はじめるとは言ったがすぐにいつもの錬金が始まるわけでは無い。まずはアカサギを錬金に入れるための作業が必要らしい。

 液体と反応した錬金石をアカサギに向ける。錬金石の光が強くなり、アカサギの身体も光を放つ。

 アカサギ……純粋な生命力を錬金石を通して素材に混ぜ込むのだ。

「うわ……なんかお前さんと混ざってるみたいで気持ち悪い」

「うるせぇ」

 この作業にそこまでの集中力はいらない。起動したら後は錬金石がやってくれている感じだ。

「どこがみえちゃんなんだ……」

 アデルの呟きが聞こえた。

 まあ、そう思うだろう。そんなあだ名をつけられる要素は全く……

 ん? おかしくないか?

 錬金石が安定しているのを確認してからアデルの方を見る。

 アデルもコカナシもアカサギの方を見て苦笑いを浮かべている。

「……見えてるのか?」

「うん、はっきりと見えている」

「錬金時の体力、生命力の可視化現象……ですかね」

 なるほど。納得して錬金石の方に意識を戻そうとしたらナディがゆっくりと目を開けるのが見えた。

「えっと……みえちゃん?」

「よくわかったな、ナディちゃん」

「なんで見えてるの……光ってる……」

 アカサギは少し考えた後、少しだけ笑って口を開く。

「少し遠くに行かなくちゃいけなくてな。お前さんはこの兄ちゃんたちについていきな」

「え……でも……」

 アカサギの方に伸ばしかけた腕は途中で力を失って床に戻る。

「こんな悪いおっさんの事は忘れて外に行きな」

「い、や……だ」

 アカサギが人形を使って頭をなでてやるとナディは無理やり張りつめていた糸を緩めて眠りについた。

「今は俺とつながってるからたぶん触れるぞ」

 俺が言うとアカサギは人形を捨ててその手で頭を撫でる。

「お前さんは母親似だから綺麗な女性になるぜ、ナディ」

 呟くそうに言って手を離す。

「さ、もういいんだろ? 始めてくれ」

 少しサービスをしていたのはバレていたらしい。錬金準備は完全に整った。

 さあ、ここからが本番である。


 *


 錬金を始めた瞬間、五感が弱くなった。正確には五感のリソースが錬金に入り込んだ感じだ。

 いつもより体力の流れが感じられる。

 溶けた素材同士を繋ぎ、その繋ぎ目を体力で補強していく。

 いつもなら繋いだ素材を体力で増強するのだが……今回は生命力を使ってソレをする。体力は補強しきれないところにも生命力を使う。

「…………」

 思ったほどではないが生命力というのは扱いにくいモノだった。勝手に素材に入り込もうとしたり、うまく入ってくれなかったりするのだ。

 それでも何とか体力と生命力を使って錬金を進めていき、あとは仕上げのみになった。

 仕上げはいつもと同じ『ごはんのうた』である。

「……まだ」

 もう少し、まだ蓋を取っては行けない。念入りに素材に最後の生命力を込めていく。

「…………ここだ!」

 舞っていた光がはじけ、錬金が終わると五感が戻ってきた。さっきまで目の前にいたはずのアカサギは跡形も無く姿を消していた。

「コカナシ……加工を……頼む」

 震える手で瓶をコカナシに渡す。

「処方まで任せてください……お疲れ様です」

 その言葉を聞いて安心し、なんとか持っていた意識が手から零れ落ちた。



「……ん」

 目を開ける。頭が痛い、体が怠い。体力が尽きるとこうなるのか……

 立つのも怠くて寝返りをうつとナディが視界に入った。

「……あ」

 その顔の上には白い毛布が……まさか……俺は……

「経過は順調ですよ。今回は投薬なので錬金術と言えどまだ数日はかかりますけど」

 いつの間にかいたコカナシが俺を起こしながらナディの方を見る。

「でも……布が……」

 顔に白い布、それが意味するのは……

「アカサギさんの匂いがするから落ち着くらしいですよ」

「ああ……そう……」

 良かった……てかこの世界にはそういう習慣はないのだろうか。

 何はともあれ成功したのなら良かった。

「俺はどれくらい寝ていたんだ?」

「四日くらいですかね」

「じゃあ先生の方は?」

「もちろん成功しました。今は奥で寝ています」

「そうか……痛っ!」

 いきなり注射をされた。

「キミア様が作ったワクチン的なモノです。体力の回復を待ってからの方がよかったのですがいつまで持つかわかりませんので」

 ん? もしかしてこの頭痛は体力とかの問題じゃなかったのかもしれない。

「はい、とりあえず寝といてください」

 コカナシに押されてまた横になる。自分で起き上がるような気力は無いし……

「わかった、寝る」

 俺はゆっくりと目を閉じた。


 *


「さて、次はどう進みましょうか」

「まて、コカナシちゃんが先導を切るのは確実にダメだろう」

 数日後、俺と先生がある程度回復したところで俺たちは監獄を出た。

「どこいくのー?」

 もちろんナディも一緒である。ナディの身寄りについてはアデルがどうにかしてくれるらしい。

「理想は『カップ』に行くことだな。あそこなら交通の便がたつ」

「カップ……たぶんあっちだよー」

「……え?」

 ナディは迷いなく一方向を指した。

「ナディちゃん、知っているの?」

「うん、かんしゅさんがそこから来たって前にきいた」

「なるほど……どうする、キミア?」

「特にアテもないしな、そうしよう」

 先生がそう言ってナディの指した方向に歩き出す。

 皆がそれについていく中、俺はふと後ろを見る。

 先生によって壊された壁に守られた監獄。其処に囚われていた幽霊はもういない。

 成仏だとか天国だとか、そういうものがあるのかは分からない。そもそもこの世界の作法はまったく知らない。

 だから俺は俺が知っている方法で……

「どうか、安らかに眠りたまえ……」

「タカ? 行きますよー」

 閉じていた目を開けて合掌をやめる。

「おう、今行く!」

 俺も監獄に背を向けて皆についていく。

 今祈るのは彼の安眠、そして……今度こそ迷わないこと、である。



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