「…………」

 裏切られた。

 異世界の剣術、そんな心踊るキーワードを前に俺は期待しないようにしていた。今までそれで何度現実を見せられたか。

 しかし今回は違う。逆の方で裏切られた。

 形式は『合戦自由形』二チームに分かれて一斉に戦う形式だ。得物は短刀や杖や槍など数種類の武器から好きなものを選べるらしい。二刀流もいるから何本でもありなのだろう。

 ユニフォームと得物にセンサーがあり、一定ダメージを受けるとその人は負けになるという単純なルールだ。

 勝敗判定がセンサーとか機械に任されているのは俺の世界より近代的だ。

 で、何に裏切られたかと言うと……数人の異常な参加者だ。

 大多数の人は普通と変わらない動きで普通の剣術だ。しかしその数人は常識的ではない動きで、多彩な剣術を繰り出している。

 まさに異世界の、ファンタジーの剣術だ。

「なんなんですかアレ……」

「様々なプロだな。異様なスピードを見せているのは陸上の長距離選手。巧みな剣術は剣道混じりか」

「理屈的にはわかりますけど……」

 他の競技のプロが必ずしもこの競技で強いとは限らない筈だ。それだと短距離選手の頂点は長距離でも、跳躍でも頂点を取れるという事になる。

 使える武器を持っていたとしても他の戦場では違う武器も必要であり、持っている武器もまた違う使い方をしなければならない。

 そんな長い思考の一部を察してくれたらしいコカナシがパンフレットを開く。

「シャンバラは最近公式競技として認められたので各方面のプロがこちらへ鞍替えする事が多かったみたいですね。特に男性には多いみたいです」

「そうなのか……」

 皆初心者なら武器を持つものが強いという事かな、実際はそんな単純な話ではないのだろうけど。

 男が多いと言うのはよくわかる。剣などで戦うというのは世界を跨いでも男のロマンだというわけだ。

「やってみたいか?」

「へ?」

 突然の質問に変な声が出た。

「お前、目が異様に輝いていたぞ」

 隣のコカナシも頷いている。そんなに?

「確かにやってはみたいですけど……」

「じゃあやるか。この試合の後に普及目的の体験会があるらしい」

「先生もやるんですか?」

「やるわけないだろ、疲れる」

「ですよねー」


 *


「ルールと基礎はこんなものかな。じゃあ練習試合といこうか」

 数人のプロが指導係となり大体動きは把握できた。

 練習試合の相手はクジで決められたのだが……

「まさかこうなるとは」

「同感ですね」

 目の前で小太刀を構えるのはコカナシ。対する俺は長剣である。

「猪相手に逃げ回っているタカが私に勝てると思いますか?」

「囮になってやってるんだよ」

 採取中に出会った獣は俺が注意を向けてコカナシが取押えるのが定番となっている。因みに先生は何もしない。

「いつも素手のようだけど剣なんて使えるのか?」

「やってみればわかるんじゃないですか?」

 コカナシと勝負事をする事はよくある。主にゲームで歳が近いせいかいつも白熱するのだ。

 もちろん今回とて例外ではない。

「……いくぞ」

 呟いて少ししたらゴングが鳴った。ゴングなのかよ。

 鳴ると同時に俺とコカナシは逆方向にステップした。お互いに相手が突っ込んでくると思ったらしい。

 数秒の静寂の後、コカナシが先に動いた。

 下から突こうとしてきた小太刀を長剣で払い、すぐさま攻撃に入るが逆に払われる。

 またお互いの距離が開いたと思ったがコカナシがすぐに距離を詰めてくる。

 再度払うべく剣を構えて動きを見極める。

「そこだ!」

 予測した位置に剣を振ると同時に逆の腹部のセンサーが反応した。

「甘いですよ、タカ」

 さっきまで右に持たれていた小太刀が持ちかえられている。

「クロスドミナンス……だと」

 コカナシは両ききではない。ならばこれは特定の事だけ利き手が変わるクロスドミナンスだろう

「どうでしょう? 剣術に関しては両ききなのかもしれません」


 *


 その後数本試合を行なったがものの見事に負け続けた。

「見てましたかキミア様! 圧勝ですよ!」

「タカ……情けないな」

 見るからに笑いをこらえている。これはしばらく馬鹿にされるな。

「君、なかなか筋がいいじゃないか! 何かしていたのかい?」

 コーチの一人がコカナシに話しかけている。

「傭兵団の人に少しだけ護身術の稽古をつけてもらいました」

「…………」

  たぶん傭兵団の人はフィジーさんだろう。ズルイ!

「なるほど護身術、それを踏まえても筋がいいな」

「どーかしたの?」

 話に入り込んできたのはグリムさん。この人もコーチの一人だったのか。


「……ふうん」

 話を聞いたグリムさんは近くの置き場にあった小太刀と長剣を手に取る。

「試合をしてみない? 素質があるか見てみたいわ」

「私がグリムさんと……ですか?」

 あまり乗り気じゃないコカナシを見てグリムさんは少し考えて俺を指す。

「そうだね、じゃあハンデとして君も加えよう。二対一だ」

「まあ、それなら」

「じゃあ決まり! 得物は勿論自由にしてちょうだい!」

「…………」

 あれ? 俺は強制?

「じゃあ、味見してみようか」


 *


 向かい合ってゴングが鳴ると同時に俺とコカナシは左右に分かれる。両側から攻める作戦だ。

「まあ、定石だよね」

 グリムさんは左手の小太刀を捨ててコカナシの方に走り出す。

 コカナシより遅い俺が追いつけるわけもなく二人がぶつかり合う。

 数秒早く振るったグリムさんの長剣をコカナシの小太刀が受け流す。そのまま打ち合いが始まる。

「へえ、やるじゃん」

 間合いを取ろうとしてか下がろうとするグリムさんをコカナシは逃さず間合いを詰めていく。

 今がチャンスだ!

 少しずつ下がるグリムさんに向かって剣を振り下ろす……が、それはグリムさんに届かない。

 コカナシの一撃をしゃがんで避けた彼女の手にはさっき捨てた小太刀。それが俺の長剣を弾き飛ばす。

「なっ……」

「それもまた定石……かな」

 コカナシの追撃を弾いてそのまま回転斬り、俺とコカナシのセンサーが反応する。

「……うん、君は普通だけど君はいい、良い素材の味だ」

 良いと言われたのは勿論コカナシ。しかし言い回しが独特だな。

「その、味というのは……」

「勝利の味、味覚はないけど勝利の味は感じられるの。強い相手と戦うほど良い味、負けた時はもちろん不味いけどね」

「勝利の味……それで私の強さをはかったという事ですか?」

「そうなるね」

「そんな……」

 そんな事がありえるのか? 出そうとした言葉が喉にいるうちに先生が入ってきた。

「勝利の味云々はわからないが味覚がないのは精神的なものだろうな。彼女の家系なら勝利には五月蝿かったことだろう」

 話しながら先生はグリムさんの前に立つ。

「ワタシは専門外だが良い医師なら紹介できるぞ?」

 その言葉にグリムさんは笑みを浮かべる。

「心配ないわ、これで満足してるもの!」

「そうか、ならばいい」

 先生は表情一つ変える事無く戻っていった。

「で、コカナシちゃんだっけ」

「はい、コカナシです」

「本格的にシャンバラを始めて見ない? コカナシちゃんなら高く登れるわ!」

「いえ、お断りします」

 即答だ。憧れのグリムさんに誘われながら即答だ。

 驚く皆を見渡したコカナシは迷いのない顔で付け加える。

「私の力はキミア様に捧げると決めていますので」

 一瞬の間の後、数人が拍手を送った。

 コカナシ……カッコいい!



 体験会も終盤に差し掛かったところで誰かが悲鳴をあげた。

「野犬だ! 野犬が出たぞ!」

 声のした方では数匹の犬が暴れまわっていた。

「え、ちょ、何が……」

「パブロフが出た!」

 傭兵団員がすれ違いざまにそう叫ぶ。……パブロフ?

「今回の白狼の犬種、イワンと共存関係にある犬です」

 コカナシはそれだけ言って何処かへ走っていく。子分みたいな感じかな?

 てかどうしよう。戦えはしないし逃げた方がいいかな?

「何を突っ立っている!」

 コカナシを連れてグラウンドに入ってきた先生に鞄を投げつけられた。

「え、と……」

「お前は錬金薬学師だろ!」

 言われてようやく気づく。こんな状況なら怪我人が出ているかもしれないのだ。

「ワタシは治療に向かう。コカナシは動けない人を運べ。タカは後ろに下がって軽傷の人の応急処置をしろ!」

「了解しました」

「わ、わかりました」

 偶然にもそれは白狼戦での班通りの動きである。


 *


「少し沁みます……これでよし」

「こんにちは」

 避難してきた人の簡単な治療をしていると一人の少女が覗き込んできた。大きな目みたいな模様で特徴的な形の帽子を被っている。

「何処を怪我しました?」

「怪我はしていないわ」

「じゃあ避難を」

「あなた錬金術師よね?」

「え……?」

 少女は首を傾げて言葉を重ねる

「違う……事は無いよね?」

「そうだけど……」

「あたしも錬金術師よ!」

「えっと、今はこんな状況だし後でもいいかな?」

「そうね、わかったわ、口でのお話はまた今度ね」

 少女がくるりと回る。魔女のような帽子が遅れて揺れた。

「じゃあ錬金術でお話しましょ?」

「え?」

 少女は俺の困惑を気にする事なく笑顔を向けてきた。

「治療してるのね? 治療は出来ないけど薬を作ってサポートしてあげる」

 答えを待つこと無く少女は錬金を始めた。素材を見る限り本当に不足しそうな傷薬を作ってくれているらしい。

 ならば良しと治療を再開すると横から音程もバラバラな歌が聞こえてきた。

「ぐーるぐーるまーわるー、えーきたいまーわるー、まざってこねこねくすりになーれ!」

「…………」

 凄い気になる。でも俺もご飯の歌を使う時があるしな……何か意味があるのだろう。

「まっざれ、まっざれ、くみあがれー!

 じゃないとこれはごみになるー!」

 即興だ! これ即興の歌だ!

 何故こんな適当なリズムで錬金が出来るんだ。しかも出来がかなりいい。

「こおってかたくてとっげとげー、じゅうのようにー……ばきゅーん!」

「何その物騒な歌! 薬だよな!」

 思わず顔を上げると少女が持つフラスコから透明の塊が飛び出した。

「な、何それ……」

「硬い硬い氷を爆発で飛ばしたのでーす!」

 原理はわからなくもないが何だそのフラスコの強度は。傷一つないぞ。

 と、いうより……

「今それ必要か!?」

「んー、だって痛いのはイヤだし」

 少女が指す方向、少し遠くにパブロフと思われる犬が横たわっていた。恐らくさっきの氷の弾丸を受けたのだろう。

「なんですか今の弾、タカの方から来ましたよ」

 足を怪我したらしい人を運んで来たコカナシが俺を問い詰める。

「俺じゃない、そこにいる子が……」

 言葉を失う。

「……どの子ですか?」

「えっと、さっきまで……あれ?」

 辺りを見渡しても、何度見てもさっきの少女はいない。

「白昼夢……?」

 呟くがそれはない。足元には少女が作った完璧な薬が置かれているのだから……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る