⑨
「亜鉛……欠乏症?」
団長が首を傾げる。
「はい、名の通り単純に亜鉛が足りていない病気です」
人もなる可能性のある病気だが、犬の方が亜鉛を多く必要とする為になりやすい。亜鉛は細胞をつくるのに必要な栄養素で、恐らくは成長の時にも使われる。
ここまで異常な急成長をしたならば足りなくなるのは普通の事なのだ。
治療方法は簡単。亜鉛を摂取すればいい。
「亜鉛製剤はありますか?」
手分けして聞き回ると亜鉛欠乏症にかかっている人がいて、その人から分けてもらう事に成功した。
あとはこれを投与すれば……
「タカ、キミア様が呼んでいます」
「今忙しいって言っといてくれ」
「その忙しい事に関係してくるかと」
「……わかった」
コカナシに連れられて先生の元へ行く。
「何寝転がってるんですか」
「どれだけ錬金したと思ってるんだ、立つのも怠い」
「はあ……で、どうしました?」
「お前、白狼に何をしようとしている?」
「あいつは亜鉛欠乏症です。亜鉛製剤は見つかったので投与しようと思っています」
先生は寝転ぶ向きを変えて白狼を見て呟く。
「ああ、なるほど……しかしダメだな」
「え? 違う病気ですか?」
「いや、獣医じゃないから明確ではないがアレは亜鉛欠乏症だろう」
「じゃあ……」
どんな問題が? その言葉は言わずとも伝わった。
「投与しても間に合わない。亜鉛が吸収されるまでアイツは持たないだろう」
「……もし亜鉛が間に合ったらどうですか?」
「亜鉛不足による自己治癒能力の減少が無くなれば一命を取り留める可能性はあるだろうな。しかし間に合わない」
「直接処方なら出来ると思います」
先生の眉がピクリと動く
「ボル様か……しかし白狼との繋がり、コネクトが必要だろう? アレは多少だが体力を消費する。今の白狼はそれすらも致命傷だろう」
「コネクトはもう終わっています」
「ほう……」
先生は少し考えた後、ニヤリと笑う。
「なら、好きにやってみろ」
*
「準備完了です」
「ありがとうコカナシ」
直接処方の準備は整った。
「いつの間にコネクトしたのですか?」
「勝手にコネクトされていた、と言うのが正しいかな」
言いながらバングルを取り出す。
欠けた錬金石は白狼が齧っていったもの。ならばこの錬金石の欠片は今も白狼の体内に残っている。
今から反応させる石の一部が体内にあるのならコネクトとして使える。
バングルの錬金石に体力を込める。反応した錬金石が白狼のそれと呼応を始めた。これで直接処方が出来る。
今回は亜鉛を体内に吸収させるだけなので簡単だ。
後はいつものように……指輪の錬金石が光る。
「……錬金、はじめます!」
*
白狼とのコネクトに体力を流していく。これで裏の繋がりであるコネクトが表にあらわれ、感覚が共有されていく。
身体中が熱く痛い。傷が治らず炎症を起こしているのだろう。
伝わる感覚は僅かだから無視出来るが……
「こうなったら誰でも暴れるよな」
完全に繋がったところで分解した亜鉛製剤を投与していく。
少しずつ、少しずつ……
亜鉛が行き渡ったのを確認してからコネクトから体力を抜いていき、また裏の繋がりへと戻す。
普通は数日経てば体内に吸収した錬金石が排出されてコネクトは無くなるが……今回は相当大きな欠片だから年単位でコネクトが残るかもしれない。
まあ、特に意味はない。コネクトは裏の繋がりだから普通に生活していれば気づく事もない。
「よし……処方完了」
錬金石の反応を消し、息を吐くと同時に五感が錬金から引き戻された。
「成功……ですね」
「後はこいつが持つか、だな」
コカナシから水を貰って一気に飲み干すと一気に疲れが押し寄せてきた。
「お疲れ様です。休んでください」
「ああ……すまん」
俺は疲れからくる睡魔を受け入れ、ゆっくりと目を閉じた。
*
「……ん」
目を開ける。腹が減った。
「あ、起きましたか」
声のした方を見るとコカナシがいた。
「どれくらい寝てた?」
「一日と数時間くらいですね。体調はどうですか?」
「少し疲れはあるけど問題ない。食欲があるくらいだ」
「なら大丈夫ですね」
「先生は?」
「奥の部屋にいます。入ったら怒られるかと」
錬金術に関するなにかをしているようだ。また新薬の開発かな?
「まだ宿のレストランは開いてませんし……外に行きましょうか」
外に出ると薄っすらと外が赤くなっていた。冬だしちょうどおやつ時といったところか。
近くにあったファミリーレストランに入る。俺は普通に食事を、コカナシはデザートを食べすすめる。
「あの後どうなった?」
「白狼の事ですか? 今は競技場で療養中です。競技場は前のパブロフ襲撃の修理中なので」
「療養後はどうなるんだ?」
研究価値があると言っていたしそういう施設に送られるのかもしれない。それはなんとなく……嫌だな。
「基本は野生に、亜鉛が足りなくなる頃にはグリムさんが責任を持って亜鉛製剤を投与するそうです」
「よかった……」
ほぼ放し飼い状態だ。亜鉛が足りていれば白狼が暴れまわる事もないだろう。
色々考えているとコカナシがフォークを置いて口を拭いてこっちを見る。
「白狼が気になっているようですね、見に行きますか?」
*
「あ、タカくん。もう大丈夫なの?」
「はい。元々体力を使いすぎただけなので」
「それって極限状態だと思うけどなぁ……」
競技場で出迎えてくれたのはグリムさんだった。
「あの時はありがとう。白狼を見に来たのよね? 案内するわ」
競技場の一番広い所に出ると白狼が食事をしていた。
「経過は順調よ、もうすぐ外にも出れるわ」
コカナシが少し近づくと白狼は敵意をむき出しにして大きく吠えた。
「きゃあ!」
「ああ、怖がらなくて大丈夫よ」
グリムさんが撫でると白狼は黙って食事を再開する。
「グリムさんは大丈夫なんですか?」
「たぶんタカくんも大丈夫だと思うわよ」
背中を押されてゆっくりと白狼に近づく。気づいた白狼が俺から目を離さない。
目の前まで近づいたところで白狼が声を上げた。コカナシにしたように吠えた訳ではなく、甘える犬のような声だ。
撫でてやると顔を舐められた。すげぇ可愛い。
「やっぱり私とタカくんは大丈夫みたい。白狼からすれば味方なのでしょう」
「ここまでくると白狼というより大きい犬ですね」
どうしてこんなに大きいのか。そんな根本的な疑問をグリムさんに投げかけた。
「専門家の話では突然変異、人間でいうソトス症候群だっけ? それとにた物らしいわよ」
ソトス症候群は簡単に言うと成長が止まらない病気。人間なら最終的に少し大きいくらいに収まるが犬だとそうはいかないのかもしれない。
「大きくなりすぎる以上寿命は短くなるけど……それ以外は今のところ問題ないって」
「不幸中の幸い、か」
呟くと同時にグリムさんが手を叩く。
「忘れてた。タカくんにお願いがあったの」
「……?」
「この子に名前を付けて欲しいの。いつまでも白狼じゃおかしいでしょ?」
「俺でいいんですか?」
「他に適任はいないわ、タカくんはこの子と繋がっているんでしょう?」
コネクトの事だろうか。錬金石そのものを飲み込んだから数年の間は俺と白狼には切れない、ほどけない繋がりがあるはずだ。
「だからタカくんが名づけてあげて」
笑顔で言われて考える。ほどけない繋がり、か……
「じゃあ……イアンで」
「犬種のイワンをもじったのですね」
「イアン……とてもいい名前ね!」
イワンをもじったのもあるがそれだけではない。運動をするグリムさんはもう一つ由来に気づいているようだ。
もう一つの由来はイアン結びだ。
イアン結びというのは靴紐の結び方で、スポーツ選手なども好んで使う結び方である。
なぜこの結び方が好まれているかというと一つは慣れたら素早く出来ること、そしてもう一つは……解けない結び方、だからである。
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