切る、斬る、打つ、撃つ、突く……

 グリムさんは踊るように様々な武器を使っていく。

 右手で掴んだ剣で切った時には左手に小銃が持たれている。それから出された球がパブロフを仕留める頃には右手の武器がレイピアに変わっている。

 直前まで持っていた武器は地面に刺さったり放って置かれたりしている。

「近くにある地面に刺さってないのは拾って欲しかです!」

 落ちている武器を武器箱に入れると元の位置に柄が飛び出してくる。どうなってるんだこれ。

 刺さっているのはどうなるかと見ているとグリムさんが再利用している。直後に使う予定の武器は地面に刺すらしい。

 パブロフが襲い、グリムさんが倒す。まるで殺陣のような動きだが、どうしても取りこぼしが出てしまう。

 そんな取りこぼしは大抵ドーワさんが大きなハンマーで対処してくれる。

 それでも更に取りこぼしたのは……最奥にいる俺へと襲いかかってくるのだ。

「タカヤくん! 右方向いったとです!」

 咄嗟に右を向き、目の前に迫ったパブロフに麻酔銃を放つ。

「白狼に比べればお前らなんて怖くねぇよ!」

 余裕があれば奥にいるパブロフを撃つ。絶命こそしないがある程度の時間動きを封じることができる。

 射程距離も遠く、当てやすいがコカナシが言うには白狼には効力が弱く、精々違和感を与える程度だという。

 先生は数人の傭兵団員を連れて治療をして回っている。

 コカナシは別の場所でパブロフの対処をしているようだ。


 一方奥の方では団長を筆頭とした精鋭が白狼と対峙している。

 分が悪いと見たみたのか白狼は何度か跳びあがろうとするが団長が大鎚を使って上から押さえつけている。

 団長の得物は大鎚と大剣。どちらもそうとう大きい筈なのだが団長が使うと軽々しく見えてしまう。

「移動するよ!」

 辺りのパブロフを蹴散らしたグリムさんは逃げたのを追い始めた。ドーワさんが武器箱を背負い、俺もその後に続く。

 このまま行けば優勢に持ち込める。そしてそのまま勝利へ……

「逃したァ!気をつけろ!」

 団長の叫び声の後、大地を抉りとる音が轟く。白狼が跳びあがったのだ。

 白狼は弧を描き少し先へ着地する。

 そこには棋王に選ばれた傭兵団員が数人、そして……

 コカナシがいたのだった。


 *


 傭兵団員といえどあの人数では白狼と対峙できない。

「行くよ!」

 俺たちはそのまま方向転換、白狼の元へ向かう事になった。団長たちが行ければ一番良いが距離的に少し時間がかかりそうだ。

 急ぐ俺たちの都合など関係なくパブロフは向かってくる。それを対処している間にも白狼は団員を薙ぎ払っている。慣れているのか致命傷は負っていないが……

 このままではダメだ。せめてグリムさんが辿り着くまでの時間があれば……

「イチかバチか……」

 錬金石が欠けた腕輪を外し、いつもの指輪をつける。

「グリムさん! そのまま白狼に突撃してください!」

 叫んで俺は立ち止まる。麻酔銃を白狼の方に向ける。

 このままでは距離も威力も足りない。

 でも、この中にあるのが錬金術で作られた麻酔薬ならば……

「錬金……開始!」



 銃を構えたままポシェットからストックボックスを二つ取り出す。

 一つは錬金溶液、もう一つにはアデルがいつも使っている炎が入っている。

「開け__」

 炎を錬金溶液に入れる時に違和感を覚えた。

 周りの全てが遅く見える。俺の思考速度が速くなったのか、それとも……今はそれどころじゃない。

「始めなきゃ」

 失敗が許される時間はない。間違えないように口に出しながら手を動かす。

「炎を分解。熱を抽出、銃の空気に合成」

 空気銃式のモノだからこれで発射速度と距離が上昇するはずだ。

「バングルの金属を分解、発射口を補強。体力で麻酔薬を強化……!」

 ストックボックスを閉じ、錬金を止めると時間が戻る。

「__届けぇ!!」

 発射された麻酔薬はグリムさんを追い越し真っ直ぐ白狼に向かっていく。それを見届けた麻酔銃は最後に悲鳴を上げて大破した。


 *


 体力を込めた麻酔薬によって白狼が怯む。その数秒を使ってグリムさんが白狼の前に立つ。

 持っていた剣を捨て、折りたたみ式の槍を展開する。

「もう止まって!」

 槍を突き刺された白狼が吠えると同時にグリムさんが下がる。

 近くにいた数人が白狼に反撃の隙を与えないように追撃する。

「助太刀はさせねぇ!」

「王手だ!」

 白狼を助太刀にきたパブロフを切り捨てながら棋王と団長が戦い加わる。

 このままさっきのように跳ばれなければ勝利は確実だ。

「グリム!」

 後ろの方からドーワさんが大鎚を投擲した。

 それを見たグリムさんが俺を踏み台にして跳躍する。その先にはさっきの大鎚。

 大鎚に引っ張られて宙を舞い、大鎚の着地点を白狼に向けて補正していき……

「これで……終わりよ!」


 *


 地鳴りが響き、白狼の頭が地面に叩きつけられる。

「総員、かかれ!」

 団長の一声により数分のうちに白狼はガリヴァーの如く地面に拘束された状態となった。

 その光景を目の当たりにしたパブロフは一目散に逃げていき、残ったパブロフもすぐに討伐された。

「白狼は戦闘不能状態に追い込んだ。これこの時を持って、白狼討伐戦の終了を宣言する!」

 棋王の宣言に皆が歓喜する。喜びの声が上がる中、ふと横を見るとグリムさんが青白い顔をして口を押さえていた。

「グリムさん?」

「……っ」

 突然座り込む。呼吸が少し荒い。

 外傷は浅いものばかり、見た感じ感染症の類は無さそうだ。

「あの、吐き気とか症状は」

「大丈夫……最悪なのを味わっただけ」

 グリムさんはそう言って白狼の方を見る。

 団長が大剣を上げ、白狼と向き合っている。

「白狼よ、すまないがここで絶えてくれ」

 それが振り下ろされようとした時、横から叫び声が響く。

「待って!」

 大剣を上げたまま団長はこちらを見る。

「グリム……どうした」

「私が勝敗を味わえる事はご存知ですよね。もし……もしそれを虚言だと思わないならその剣を振り下ろすのを待って欲しい!」

「……ワケがあるのなら聞こう」

 振り下ろされた剣は未だ鞘に収まらない。

 グリムさんが立ち上がる。この状態の彼女を一人で歩かせたら先生に叱られてしまう。


「……どんな味を感じた」

「最悪の大味。大味を通り越して失敗作、最高の素材を台無しにしているわ」

「それはどういう意味を持つんだ?」

「互角の相手にハンデを貰った感じ」

 ハンデ? この白狼がハンデを背負っていたのか?

「そもそもこの犬種はこんなに大きくならないし基本的に温厚な筈なの」

「大きくなったのは突然変異によるモノだ、事前に毛などから解析してある。凶暴性もそれによるモノじゃないのか?」

 団長は水を飲んでから続ける。

「原因があったとしても害獣は害獣だ。この突然変異には研究価値が大いにあるが、人に危害を加えるのならば対処しなければいけない」

「危害を加えなければ問題無いって事ですか?」

 その言葉は自然と口から出ていた。もちろん声が聞こえたわけじゃないが白狼が助けを求めているように思えてしまったのだ。それは恐らく俺と白狼が繋がって……

「とりあえず白狼をもう一度観察させて欲しいの」

 思考はグリムさんの言葉で切られる。団長は少し考えた後、道を開けた。

「ありがとうございます」

「俺も行きます」

 グリムさんと共に白狼の前に立つ。


 触ると怪我をしそうなくらいバサバサな白まじりの毛、ルビーのような深紅の目が覗いている箇所は毛が少ないようだ。岩のように固く赤い何かを一部に纏い、肉球もまた同じくらいに硬い。

「まさに白狼……」

 いや、見直すならここからだ。

「……こいつの犬種は元々白まじりなんですか?」

 パブロフには白い毛は混じっていなかった筈だ。

「彼らのボス、パブロフ・ヘッフェは群で一番大きいパブロフだから他と同じ筈よ」

「こいつも元はパブロフなのか……」

 白狼を見つめる。こいつは白狼ではなく大きな犬……

「……そうか」

 スケールが大きすぎて今まで気づかなかった。 この大犬の状態を適切に表すには今までのでは言葉が違いすぎた。


 バサバサな毛は所々色素が抜けている。鋭い目は白いところがない程に充血しており、周りの毛が少ないようだ。治りきらなかった怪我が赤くて硬いかさぶたとなり、肉球も同じくらいに……異様に硬い。


 そんな症状が現れる病気を俺は知っていた。この大きさが突然変異で異常な成長ならば尚更だ。

 この大犬は、こいつの病名は……


「亜鉛欠乏症だ」

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