その町は活気と糖分に満ち溢れていた。

 町の至る所から甘い匂いがしてその最奥には大きなドーム状の建物が見える。恐らくあれが競技場なのだろう。

「これが……ハンス・グレーテ」

 甘味と戦いの町である。


 *


「お、団長めっけ!」

 町に入って少し歩くとフィジーさんがカフェの一角を見てそう言った。

 外にある一番端の席に座っている二人、一人はガタイの良い巨体で、もう一人は細いながらも弱々しいといったイメージは皆無だ。

 ガタイの良い方が団長らしい。フィジーさんについて俺たちも近づく。

「ふむ……」

「…………」

 二人が指していたのは将棋だった。駒の動きを見るに俺の世界のモノと変わらないようだ。

「……参りました」

 数分後、ガタイの良い方が詰められて終わりを迎えた。それを確認したフィジーさんが二人の視界に入り込む。

「ん、おお。フィジーと……誰だ?」

「友達」

 フィジーさんと入れ替わるように先生が前に出る。

「錬金薬学師のキミア・プローション。こちらは助手のコカナシ、こっちは生徒のタカヤだ」

予想以上の巨体だった。二メートルはありそうだ。巨人族だろうか?

「儂は国営傭兵団、団長のジャン・コルベール。うむ、錬金薬学師か……軍師」

 声をかけられたもう一人は俺たちを少し見つめた後頷き返す。

「その名は聞いたことがある。何度か薬の発注依頼を受けて貰った筈、腕は確かである」

「うむ、ならば……」

 団長はいきなり先生の肩を掴む。

「今回の白狼討伐戦に参加してくれ!」

 大声を浴びせられた先生は驚くことなく冷静な顔だ。

「それは医療班として、か?」

「もちろんだ。予定していた数班が線路破壊の影響で立往生していてな、医療班の人数が足らんのだ」

 それを聞いた先生は嫌な笑みを浮かべた。

「二つ、質問がある」

「うむ、聞こう」

 先生は真っ直ぐにした二本の指の片方を折り曲げる。

「こっちの助手と準錬金薬学師も一緒だが問題ないか?」

「簡単な傷薬が作れるなら問題ない、それほどに人が足りない……二つ目は?」

 もう片方の指も折った先生は嫌らしい笑みになった。

「それは国営傭兵団としての依頼か?」

 団長は少し考えた後、わざとらしく溜息をついた。

「わかった。そのようにする、今回の依頼は共国営傭兵団からの正式なものとする」

「なら了解した」

 満足そうな先生。俺はコカナシに耳打ちする。

「国営傭兵団の依頼だとなんか違うの?」

「正式な依頼なら割りの良い報酬が確約されます」

「ああ、なるほど」

そりゃあ悪い笑みも浮かべるわ。


 *


「では紹介しよう。こちらは軍師ジョバン・ヌッツだ」

「私はもう軍師にあらず、ただの棋士である」

「うむ、そうか。ならキオウと呼ばせよう」

「……まあ、軍師よりは良いだろう」

 諦めたらしい参謀は丁寧なお辞儀をした。

「私は今回の参謀を務めるジョバン。団長の言う通りに読んでくれればよい」

 キオウと言うのは恐らく棋王。将棋七大タイトルの一つを制した者の称号だ。

 確か元の世界のテレビでそんな事を言っていた……と、思う。

「では、君たちの資格などを教えて欲しい」


 俺たちが資格を言ってから数分後、固まっていた棋王が立ち上がった。

「配属が決まった。キミア君は応急班に行って貰おう。基本的には診察、出来るようなら応急処置を行なってくれ」

「どちらもこなす。問題ない」

 うわ、先生かっこいい。

「コカナシ君、君は中継班。応急処置が済んだ患者を治療班の元に届けるのが仕事だ」

 人を運ぶ力もあり、いざとなれば応急処置も施せる。コカナシに最適な場所なのだろう。

「そしてタカヤ君。君は治療班、名の通り運ばれてくる患者を治療して欲しい。

 君は準錬金薬学師だから薬剤師主任責任者が必要だな……ちょうどその資格を持つ班長候補が到着している頃だ、時間があるなら顔合わせと行きたいのだが」

 俺と棋王が先生の顔を見る。どうやら問題なさそうだ。

「では、作戦室へと赴こうか」



「おや、これはちょうど良い所に」

 作戦室は町役場の一室らしい。そこに向かっている途中、棋王が誰かに声をかけた。

「あ、ジョバン棋王。どうかしました?」

 そう言って首を傾げたのは一人の少女。どこかパティシエを思わせるデザインの服装に大きな団子のような髪飾りが特徴的だ。

「こちら医療班の代理となっていただく方々となります。先ほど到着したらしい班長と合わせようと思っていましてな」

 そこまで言って棋王は俺たちの方を向く。

「彼女はグリム。少々幼くはあるがこの町の立派な町長である」

 グリムと呼ばれた少女は得意げな表情だ。

「私一人でやっているわけでは無いけどね。今回の白狼討伐作戦では副隊長を任されているわ」

「グリムって……もしかしてグリム・カールさんですか?」

「うん、そうよ」

「やっぱり!」

 なんだかコカナシの目が輝いている。

「なに? 有名人なの?」

「知らないんですか! クープ・デュ・モンド・パティスリー代表、独創的で繊細な……言葉では表せきれない作品を作る人なのですよ!」

 いや、普通に知らん。あまりそういう番組は見ないからなぁ……

「グリム・カールと言ったら剣術じゃないのか?」

「剣術、ですか?」

 同名の人がいるのかな?

「どちらも私よ」

「彼女は文武両道、あらゆる事に長けているからな。色々な所で名前は聞くだろうさ」

 団長の言葉に棋王が頷く。

「彼女は王将の称号も持っている。将棋界でも有名なのだ」

 とにかく凄い人らしい。何処の世界にもこんな人がいるものなのだなぁ……

「私の話はこれくらいにして、と。臨時の医療班長は奥の部屋にいるわよ。私はドーワの所に行くわ」

 グリムさんはひらひらと手を振って入り口の方に歩いて行った。

「では、作戦室に入ろうか」


 *


「げっ……」

 作戦室にいる人を見た瞬間、先生が変な声をあげて回れ右をした。

「何かしらその挨拶? こっちへ来なさいキミア」

 瞬時に先生の服を掴んだのはキリーさんだ。

「お久しぶりです。資格試験以来ですね」

「コカナシちゃんにタカヤ君じゃない。班に入る錬金薬学師というのはタカヤ君の事でいいの?」

「おう、知り合いだったなら尚更良し。知り合いなら紹介もいらんだろう。キオウ、打ち合わせの続きをするぞ」

「まあ、その方が効率的でしょうな」

 団長と棋王が部屋を出て……

「キミア、ちょっと待ちなさい」

 ……先生が止められた。


 *


「先生みたいに前線で治療するなら最適だも思うんですけど……俺みたいに後衛だと錬金薬学はあまり意味が無いんじゃないですか?」

 打ち合わせを兼ねた食事の場で聞くとキリーさんはさも当然といった顔をしていた。

「まあ、基本的に活躍の場は無いわね。異常がなければ」

「じゃあ俺は何を……」

「貴重な男手だし、わかるわよね?」

「……なるほど」

 荷物運び、なのだろうな。



 キリーさんと別れて少し歩くとコカナシを見つけた。

 不機嫌そうな顔をしていたので無視しようと思っていたら目があってしまった。

「タカ、ちょうどいい所にいましたね!」

「何そのテンション怖い」

 いきなり機嫌が良くなるとか恐怖でしかない。何をさせられるのだ。

 先生がいないから無茶な要求ではないだろうが……あれ?確か食事が終わるなりコカナシを連れて逃げて行ったはずだ。

「先生はいないの?」

「……宿に行きましたよ」

 あ、また不機嫌になった。

「何かあった?」

「一緒に甘いものを食べ歩いていたのですが、少し食べただけで『もう甘いものはいらん』ですって! キミア様から言ってきたのに……」

「ああ、なるほど」

 痴話喧嘩か。さっさとくっ付けばいいのにこの二人。

「で? ちょうどいいってのは甘味巡りに付き合えってこと?」

 聞くとコカナシの機嫌がまた戻る。

「最近察しが良くなって来ましたね」


 *


「あら、カップルですかぁ?」

 洋菓子店に入ると、小人族らしき店員がそんな事を聞いてきた。

「いや、違いますよ?」

 即答したコカナシは「何言ってんだコイツ」みたいな顔をしている。

 一応歳の近い男女なんですけどね? 俺にはトモノがいるからいいけどさ。

「私はシャルロットを」

 席に着くなり頼む所を見ると事前リサーチは済んでいたようだ。ここに来ると言いだしたのは先生だけどコカナシも来たかったな、これは。

 心の中でため息を吐いてメニューを見る。店員も待っているし一番最初に目に入ったモノを頼むとしよう。

「えと、俺は先取りタルトで」

 店員が奥に行ってから気づく……先取りって何だろう。


 先取りタルトはいちごタルトだった。なるほど、季節を先取りか。

 その後コカナシと数件回ったところで俺の体は塩分を求め始めた。

 ポテトフライが食べたい。唐揚げが食べたい。

 口の中が甘ったるい。先生が逃げ出すのも無理ない。

 そんな俺を気にすること無くコカナシが入ったのは和菓子屋。

 煎餅とかないのかちくしょう!

「なんでここはこんなに甘味処があるんだろうな……」

「あらゆる戦いには頭を使うから」

 皮肉混じりに呟くと横から返答があった。スーパー町長のグリムさんだ。

「糖分って事ですか」

「そーゆー事。あ、ドーワ、私を手伝ってくれている一人よ」

 グリムさんの向かい側には大きな体の男が座っていた。背は二メートルと少しだろうか、巨人族だと思う。

「どーも、ドーワって言うとです。田舎育ちなので少し鈍ってしまうとですが気にせんといてください」

 少しじゃねぇ、すげぇ鈍ってる。イントネーションが全然違う。

「今から棋王と対局でね、本気で挑まなきゃ」

 そう言ってグリムさんは透明な液体を口にする。

 見た感じ少し粘り気と濁りがあって水ではなさそうだ。

「それなんですか?」

「飲んで見る?」

 差し出されたのを受け取って飲んで見る。

「……甘ったるい」

 凄まじく甘いわけではない。甘味を抑えた砂糖水みたいな感じだ。

 ……それでも甘いけど。なんか喉に甘さが絡みついて離れない。

「なんですかこの亜種砂糖水」

「ブドウ糖水」

 なんだその脳の栄養。

「よくそんなの一気に飲めますね」

「んー。まあ私は大丈夫」

「……?」

 突然強い視線を感じた。なぜかコカナシが俺を睨んでいる。


 *


「ってぇ……何すんだよ」

 店を出るなり足を蹴られた。

「仕方ないとはいえ不用意な発言だと思ったので」

「え? なんか失言した?」

 グリムさんはブドウ糖マニアだったとか?

「グリム・カールさんには味覚が無いのですよ」

「え? 全く?」

「はい。本人曰く『味わえるのは勝利の味だけ』だそうです」

 何それ強そう。カッコイイ。

「それは病気なのか?」

「精神的なモノだろう。ワタシたちの専門外だ、錬金薬学なら治せるかもなどと思うなよ? 無理だから」

「うわ、先生いつの間に……てかその煎餅一つください」

 俺の口内惨状を察したらしい先生から煎餅を貰って齧り付く。

 これだ、俺が求めていたのはこの醤油味だ!


 *


「で、先生は何を? 宿に戻ったって聞いてましたけど」

「せっかく来たから甘味じゃない方も満喫しておこうと思ってな」

 そういえばここは『戦いと甘味の街』だった。甘味に埋もれすぎて忘れていた。

 方向からして先生が向かっているのはあの総合競技場だろう。観光雑誌には野外競技用のグラウンドだけでなく屋内競技用の部屋、更には将棋などに使う畳の部屋。ほぼ全ての戦いという戦いがここで出来るらしい。

「今日は何をしてるんですかね」

「屋内は卓球、個室では将棋……は終わってるか。ワタシが見に行くのはグラウンドでのシャンバラだ」

「シャンバラ?」


「……なるほど」

 シャンバラじゃなくてチャンバラだな。俺と同じような異世界人はチャンバラと言ったのだろうが伝えてる間に変わってしまったのだろう。

 聞く限りはスポーツチャンバラのようだ。

「チャンバラか……少し楽しみだな」


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