「……ああ、頼んだ」

 宿に帰ると先生が受話器を下ろしたところだった。

「電話ですか?」

「ああ、遅くなるからヨロズにな」

 そういえばヨロズさんに留守番を頼んでいた。

「じゃあもうすぐ出発ですか?」

「ああ、明日にでも出発しよう」


 *


「本当にありがとうね」

「イアンの事よろしくお願いします」

 グリムさん達と別れを済ませて背中を向ける。

「待ち合わせがあるから着いて行くわ」

 フィジーを加えて駅に向かっていると小さな足音か近づいてきた。

「あねごー!」

 元気な声をあげてコカナシに飛びついたのは小さな女の子

「きゃ……ナディちゃん!?」

「コカナシのあねごだー!」

 なんでナディがここに? 確かアデルが引き取り先を探して……

「やあ! 久しだねマイハニー!」

 ナディの後ろから大荷物を持ってよろよろと歩いてきたのは予想通りアデルである。

 一番最初に駆け寄ったのはフィジーさん。なるほど待ち合わせ相手はアデルだったか。

「どうしてここにいるんだ?」

「甘いものでもお土産にしようと思ってね。ナディにも食べさせたいし」

 視線の先のナディはコカナシに拘束されてジタバタしている。

「あ、そうそう。あの子は誰よ」

「そう、僕はナディを紹介しようと呼び出したのさ!」

 アデルが手招きするとナディがコカナシを引っ付けたまま歩いてくる。

 ナディの頭にアデルが手を置いて一言。

「僕たちの子供さ!」

 口を閉じた瞬間、その口元にフィジーさんの剣が突きつけられていた。

「それは堂々たる浮気宣言と捉えていいのよね?」

「ち、ちが……」

「じゃあ今のはどういう意味?」

 涙目が俺に向く。

「タカ……タカ! 説明を頼む!」


「なるほど、それでアデルが引き取り先を探す事になったのね」

「はい。でも……」

 俺たちの視線を受けてナディが首をかしげる。

「それがどうしてさっきの発言になったのか……説明はあるわよね?」

「もちろん、もちろんですとも!」

 ナディをコカナシの方へやってアデルは口を開く。

「最初は引き取り先を探していたんだ。ただナディが離れたくないっていいだして……ダメだろうか……」

「簡単に気楽そうに言ってるけど、あんたの事だから相当悩んだ結論なんでしょ?」

「いや、まあ……はい」

 恥ずかしそうに目をそらすアデルのそれをフィジーさんは逃がさない。

「もう少ししたら私も帰るけど、冬を越したら世話をするのはあんた一人になるのよ。大丈夫?」

「それなら俺も……コカナシだって手伝います」

 ナディがそう望んだのならば俺もそうしてやりたい。そんな気持ちを込めてフィジーさんと向き合う。

「…………」

「…………」

 少しの沈黙の後、フィジーさんは溜息をつく。

「わかった。私も覚悟を決めて責任を持つ」

 瞬間、アデルの顔から輝きが放たれた。

「ありがとう、フィジー!」


 *


 フィジーさんと別れ、アデルを加えて帰路につく。

 電車の中で座って外を眺めていると先生に肩を叩かれた。

「おい、落としたぞ」

「あ、ありがとうございます」

 先生が持つのは拳ほどのサイズの石だ。

「高純度の亜鉛石だな。買うには高いし……どうしたんだ、これ」

「イアンから貰いまして」

「誰だそれ」

 ああ、そういえば先生には言っていなかった。

「白狼の名前です。彼に貰いました」

 少しの間考えていた先生は「ああ」と呟いて亜鉛石を俺に返す。

「白狼が吸収出来なかった亜鉛が固まったんだな?」

「流石ですね」

 先生の言う通りだ。本能的に亜鉛を求めていたイアンは合成金属などの人工物からも亜鉛を摂取しようとしていた。

 しかし亜鉛の大半は身体に吸収できず少しずつ身体の中に溜まっていき、この亜鉛石となったわけだ。

 治療中に吐いたらしいが基本的には要らないもの、錬金術に役立つかもとグリムさんが置いといてくれたのだ。

「どうですか? 使えそうですか?」

「ああ、ここまで高純度なら錬金術としては上物だ。大切に持っておけ」

 それだけ言って本を読み始めた先生。俺は亜鉛石を見つめる。

「役に……ねぇ」

 明日からまた錬金術の修行が始まる。そろそろこの世界に来て一年、頑張らなければ。

 窓の外には見覚えのある景色が広がっている。

 もうすぐ我が家……久々のアルカロイドである。

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