②
「お、やっと出てきたね」
ボル様の部屋を出ると隣の部屋からフィジーさんが顔を出していた。
「ボル様に用事ですか?」
「うん、ちょっと仕事の話をね。あとコレはタカ君に」
渡された紙には地図のような物が書いてある。
疑問の視線を送るとフィジーさんは地図の二点を指した。
「こっちが今の場所で、こっちにキミアがいるってさ」
「なるほど。ありがとうございます」
「じゃ、凶悪なる害獣への作戦会議と洒落込んでくるわ」
数回ノックをして返事を待たずにボル様の部屋に入っていく。
しばらく待ってみる。アレがこの世界でも普通じゃないのなら……
「ね、ネコが喋ったぁ!?」
予想通りフィジーさんのさけび声が聞こえてきた。やはりこの世界でもネコは話さないらしい。
*
「先生の実家……ではないよな」
地図が指していたのは普通の民家。表札には『メディ』の文字。
「……人の家の前で怪しいですね。退治してもよろしいでしょうか?」
聞き慣れた声のした方を見るとコカナシがいた。
「なあ、地図の通りに来たらココだったんだけど」
「間違ってませんよ? ここがお世話になる家です」
「ラストネームが違うみたいだけど、先生の従兄弟か誰か?」
「いえ、血の繋がりはありません。親のようなモノです」
「ふうん」
深く聞くのはやめておこう。なんだか複雑そうだ。
「で、先生は?」
「両親とゲンさんの墓参りです。私は先に帰って来ました」
「……ゲンさん?」
「キミア様の師匠です」
「なるほど」
どうやらコレも深く聞かない方がいいらしい。最近分かったのだが話したくない事を話す時、コカナシは髪留めのリボンを弄り出すのだ。
今もそれは続いている。ならばこの件は奥底にしまっておこう。
俺が質問をやめた事を確認したコカナシは民家のドアノブに手をかける。
「じゃあ入りましょうか。紹介します」
*
「あなたがキミアの生徒? あの子が生徒を取るとは思わなかったわー!」
メディ家に住んでいたのは気の良さそうな老夫婦だった。この街で錬金術ではなく錬金薬学を研究している珍しい家らしい。
「あの子の教え方で大丈夫?」
「はい、まあ大丈夫です。少し感覚的すぎるところはありますけど……」
「やっぱりそうなのね。ほら、あなたも新聞とか読んでないで話を聞きましょうよ」
「……聞いている」
「コカナシもほら、座って甘いお菓子もあるわよ」
「ありがと……ございます」
「あら、まだ敬語が抜けないのね? もっと気安く柔らかく行きましょうよ。タカヤくんも硬くなっちゃ駄目よ?」
なんだかせわしない人だが……これくらいの方が気が楽で俺は好きだ。
父親の方は寡黙だが優しさが滲み出ている。新聞を読んでいたと思えばケーキを食べるコカナシを何度もチラ見していたり、最初俺が少し遠慮しているとさりげなくお菓子の缶を寄せてくれていたりする。恥ずかしがり屋なのだろうか。
なにはともあれこの人達と気まずい雰囲氣になるようなビジョンは浮かばない。これはとてもいいことだ。
「で、最近のキミアはどうなの? 色々聞かせてちょうだいな」
「そうですね……」
日頃の仕返しだ。
「では先生がぁ……!?」
いいネタを思い出して開いた口に大量のお菓子が詰め込まれた。
「いらん事を話すな、次は薬草を押し込むぞ」
「んぐ……先生……」
「あらキミア、もういいの?」
「ん、ちゃんと挨拶はした」
「先生、ボル様が明日の昼に来てくれって言ってましたよ」
「お前もか? なら頼んでいた件だな」
「何か頼んでいたのですか?」
「念のためタカの才能を調べて貰おうと思ってな」
「ああ、なるほど」
才能? そういえば前にそんな事を言っていた気がする。
「なあコカナシ。才能ってなんだっけ」
「異世界から来た人は錬金術の中を通ってきた事で錬金に対して何かしらの適正、特殊な才能を持っている事が多いのです。今までの事を考えてもタカにはそれがあるかと」
「才能、ねぇ」
言われて悪い気はしない。ただ覚えが無い事に言われると不思議な気分になる。
「タカ、明日はそれまで錬金をするな。座学だけにしておけ」
「あら、遠出しているのにお勉強? キミア先生、少し厳しすぎないかしら?」
「いや……これは教師として……」
母親に言われて戸惑った先生は父親に視線を向ける……が、父親は先生の反対方向を向いていた。
「……わかった。明日は昼まで自由にしろ」
その言葉に満足げに頷く母親、珍しく折れた先生。俺からだけ見える父親の顔は笑いを堪えているようだった。
*
翌日の昼。早めの昼食後に昼寝をするという個人的最高コンディションでボル様の前に立つ。
「錬金をしてみろ」
「……はい?」
いきなり目の前に幾つかの素材が出される。
「作るのは簡単な鎮痛剤。使う素材は自分で選べ」
「え、いや。いつも素材はコカナシが」
「いいから、やってみい」
コカナシの方を見たが知らんぷりされた。どうもやるしかなさそうだ。俺はいつものように簡易錬金セットを取り出す。
*
「うむ、こんなところか」
ボル様の指示に従い数回錬金を重ねた。どれも初歩的な錬金で問題は無かった筈だ。
「タカヤ、お前はなぜ傷薬の時あのマンドレイクを選んだ?」
「え、いや……なんとなく、です」
コカナシならそのマンドレイクの特徴から錬金術的効能が答えられたのだろうが……俺には無理だ。
「ならホーリーバジルは?」
「それも……なんとなく」
「他も全てそうか?」
「……はい」
ボル様はしばらく考えこんだ後、ヒゲを撫でてケイタ様の方を見る。
「聞いていたとおり、お前の才能はキミアの目に似ているな」
「先生の……エルフの目ですか?」
「うむ、お前はその錬金に必要な素材を的確に選んでいる。無意識なのが問題だが……才能が身体に馴染めば意識的に、それこそエルフの目のように使えるだろう」
エルフの目は生命力や体力を見ることが出来る。実際目には見えてはいないが才能はそれを見ていて必要なものを選定しているのだろう。
無意識なら才能が発揮されない時があってもわからない。それは薬学師として問題だろう。
「才能を身体に馴染ませるにはどうすればいいですか?」
「お前の才能なら錬金をしていれば少しづつ馴染むだろう。今まで通りにしておけ」
「少しづつ、ですか」
できればトモノの治療までに会得しておきたいのだが……
「特別に少し後押ししてやるか。準備をするぞ、ケイタ」
そう言ったボル様はふわりと浮いて棚の方に向かう。
「後押し……?」
「お二人が神と呼ばれる理由となった才能、運命の錬金術です」
運命を錬金? なんだかとてつもない才能の気がする。
……まて、今おかしかったぞ。
ボル様……浮いてなかったか?
*
「ああ、儂とケイタは死んだ後この世界に来たからな。生命力はとうに失っているが才能でカバーしている」
「生命力がないなら錬金もできないんじゃ……」
「うむ、故にできるのは運命の錬金術だけとなる」
「で、その運命の錬金術っていうのは……?」
「その名の通り、ですよ」
隣にいたコカナシが説明を買って出た。
「錬金術の過程『分解』『強化』『合成』のうち強化過程で普通では考えられない程の強化を付与できる錬金術。人に使えばその人の運命を変えられるほどの力を持ちます」
「それってほぼ万能じゃないか」
「ただ運命を変えるほどになるとお二方もただでは済まないはずです」
「だから力を抑えて少しの強化、名前を付けることで方向性を決めた強化にする。それを今からするのだ」
先に準備を終わらせたらしいケイタ様がコカナシの話を引き継いだ。直接処方の説明の時は片言で子供らしかったが普通に話すときは威厳があるらしい。
身体は子供、頭脳は大人みたいなかんじだろうか?
「よし、準備は整った」
ボル様も準備が終わったらしい。先生とコカナシが後ろに下がって俺が前に出される。
ケイタ様が座ってその膝の上にボル様が乗る。
「では運命の錬金術『略式・命名』を開始する」
ケイタ様の錬金石に反応して部屋全体が光を放つ。
「御内隆也がもつその才能に名前を授けよう!」
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