散った火花は消える事を知らず
①
ナディの大健闘もあり、俺たちは無事カップに辿り着いた。
「じゃあ僕たちはここで」
「おう、頼むわ」
アデルはここで俺たちとは別のルートになるらしい。
「じゃーねー」
身寄りを探す事もあり、ナディもアデルについていくようだ。
アデルたちが乗った電車の扉が閉まる。
「ああ……ナディちゃんが……」
一番惜しんでいるのはコカナシ。俺と先生にはあんま懐いていなかったからなぁ……
「さて、ワタシたちも行くか」
「ここからまた電車ですか?」
「ああ……いや」
先生が駅のホームにある電光掲示板を見上げて声をあげた。
「ダメだ、動いてない」
「え? まだあの時のが?」
前止まった時からだいぶ時間は経っていると思うのだが……
「線路がやられたようだな。暫く復旧しないだろう」
「また歩きますか?キミア様」
「そうだな.、まあ行けないこともないか」
先生は溜息をついて出口に向かった。
「とりあえず数日はここに泊まろう。流石に疲れた」
「賛成です」
今から歩くのは流石に無理だ。数日間休めるのならありがたい。
*
「見つけた」
宿を探して歩いているとそんな低い声の後、隣を歩いていたコカナシが視界から消えた。
「や、ちょ、助け……」
まさかアル……
「……セルロースさんじゃないですか」
「やっほータカくん、キミア。あとコカナシちゃーん!」
セルロースさんは完全に捉えたコカナシを撫でまわす。
「やめてください不快ですやめてください」
「嫌よ嫌よも好きのうちー」
「違いますー。うう……」
「セルロースは仕入れか?」
「うん、そだよ……あっ」
一瞬の隙を突いてコカナシは脱出して先生の後ろに隠れる。
「仕入れですか?」
「そそ、ここは布業も盛んだから新しい仕入れ先も探しておこうかなって。キミア達は? そろそろ着いたころだと思ってたけど」
「交通トラブルでな、少しここに留まろうと思っている」
「じゃあその間コカナシちゃん分を補給できるのね!」
その言葉を聞いてコカナシは先生の後ろから出てきて大声を出した。
「出来ません!!」
*
先生とコカナシがナディの抗体についての議論を始めたから俺は逃げ出すように外に出た。ああいう難しい話は頭が痛くなる。
外に出たからと言って特に目的もなく歩いていると商店通りにたどり着く。
「おお……すげぇな」
道路並みの広さだがここは歩行者天国になっているらしい。名産の布以外にも旅に必要な寝袋とか食料とか大抵のものが揃いそうだ。さすが交通の便が経つ街である。
美味しそうな塩焼き鳥があったので一本買って食べ歩きを始める。最近は先生の仕事を手伝う代わりに幾らかのお金を得ていた。
コカナシが作ってくれる栄養バランスの考えられた物もいいがたまにはこういう栄養度外視の物も食べたくなる。身体に悪そうなカップ麺とか。
この世界にカップ麺はあるのだろうか? 大抵の食生活は同じだが、パン食だからなぁ……米が食いたい。
そんな事を考えながら大通りを抜けると広場に出た。真ん中に噴水、端にはベンチ。どうやら公園的な場所らしい。
一番端のベンチに座り道中買ったドーナツ的なお菓子を齧る。ドーナツというよりはサーターアンダギーか。
食べ進めていると喉が渇いてきた。そんなタイミングで後ろからコーヒーが現れた。
「観光? コカナシちゃんは?」
「残念ながら先生と同じですよ、セルロースさん」
コーヒーを受け取って代わりにドーナツを一つ渡す。
「ねえ、これ何だかわかる?」
セルロースさんが何故か自慢気に取り出したのは少しゴツめの布。
「……布、ですね」
「そういう事じゃないのはわかってるでしょ? これはアスベストスよ」
「アスベスト? それって体に悪いやつじゃ無かったですか?」
確か『静かな時限爆弾』とかいう異名までついていた筈だ。
「あら、そういうのは知ってるのね。でもこれはアスベストじゃなくてアスベストス、健康に影響のないように作られたモノなの」
「貴重なんですか?」
「今となっては貴重ね。健康に影響のないようにする時に化学反応が起こったらしくてね、この布は燃えるけど焼けないの」
「……?」
国語的な文章問題か?
「この布に火はつく。でもこの布はいくら火に焼かれようと消耗する事がないのよ」
「へえ、面白いですね」
「興味ないなー? これはね……と、コレを言いたかったんじゃ無かった」
「なにか用事が?」
聞くとセルロースさんは頷いて両手を出す。
「錬金用のコート、見せて。いつも持ってるでしょ?」
「えっ……いや……」
コーヒーをこぼしそうになる。この世界に来てすぐセルロースさんに作って貰ったあの錬金用コート。練習だとか実践だとかに使いまくって今では……
「どうせもうボロボロなんでしょう?」
「……はい」
全くもってその通りである。穴こそ空いてはいないが飛んだ錬金液とかで表面が溶けていたりしているのだ。
「キミアもそうだったからまさかとは思ったけど。錬金術師って皆そうなのかしらね」
「いやホント……すいません」
「アルカロイドに戻ったら新調するようキミアにも言っておいたけど……とりあえず今のを少し補修しておくわ」
俺から錬金用コートを取ったセルロースさんは少し歩いた後振り返る。
「あ、コカナシちゃんにコレ渡しといて」
「いいですけど……なんですか?」
渡されたのは一枚のメモ用紙。
「今泊まってる宿、いつでも大歓迎って伝えといてねー」
「……はあ」
セルロースさんが遠くなったのを確認して俺は小さくつぶやいた。
「行かないと思うなぁ……」
*
「あ、コカナシちょうどよぶふっ!」
「キミア様のばかー!!」
ちょうど宿から出てきたコカナシに紙を渡そうとしたら思いっきり押し退けられた。
壁に叩きつけられた俺は咄嗟に顔を触る。
目、ある。鼻、ある。口、ある。
よし、大丈夫そうだ……じゃなくて
「コカナシ……」
いねぇ!? 力だけじゃなくて脚力まで高いのかあいつは! しかもちゃっかり紙は受けとられているときた。なんだあいつ。
コカナシに追いつくのは無理そうだ。どの方面に行ったかすらわからない。
仕方なく俺は宿に入る。中に居るのはもちろん先生。
「おう、タカか」
うわぁ、すっごい不機嫌。
「いまコカナシが逃げるように出て行きましたけど?」
「……珈琲を用意しろ」
「わかりましたー」
*
「なるほど……」
珈琲を飲みながら先生から話を聞いた。
不機嫌な先生による寄り道しまくりの部分を取り除いて纏めると……
先生が宿の飯を食べてふと「外の料理もいいもんだな」的な事を言ったのがきっかけらしい。
たまたま虫の居所が悪かったコカナシがそれを聞いて「私の料理では満足してませんでしたか」と反応。
そこで軽く宥めてやれば収まっただろうに先生はその言葉が気に入らず……口論になった。
ふむ……なるほど……
「痴話喧嘩じゃねぇか!」
「いきなり大声を出すな」
「なんすかそのしょうもない理由! しかも旅行先で!」
その後散々ツッコミを入れてようやく俺は落ち着いた。
「で、追いかけないんですか?」
「あいつの方が足が速いからな、追いつけん」
「いや、それでもこういう時は探しにいった方が」
「知らん」
「あー……ほら、アルカロイドならまだしもここじゃあコカナシも行き場が無くて寂しがってますって」
「セルロースがいるだろう」
まあ、確かにいるが……
「コカナシ自らセルロースさんの所に行くとは思えませんが」
「どういう事だ?」
「だってセルロースさんの事苦手そうじゃないですか」
「は?」
数秒の沈黙の後、先生が口を開く。
「あいつとセルロースは仲いいぞ?」
「……え? そうなんですか?」
「そもそもあいつの心を開いたのはセルロースだ。嫌いなはずがあるか」
嫌よ嫌よも好きのうちって事か。知らなかった。
「だからあいつはセルロースの所に行っている。だから心配ないだろう?」
そう言い放った先生は俺に背を向ける形でソファに寝転がった。俗にいうふて寝である。
「まったく……」
ため息をついて椅子に座る。本人が動かないというのなら俺も動くまい。
それに……これに首をツッコむのは少々面倒だと感じてしまったのだ。
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