙し、イスカでは才能の強化……あと直接処方もイスカだな」

 先生はもう一度喉を潤し、また口を開く。

「一番成長したのはやはり白狼討伐戦だな。簡単とはいえ今までに無い連続錬金をした後にお前は直接処方を成功させた。ヒラメキではあるが自身で診断したというのも大きい……正直あの時は驚いた」

「……ッ!?」

 喉を通っていた最後の一欠片が返ってくるとこだった。まさか先生が率直に褒めてくるとは。

 さっきからなんだか落ち着きのない様子のコカナシから水を貰って欠片を流し込む。

「どうしたんですか? なんか怖いんですけど」

「いいから、まあ聞け」

 そう言われては反論もできない。大人しく座って先生と向き合った。

「今回の旅でお前は錬金薬学師として成長した、ワタシの予想を上回る程にな。

 本来ならもう少し先と考えていたが……もう充分だろう」

「……?」

 何がいいたいんだ? ふざけている様子もないし、さっきからコカナシはソワソワしているし。

「タカ……いや、御内隆也。ワタシはお前の先生として一度に限り生命力を使用した錬金術を許可する」

「え……?」

 生命力を使った錬金術……それって……え?

「意味がわからないか?」

 呆けていると先生は今までに無いほど優しい笑みを浮かべた。


「さっさとお前の彼女を助けろって事だよ」

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