「防衛隊は白狼に専念、他はそのままパブロフを相手に!」

 言った後に棋王が後ろの方に向けて扇を振った。答えたのは団長の大剣。

「ゼロ番隊……いくぞ!」

 俺の方まで届いたその声と同時にゼロ番隊が白狼と対峙を始めた。


 ゼロ番隊は団長やフィジーさんを含む傭兵団の精鋭を主に構成されている。グリムさんのような凄腕もここに入っている。

 屈強な巨人族達が白狼の攻撃を数人がかりで受け止める。

「退避する時も武器を捨てるな! 身体に刺せば少しの隙ができる!」

 団長の声がこだまする中、キリーさんが俺のところに走ってきた。

「タカヤくん、出番よ!」

「足りないモノは」

「基本的な傷薬と止血剤が足りないわ、種類と分量はコレで」

「わかりました」

 どんな出番かは聞かずとも分かる。ある種類の薬剤が少なくなったから他の薬剤を錬金して緊急補充をする役割だ。

 薬剤置場に向かいながらポシェットから

 腕輪を出す。

 装飾はシンプルなモノだが中央にの錬金石が取り付けられている。指輪のより少し大きい石だ。

「この薬剤を持ってきてください」

 貰った紙を渡して腕輪を取り付ける。錬金石が大きいと多くの体力を使う代わりに錬金が簡単になる。

 しかし今回はそれが目的ではない。体力を多く排出する傾向にある錬金石ならば複数の錬金が可能になる事が目的だ。


 並べられた薬剤を指定された分量毎に錬金溶液に入れていく。薬は分量も効能も固定だから錬金薬学としては相当簡単な部類にあたる。

「……よし」

 深呼吸をしていつもより大きなビーカーに向き合う。いつものように混ぜ、石をかざす。

 錬金石が大きくても、量が多くても関係ない。

「いつものように……」

 小さく呟いた後、俺は錬金に身を投じた。


 *


 この戦場に錬金術を使える人は数人いるという。

 生産性が悪い錬金術は戦場において使われる事はないが、緊急時にはとても役に立つ。そのため傭兵団所属医師の数人は錬金術を会得している。

 ならば何故俺が錬金するか。それは簡単な話だ。

 会得しているとはいっても普段使いはしない。今回のような簡単な錬金ならば実力より馴れや習慣が大切だという事だ。


 ……と、色々と理由はあるのだが一番重要なのは錬金術を会得する余裕があった有能な医師を疲れさせるわけにはいかない。それだけの話である。


 *


 なんだか少し前の記憶を一瞬で体験した気がする……まるであらすじのように……!!

「……やべっ!」

 目を開いてビーカーを確認する。……良かった、出来ている。

 どうやら一気に体力を使いすぎたらしい。もちろん簡単な錬金なのでいつもより消費は少ないが、時間に対して出ていく量の比率がいつもより多かったという意味だ。

 体力を一気に使うとさっきのような『弱走馬灯』的なものを見てしまう。恐らく脳が危機感を覚えてそうさせるのだろう。

 近くに先生がいたら確実に殴られていたようなミスだが……薬は出来たので良しとしよう、うん。今はそんな事考えている場合じゃないし。

 出来た薬を箱に詰めていると遠くの方で遠吠えが聞こえた。単一なのにここまで届くソレは白狼だとしか考えられない。

 途中発していた威嚇の低い声では無く、遥か先まで届きそうな遠吠え。それはパブロフ達に対する合図だ。

 俺の世界で知られていたパブロフの犬は音に対する条件反射で唾液を分泌したというモノだ。

 もちろんパブロフはそのパブロフの犬から名付けられたモノ。

 彼らは同じように白狼の遠吠えを聞くと唾液を分泌する。

 ただ一つ違うのは……その唾液が少しばかり強力だという事である。



 パブロフが出す強力は唾液。強力とは言ったが錬金溶液のような力はなく「皮膚に当たれば火傷のような症状を起こす」といった具合だ。

 それは少し痛むくらいだし時間が経てば跡もなく完治する。

 問題はその後にある。パブロフはその炎症傷を狙って攻撃してくるという事だ。

 小さな傷だろうとパブロフの爪に裂かれては大怪我となる。唾液は狩りの下準備というわけだ。


 *


「陣形は変えるな、そのまま進め!!」

 攻撃は最大の防御というわけ……ではないのだろうが前衛は戦略を変えずに突き進んでいく。

「タカヤくん!」

 もちろん被害がそのままなわけはなく、薬剤はどんどん足りなくなっていく。

 補給班が来るまでは俺が他の薬剤を使いまわさなければいけない。

 分量などの調整は他の人がしてくれている。後は俺が繋ぎ合わせるだけだ。

「錬金します!」

 腕輪のいつもより大きな錬金石が俺の体力を放出していく。

 今度はミス無しでやってやる……


 *


 それは一瞬の出来事だった。


「後衛逃げろ!」

 その声が届くと同時に目の前の補給倉庫に白狼が突っ込んで来たのだ。

 誰も予想していなかった大跳躍である。

 一瞬時が止まったように静寂が流れ、それから後衛は大パニックとなった。

 現実感の無い大きさに動けないでいると白い影が横切っていった。左腕に少し衝撃が走る。

 腕輪の錬金石が半分ほどしかない。

「…………」

 少し後ろではさっきまで前にいた筈の白狼が休憩中だった二番隊の人と攻防を繰り広げている。

 もう一度腕輪の錬金石を見る。何かに当たって欠けたというよりは齧られたような跡がある。

 つまりさっきの白い影は白狼で、俺がほんの少しでも左にいれば……

「……!」

 遅れに遅れた恐怖が奥の方から湧き出してくる。ここはもう安全じゃない。

「逃げ……なきゃ」

 何処でもいい、とりあえず白狼から遠い場所に。

 逃げなければ、逃げなければ、逃げなければ、逃げなければ……!

 白狼のいない方に走る。

 いやだ、死にたくない。死んでしまう。離れなければ。走らなければ。

 目的地も無く走り、走り、走り……転ぶ。

 急いで起き上がってまた走る。更にしばらく走ったところで自分が戦場の中心に来てしまった事に気づく。

 気づいた時には数匹のパブロフに囲まれていた。

 護身用の剣を抜くが戦える気がしない。万事休す、か……

「俯くな、少年」

 後ろにいたパブロフが情けない鳴き声をあげて倒れた。残りのパブロフがそちら

 を見て威嚇する。

「冷静になれ少年、見極めろとは言わないが戦場を見るくらいの余裕は持たなければならない」

 そう言いながら残った数匹のパブロフをいとも容易く仕留めたのは棋王だった。

「確か準連勤薬学師であったな。手持ちの薬はあるか?」

「は、はい」

 薬剤置場に届ける筈だった薬が幾つかポシェットに残っている。

「ならば共に来るがよい」

「どこに……」

 棋王は長剣を鞘に収めて前を見据える。

「最早陣形を立て直す事は難しい。ならば即興でも新しいモノを作るのがやり方だ」

「新しい……陣形ですか」

「うむ、将棋のように終わりとはいかないが王を取れば戦場でも相当有利に働く」

 棋王がこっちを見てニヤリと笑った。

「精鋭を集めた白狼討伐戦線を結成する」



「そこの自由に動きすぎている医師! こっちへきたまえ!」

「遊撃班が自由に動いて文句でもあるか」

「臨機応変に動けとは言ったが遊撃班ではない!」

「まあいい……お、生きてたか」

 俺の次に棋王が捕まえたのは先生だった。

 前線で戦っていた団長やグリムさんなども引き寄せ、他の者に的確な指示を出して行く。


「ふむ、これくらい集まれば……」

 棋王が言葉を止めて見た先から担架に乗った人が運ばれてくる。

「重症です! 何処へ運べばいいですか!」

 数人を引き連れて怪我人を運んできたのはコカナシ。

「何人かこの者達について後方へ向かってくれ。その後の事は任せる! 代わりにコカナシ君は残ってくれ」

「了解しました」

 指示された傭兵団員が怪我人と共に後方へ下がっていく。

 さっきまで後方にいた白狼はまた違うところで暴れている。最早この戦場に前衛も後衛もない。

「コカナシ君は救助をメインに、そこの二人は応急処置を!」

 コカナシだけ名前覚えられてる! なんか狡い!

「タカ、剣は使っていますか?」

 コカナシが指しているのは護身用の長剣。

「ん、一応構えてはいるけどあまり役に立ってない」

「なら得物を交換しませんか?」

「いいけど……」

 そういえばコカナシは剣を備えていない。俺より前線に近かったのだから護身用の武器は必要だとおもうくど……

「では剣を貰って……タカにはこれを、本当は資格が必要ですけど仕方ないでしょう」

 渡されたのは小ぶりの銃。

「ハンドガン?」

「いえ、麻酔銃です。錬金で強化した麻酔薬ですのでパブロフに当たれば一時的に無力化できるはずです」

「打ち方は普通でいいんだな?」

「はい。人に当たると大変なので確実に、幸いパブロフは直接的な攻撃しかしてこないので近距離で撃ってください」

「わかった」

 念のためコカナシに使い方を聞いていると、白狼の方から伝令役らしき人が叫びながら走ってきた。

「ジョバンさん! 各隊戦える者が減っています。このままでは白狼が抑えられません!」

「ならは白狼は我らのみで抑えるしかあるまい。他の隊はパブロフに専念!」

「儂が先頭を行く。ついてこい!」

 団長が大剣を軽々と振り回して道を阻むパブロフを蹴散らしていく。横からくるパブロフ達は棋王やグリムさんが処理していく。

 中央に固められた俺たち重症人がいれば応急処置をして継続班やその場にいる人と共に退避してもらう。そういう役割だ。

「ちっ……獣の癖に小賢しい」

 白狼の足元が見え始めたくらいで団長が急停止した。いつの間にかパブロフに囲まれている。いや、待ち伏せされていたのか……

「このメンバーなら突破出来そうですけどね?」

 先生はかぶりを振る

「この数だぞ? 突破したところで追いかけられたら白狼どころじゃない。

 なら誰かが残ってパブロフの相手をするしかない。しかし白狼直前で戦力を割くのは避けたいところだろう。


「ここは私たちに任せて」

 名乗りをあげたのはグリムさん。横にいるドーワさんも頷いている。

「……わかった、団員を数人つけよう」

 団長が少し考えて白狼がいる方角を見据える。

「念のため治療班を置いておきたいな」

 棋王はそう言って俺たちを見る。

「え、いや。流石に俺みたいな完全な足手まといはいない方が……」

「大丈夫よ、そもそも中心に来られたらその時点で私では対処出来なくなる」

「ワタシたちがいようと敗北条件は変わらないと言う事だ」

 先生の解説で意味を理解する。

 まあ白狼の方に行っても役に立てるか分からないし……ならばここにいた方がいい……のか?

「時間が惜しい。さっさとやるぞ。カウントスリー……ツー……ワン!」

 グリムさんが銃を放った。音に反応したパブロフ達がこっちに目掛けて襲いかかってくる。

「任せた!」

 団長達がいく先のパブロフ達を払って突破を試みる。

 一部のパブロフが気づいて方向転換をしたが、その時間ロスで差が開く。

「展開して」

「合点承知だな!」

 ドーワさんが背負っていた金庫のような大きな箱を地面に叩きつけた。箱は少し埋まり固定され、一気に複数の蓋が開く。

 蓋の下からは武器の持ち手が見えている。恐らく黒ひげ危機一髪のような形で様々な武器が刺さっているのだろう。

 その中から刀を抜き取ったグリムさんはニヤリと笑った。

「今から舞うわ……巻き込まれないように気をつけて!」


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