勝利の大味は大犬も喰わぬ

「帰ってきたら真っ先にあたしの所に錬金服を持って来なさい」

 駅のホームでセルロースさんがそう釘を刺した。

「キミアもどうせボロボロにしてるでしょうから一緒に、コカナシちゃんには冬服を用意しておくから」

「わかりました。では、気を付けて」

「お互いに、ね」


 *


「で、俺たちはどうするんですか?」

「電車で行こうと思っていた街の近くに行ってそこからはバスだな」

「これに乗りますよ」

 来た電車に乗り込んで向かい合う四つの席に座る。

 俺の向かいには先生、その横はもちろんコカナシ。

 で、俺の横は……

「えっと……フィジーさん……でしたっけ?」

「そういや自己紹介がまだだっけ」

 フィジーさんはお茶を飲んで咳ばらいをする。

「私は国営傭兵団、害獣対策課のフィジー・セルピエンテよ」

「俺は先生の生徒、錬金薬学師の御内……タカヤ・オナイです」

 害獣対策課? あの時は治安維持とか言っていたような……いや、それよりも

「セルピエンテ、ですか?」

「キミアの生徒ならアルカロイドに住んでいるのかな。じゃあアデルを知っているわけだ」

 フィジーさんは何度か頷いてまた咳ばらいをする。

「じゃあ自己紹介やりなおしね!」

「は、はあ……」

 車内であまり大きな声を出さないでほしい……ここらへんのノリはアデルと似ている。

 恐らくセルロースさんと同じくらい、具体的には控えるがアデルよりは年上だからお姉さんとかだろうか。

「我が名はフィジー・セルピエンテ! アデルの妻よ!」

「…………」

 …………ん?

 何度か耳に届いた言葉を嚙み締めてようやく飲み込む。

「……はあ!?」


 *


「アデルの……奥さん?」

「そう、愛されているわ」

 あいつ既婚者だったのか……でも一緒に住んでいるって事は無いんだよな

「あの、なんか複雑な関係だったり?」

「フィジーは仕事でいないだけだ。冬になればアルカロイドに帰って来るぞ」

「タカはフィジーさんが仕事に出てからアルカロイドに来ましたからね、ちょうど入れ違いくらいでしょうか」

 そういえばもうすぐ一年になるのか、早いものだ。

 先生によればフィジーさんがいる国営傭兵団というのは俺の世界での自衛隊とか警察とかを合わせたモノのようだ。

 アルス相手にフェイクとして名乗った治安維持課が警察。本当に所属している害獣対策課はその名の通り、狩人的な仕事らしい。

「そういえばフィジーはどこに向かうんだ?」

「山に囲まれたとこ、確かイスカンデレイアだっけ」

「なんだ、行先同じか。……害獣が出たのか?」

「人に危害を加えてるわけじゃないけど野菜とか色々被害が出てるみたいよ」

「猿はいつもいるぞ」

 フィジーさんはかぶりを振る。

「犬だって」

「桃太郎かよ」

「……タカ?」

「いや、なんでもない」

 思わず声に出てしまった。

 それにしても……

「また犬、かぁ……」



「ここがイスカンデレイア、ワタシの故郷だ」

 隣町から山の中を歩いてイスカンデレイアにたどり着いた。

 当初の予定から大幅に遅れてしまった。

「まずはボル様とケイタ様に顔を出しに行く」

「あたしは依頼者のところに行くわ、じゃあ後で」

 フィジーさんと別れ、イスカの中を歩く。

 すれ違う人ほぼ全てと言葉を交わしながら進む先生についていくと少し様子の違う建物が見えた。

 他の建物が洋風なのに対してこの建物だけは和風……昔ながらの日本の家って感じだ。

「ボル様とケイタ様はいるか?」

「おお! キミアじゃないか! 報告してくる」

 門番らしい人が一度奥に入った後許可を出してくれる。

「いくぞ」

 二人について建物に入る。いくつかの廊下と部屋を抜けて襖の前で先生は立ち止まった。

「ボル様、ケイタ様。キミア・G・プローションです」

「よろしい、入れ」

 威厳のありそうな声が聞こえた。やはり長老みたいな人なのだろうか?

「失礼します」

 部屋の中にいたのは一人の少年。小学校低学年くらいに見える。

 この子がさっきの声の主……?

「あ、キミアじゃないか」

 どうやら違うようだ。この子は普通に年相応の声だ。

「久しぶりです、ケイタ様」

 彼がケイタ様ならさっきの声はボル様なのだろう。

 見渡したが畳の部屋にいるのはケイタ様しかいない。強いて言うのなら人間のような座り方をした黒猫くらいだ。

 綺麗な黒猫だ。昔絵本で見た黒猫とどこか似ている。

「久しぶりだな。キミア、コカナシ……それから……?」

「ほら、挨拶しろ」

 先生に背中を叩かれて一歩前に出る。

 いや、確かに挨拶しなきゃいけないんだけど……

「今、猫が喋った……」

 呟くと目の前にいる黒猫が胸を張る。

「その通りだ。今のは儂が発した言葉だ」

「……え?」


 *


「えっと、タカヤ・オナイです」

「タカヤだな。うむ、頭を上げよ」

 言われた通りに上げて黒猫を見る。

 この黒猫がボル様らしい。どんな原理かはわからないが異世界転移の影響で人間の言葉を話せるらしい。

 このボル様とケイタ様が先生たちの言う錬金術の神様、つまり……俺と同じ世界から来た異世界転移者なのだ。

「キミアが生徒を取るとはな……で、そいつが儂と同じ世界の者というわけか」

「は、はい。そのようです」

 コカナシはともかく先生までかしこまっているからなんだか緊張してしまう。

「ついたばかりで長話も疲れるだろう。また来るといい、今日帰るというわけではないのだろう?」

「はい、一週間ほどは居ようかと」

「うむ、下がってよいぞ」

「失礼しました」

 先生とコカナシについて帰ろうとするとさっきまで話さず本を読んでいたケイタ様に腕を掴まれた。

「えっと……」

 ボル様の方を見る。ボル様は頷いて手招きをした。

「タカヤ、お前は少し残るのだ」



「硬くならんでよい、少し質問するだけだ」

 それが緊張するのだが……

「タカヤ、なぜお前はキミアから錬金薬学を学んでいる? キミアに拾われたから成り行きではあるまい」

 頷いてボル様をまっすぐと見る。

「俺は……恋人を助けたいんです」


 *


「ふむ……なるほど。ならば目標は錬金術、直接処方になるのだな」

 ちょうどいい単語が出てきた。

「その直接処方っていうのはどういうものなのですか?」

「……? そういう事はお前を分かっているキミアに聞いた方が良いのではないか?」

「いや、その……その言葉はアルスから聞いたものだったので……」

「今回は聞いても問題無い言葉だが……よろしい、少し講義を始めるとしよう。

 通常の錬金薬学は投薬治療となる。しかし直接処方はその限りではない」

「手術的な感じでしょうか?」

 頷いたボル様は髭を撫でて口を開く

「手術との違いは繋がりだな。タカヤよ、錬金石はどういうものか知っているか?」

「えっと……体力とか生命力をモノに込めるための石ですよね?」

 俺が言うと同時に本を読んでいたケイタが立ち上がった。

「少し違う。錬金石はお互いを繋げあうモノ、術者と素材が繋がっているからから体力を込められる」

 俺が声を挟む暇もなくケイタ様は口を開く。

「その繋がりは人と人でもできる。繋がっていると相手の身体の中に直接効能を与える事ができる。投薬の何倍も効果がある」

 簡単な睡眠薬でコカナシが一瞬で眠ったのはそのせいか。

「もちろん副作用も数倍。だから一番いいとは言えない。でも……その人、トモノの状態なら錬金術かつ直接処方じゃないとダメだと思う」

 さっきからロボットみたいな話し方なのはなぜだろう。説明になれていないのだろうか。

「まあ、やってみるのが一番良い。少しだけ稽古をつけてやろう」

 そう言ってボル様は大きく伸びをした。

「しかし眠い。明日の昼、キミア達と共に来るが良い」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

錬金薬学のすすめ ナガカタサンゴウ @nagakata

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ