光が弱くなり目が慣れてきた。しかし見えるのはボル様とケイタ様、そして周りに置かれた素材だけだ。

「これが……錬金術」

 幽霊監獄での疑似錬金では五感が弱くなっていただけだったが今回は違う。まるでここだけ世界から切り離されたような感じだ。

 そんな光の中ボル様が口を開く

「それは錬金の中で授けられし汝の才能

 それは成功に導く錬金の才能

 それは生命の根源を除く妖精の才能」

 続けて口を開くのはケイタ様。

「それは正しく使うべきもの

 それは意識的に使うべきもの

 無限なる行き先、我らがその一つを指し示そう」

 錬金石が見えないほど発光し、その光が俺の身体を包み込む。

「汝の才能、その名は『妖精的鑑定眼』である」


 *


「あたしが名付けるなら『命ある限りその目に映る』かな……あ、終わったみたい」

 切り離されていた世界と繋がってからの第一声はフィジーさんのモノだった。

「黒猫さん、仕事の報告をしたいのだけれど」

「うむ。ここでするが良い」

 二人が仕事の話をし始めたのを見ているとコカナシが顔を覗き込んできた。

「なにか変化はありましたか?」

「いや……特には」

「そんなものだ。お守りくらいだと思っておけ、本当に目覚めさせるのはお前自身だ」

 コカナシと違い先生はある程度分かっているらしい。

「先生も受けた事が?」

「ああ、洗礼名を授かった」

 そういえば先生の名前には「G」のアルファベットが挟まっていた。

「ここの人、洗礼名を授かった人と血が繋がっている……例えば子供は生まれた時に同じ洗礼名を受け取る、でしたよね?」

「まあ他にもあるが、そんなところだ。洗礼名があるならイスカンデレイア出身者と思って問題はないだろう」

 ならばアルスにも洗礼名があるのだろう。そこらへんは口に出さない方がよさそうではあるが。

「ボル様、他にはありますか?」

「いや、ない。一応様子を見るからタカは明日も来るが良い」

「わかりました」

 帰路につきながら何気なく錬金石の指輪を見つめる。

 ほんの少しだがまた前に進めた気がする。恐らく明日から帰るまでの数日、直接処方の稽古が始まるのだろう。

 この世界にきて中々の時間が過ぎたが……なんとなくこの手の先に、小さく目標が見えた気がする。

「……頑張らなければ、な」

 俺は小さく呟いて錬金石を撫でた。



 才能に名を授かってから数日が過ぎた。

 ボル様とケイタ様による指導でなんとか直接処方を習得できた……と、思う。

 今日はその最終試験である。

「今日はこの子に栄養剤を与えてやってほしい」

「この猫は……」

 ボル様が連れてきた子猫は毛並みもボサボサでかなり弱っているようだった。

「捨て子だ。少し先の街で発見され、昨日ネッコワークによって連れてこられた子だ」

「ネッコワークは猫のネットワークだ」

 ケイタ様の補足はもうどうでもいい。つまりこの猫は……

「本当の患者ってことですか」

「うむ、命に別状はないが栄養がないよ思わぬ病気にかかるやもしれん」

 今までの練習ではすでに力尽きた動物などが中心だった。いきなりこんな、他の人から見れば猫だがボル様からすれば……

「何を迷っておる。そんな覚悟でお前は救おうとしているのか」

「わかりました……コネクトはどうしますか?」

「すでに終えてある」

 コネクトというのは術者と患者を錬金術的に繋げる事である。基本的には錬金石を患者の身体に入れ、術者の錬金石を反応させる方法になる。

 身体に入れると言っても石を飲んだりする必要は無い。粉末状にしたモノを飲んだりするだけでよい。

 錬金石を飲むことで体調に変化がある事は基本的にない。そもそもいつも使っている溶解液にもその粉末が入っていて、それを錬金石に反応させているのだ。

 ともかくコネクトが終わっているのなら問題ない。いつも通りに、いつものように……

「錬金、はじめます」


 *


「赤子泣けども蓋取るな……」

 弱くなっていた五感が戻ってきた。子猫の息は安定している。

「うむ、及第点……合格としておこうか」

「ありがとうございます」

「体力を使っただろうから少し休むと良い。今宵は少しばかり豪華な夕食を用意するからまた迎えをよこそう」

 ボル様が猫の鳴き声を上げると数匹の猫が入って来て子猫を運んで行った。残った一匹が俺の方をじっと見てくる。

「ついて行けば部屋に案内してくれる」

 俺が立ち上がると猫が一鳴きして部屋を出た。

「なるほど……これが」

 これがキャットワークか!


 *


「キミア達の送り出し、そして悩まされていた犬の討伐を祝して祝杯をあげよう!」

「はい、かんぱーい」

 めんどくさそうなケイタ様の合図で宴は始まった。

「フィジーさん、犬の方は簡単でしたか?」

「おうともさ、害獣対策課を舐めないでもらおうか!」

「なんでこんな田舎町の穀物被害ぐらいで国直属のお前が来たんだ? 普通なら違う所を派遣しているだろう?」

 先生に聞かれたフィジーさんは大きな肉を飲み込んで骨を缶に投げ入れた。

「ま、他の仕事の調査も兼ねているからね。ほら、最近線路が破壊されてるじゃん?」

「あれが害獣のせいだっていうのか? そんな馬鹿な、粉々のされていると聞いたぞ」

「そんなバカな話があるのよ。ここに来た犬はその群れからはぐれた子分だと推測しているわ」

「なら線路を壊した親玉も犬なのですか」

「まあ犬。かな」

 なんだか歯切れが悪いな。

「犬と認めたくないくらいでかすぎるんだよね。皆は白狼って呼んでる」

「そんなにですか?」

「うん、団長が来るくらいには大変な事態らしいよ」

「へえ……来る? もう場所が決まっているのか」

「次に白狼がくるのは『ハンス・グレーテ』の近くって言われてる。これからあたしも行くんだ」

「確か甘味と戦いの国、ですね」

 ……戦い?

「コロッセオとか?」

「コロッセオが何かは分かりませんが戦いというのは様々です。将棋とか剣術とか……多目的の競技場があるのです。お菓子も絶品ですよ」

「行くか」

 唐突に先生が口を開いた。

「そいつがもし予想通りに動かなかったら遭遇するかもしれないし、ハンスにいれば問題ないだろう」

「そういえばお茶菓子の備蓄が切れそうでしたね。ここからなら取り寄せるより直接行った方が安く済みますし」

 話が嚙み合っていない……おそらくコカナシの方が真相だ。

「ま、ともかく帰りに寄り道だ」 

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