③
買い物開始から約三時間。おやつ時になってようやく俺は座ることができた。
両手いっぱいの荷物を降ろしてベンチに座る。
「いっぱい買いました。やっぱり買い物は楽しいですね」
「疲れた……あれ、セルロースさんは?」
「デザートを買いに行きましたよ。休憩しながら食べましょう」
「ああ、いいなそれ」
いいながら俺は立ち上がる。
「あれ? 逃がしませんよ?」
「トイレだよ」
幸いにも公園の端にトイレがあった。取り壊し直前レベルで汚いが背に腹は代えられない。
そういえば遊具も無かったしベンチも放置されていたようだった。誰もいなかったし公園としては使われていないのだろう。
少し行ったところに大きい広場があるのも要因の一つだろう。
手を洗って風の出ない送風機に手を出してしまってため息をついているとなにやら大きな音が聞こえた。
まるでベンチが倒れたような……
「タカ! 誰か!」
叫び声を聞いて外に出ると予想通りベンチが倒れ、地面に叩きつけられたコカナシが数匹のネズミに囲まれている。
「なんだそのでかいネズミは!」
犬くらいの大きさがあるぞ! 気持ち悪い!
「とりあえず威嚇してみるぞ!」
「ちがいますタカ! ネズミじゃなくて!」
駆け寄ろうとした俺とコカナシの間、上から狼のような生物が降りてきた。
獣に付いたカラスのような翼が砂煙を起こして視界を狭める。
「……いまのは」
砂煙が起こる前に見えたあの獣の事を忘れるはずもない、あれは、あのキメラは……
「名前で呼び合う……お前たちは知り合いだったか」
砂が風に飛ばされて視界が晴れる。キメラの先に現れたヤツが無表情で俺の方を見る。
「……そうか、お前にはキミア・プローションの事しか言っていなかったな。これは失礼」
「何をするつもりだ」
アルスは俺の言葉を無視してコカナシの腕を掴む。
「キミアはどうした。あの時お前を連れて行ったのはキミアだっただろう?」
「あの人とはあれ以来会っていませんよ」
「錬金術に使わないというのなら傍に置く必要もない、か」
言い終わったアルスの指輪にある錬金石が光りだす。
「まて! 何を……」
途中で言葉がかき消される。俺の前にはあの時と同じキメラと数匹の大きなネズミが立ちはだかっていた。
恐らくこの大きなネズミもキメラだろう。どんな仕掛けを持っているか分からない。
どうしようかと考えている間にもアルスの錬金は進んでいく。でも……なんだか普通の錬金ではないようだ。
光っているのが錬金石だけではない。その手をかざされているコカナシまで光を放っているのだ。
「直接処方を見るのは初めてか。これは錬金薬学の範疇なのだがな……」
言いながら簡単にアルスは錬金を終えた。光が消えた瞬間コカナシが気を失った。
「……何をした」
「睡眠薬を処方しただけだ。もちろん身体に影響のない程度の、な」
「コカナシをどうするつもりだ」
「生命力消費の少ない小人族の身体を持ちながら巨人族の力を発揮する……それはワタシの身体に必要な要素だ」
確かにコカナシは見た目ではありえない程の力を持っている。しかし……
「それがお前の身体にどう影響するんだよ」
もしこれが自力で力をつけた人ならばその身体を知らべることでソレに近づくヒントは得られるかもしれない。しかしコカナシの場合は完全に遺伝の問題だ。
「この体には影響しない。しかし次に作る身体の参考にはなる」
「それって……」
聞こうとするとアルスが落ちかけている日の方を見て呟く。
「話がすぎたな。錬金術について見識を深めたいのならまたの機会にしよう」
「待て!」
伸ばした手の皮膚の一部が切れ、血が滲み出てくる。裂かれた所から痺れてきて思わず膝をつく。
「あまり動かない方がいい」
それだけ言ったアルスはコカナシを抱えてネズミキメラと一緒に去って行った。
*
数分で痺れと眩暈は無くなった。恐らくあのキメラの風に微量の毒が仕込んであったのだろう。
いまこの公園にいるのはそのキメラと俺だけ。どうにかしてこのキメラを凌いでコカナシを助けに行かないといけない。
しかし俺が不審な動きを見せるとキメラは埋め込まれたストックボックスから威嚇の風を出して砂埃を巻き上げる。恐らく何かを実行するとさっきのように毒にやられるのだろう。
いくら数分で効果を失う毒でも何度も受けるのはまずい気がする。
「……くそ」
こういう時先生ならどうするだろうか……どうすれば……
「またソイツ!? あの時はよくも!」
そんな声と同時にセルロースさんが走ってきた。
「ちょ、近づいたら切られますよ!」
俺が叫ぶと同時にキメラのストックボックスが開いてセルロースさんに攻撃を開始した。
「そんな訳の分からないモノであたしの服が破れるもんか!」
いつの間にか革ローブのようなものを身にまとっていたセルロースさんが風に裂かれる事無くキメラの元にたどり着く。
キメラがセルロースさんの方を見た瞬間、彼女がキメラの口に何かを突っ込んだ。
思わず飲み込んだキメラがフラフラになって地面に倒れこんだ。
一分にも満たないその攻防に俺は何の反応も出来なかった。
「けっこう度が強い酒の入ったお菓子を食べさせたわ。犬は酔いやすいらしいからね」
ああ、だからフラフラに……
「で、何があったの。コカナシちゃんは無事なんでしょうね」
言われてハッとする。そうだ、安心している場合じゃない。
「コカナシが攫われました!」
*
「ちょ、攫われたって……そもそもアルスって誰よ!」
「このキメラを作った錬金術師です」
「コカナシちゃんは大丈夫なんでしょうね!」
「今は、まだ」
アルスにとってもコカナシは大切であるはず、ならばすぐに何かしたりはしないだろう。
「何処に行ったの!」
「あっちの方ですけど……何処に向かったかはわかりません」
答えながら錬金の準備を始める。
「こんな時に何してるの」
「もし追いついたとしてもアルスの周りには数匹のネズミキメラがいます。それとアルス本人を封じるための毒を作ります」
「そんなもの作れるの?」
「麻酔薬の応用です。それに薬も本質は毒です」
この論は受け売りだが間違ってはいない。
薬は菌などを殺す毒。用法などを間違えれば人間にも毒となる。
その仕組みさえ分かっていれば毒を作るのなんて簡単だ。俺はそこまで詳しくはないから麻酔薬を応用するのだけど。
麻酔薬はいつも救急箱に入れて持ち歩いている。怪我人がその痛みに騒いで体力を失わないように必要なのだという。
この麻酔薬を少しだけ、ほんの少しだけ効力を高めてこれを毒とする。
「じゃあコレ使って」
セルロースさんがカバンから取り出したのは補修された錬金術用コート。
「まだ色々途中だからアルカロイドに戻ったらまたあたしに渡して」
「ありがとうございます」
コートに袖を通す。今回の錬金は簡単なものだ。
「すぐ終わらせます」
赤子が泣き止んで蓋を取る。問題なく毒は完成した。
「……どうですか?」
「ダメね、やっぱり出ないわ」
錬金している間セルロースさんのPHSでコカナシに連絡をとってもらっていたのだが……やはり無理だったようだ。
「足で探すしかないですね」
*
探すこと数十分。コカナシはまだ見つかっていない。
目の前には線路が、その周りは大きなフェンスに囲まれていて入れないようになっている。
線路は随分と先まで広がっているようだ。
「まるでベルリンの壁だな」
「タカ君!」
セルロースさんがコカナシのPHSを拾った。どうやらここを通ったことは間違いないようだ。
「コカナシ……どこにいるんだ」
しばらくの沈黙を破ったのは近くを通った電車。電車の後を追いかける風がこんがらがった思考を持ち去って行った。
「……アルスだ」
そう、いままでコカナシの事ばかり考えていてアルスの事を忘れていた。
PHSを取り出して番号を打ち込む。
「コカナシちゃんのならここにあるわよ」
「分かっています」
だから……俺はアルスに電話をかけた。アルスには番号を伝えていないから俺とは分からない筈だ。
数回のコールの後、繋がる音がした。
『……アルス・マグナ』
「どこにいる」
『誰だ』
「…………」
ここで答えたら切られてしまうかもしれない。幸い元の世界のスマートフォンよりも性能は低いから声が分かりにくいのかもしれない。
とりあえず話を繋いで……もしアルスがあの近くにいるのなら……
「匿名で頼みたい」
『要件は』
「…………」
先生か未開錬金術の話で場を持たせようとした時、横を電車が通り過ぎて行った。
もう話を繋ぐ必要は無い。俺は耳を澄ませて向こうの音を聞く。
『どうし……』
少しの間の後に発したアルスの声が電車の音でかき消された。
電話を切って電車の行った方を見る。少し距離はあるが追いつけない程ではないだろう。
「アルスはあっちの方、線路の近くにいます」
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