「なるほど、思ったよりも事は重大なようだね」

 話を聞いたアデルは表情を変えずにあっけからんと言った。

「なんか軽いな」

「あまり実感がないからね。まるで健康体だ」

 先生が資料を見て作った応急薬は十分に効果を発揮したようだ。

 先に飲んでいても効果はあるらしく、俺たちも既に飲んである。

「さて……ここからどうしましょうか」

 取っ手がとれた鍋を持ってきたコカナシがそういいながらソレを机に置く。今日は煮物か。

 先生はコカナシが皿によそったソレを箸で掴んで目線の高さまで上げる。

「まずはこれ、だな」

「食事ってことかい?」

「ネズミだ。アデルの感染原因は恐らくこいつから、ならばそのネズミは感染していながら生きていたという事だ」

「ネズミに解決の糸口があるかもしれないって事ですか」

 俺の言葉に頷いた先生は肉を食べて箸で俺とアデル、そして人形……アカサギを指した。

「お前らはアカサギの食料調達に同行しろ。出来るなら数匹生け捕りにしてきてほしい」

「ナディはー?」

 大人しく食べていたナディが声を上げる。

「お前は留守番だ。ワタシはこのまま薬の研究を続ける、コカナシはワタシのサポートとナディの面倒を見る。以上が明日の予定だ」

「しかと了解した。復活せしこのアデル、その任務を遂行してみせよう!」

「みせよー!」

 いつもはスルーされるアデルの演技じみた口調をナディが元気よくマネをした。

 アデルの影響を受けてもいい事はないと思うけどなぁ……


 *


 翌日、俺たちは朝食を済ませるなり外へ出た。

「で、ネズミは何処にいるんだい?」

「…….何故俺に聞く?」

「本来はみえちゃんに聞くべきだけど……声が聞こえないからね」

「ああ、なるほど」

 見えないと抵抗なくみえちゃんと呼べるんだなぁ……まあ、それは置いといて

「何処にいるんですか?」

 アデルにも場所がわかるようアカサギはいつもの人形を持っている。

「野郎だらけでやる気は起きないが……まあ、付いてきな」

 人形を持ったおっさんがそう言って案内をはじめた。

 ……凄い絵面だなぁ


 *


「この隙間からネズミが出てくる」

 アカサギに連れてこられたのはここで一番大きな建物の裏だった。表の扉は鉄板で封じられていた。

 壁に人が入れそうなくらいの大きな穴が開いている。

「この施設自体に巣を作っているのかな?」

「たぶんな」

「ならここで待たずに中に入った方が楽じゃないですか?」

 アカサギは苦笑いを浮かべる。

「どうやらオレは地縛霊らしくてな。この先には進めないのさ」

 確かにこの建物の一部は壁に接している。この先行けないのならナディを外に出さなかった理由の一つとなるかもしれない。

 少しだけ感じていた疑問が晴れたところで数匹のネズミが顔を出す。

「……来たな」

「飛んで火に入る夏の虫、と言ったところだね」

 俺とアデルは顔を合わせた後、ネズミに飛びかかった。



「……このやろう、素早いな」

 何も考えずに飛び掛かる。そんなので捕まえれるわけがなかった。

「馬鹿かお前ら」

 俺たちを見ていたアカサギはため息をついてネズミを指す。その手には小さなナイフ。

「食料は昔からこうやって取るんだよ!」

 ダーツのように投げたナイフがネズミの足と地面を繋げた。

「…………」

 ありえねぇ! どんな芸当だよ!

 いやいや、じゃなくて

「俺たちは数匹生きたまま捕まえなきゃいけないんだけど?」

「それは知らん。オレは食料調達に来ただけだからな」

 アカサギはネズミにとどめを刺して袋に入れる。死んでたら触れるようだ。

「なんて言っていたんだい?」

「頑張れってさ」

 アデルに返してため息をつく。まったく……面倒だな。


 *


「なんだお前ら、ボロボロだな」

「誰の要望のせいだと思ってるんですか」

「で? ネズミは?」

「捕まえましたよ」

 あの後なんとかネズミを捕まえることができた……正攻法で、無理やり。

 しかし……

「なんかこのネズミ変じゃないですか?」

「はあ?」

 俺は先生にネズミを渡す。

「……ほう」

 渡したネズミには毛が無い。なにか怪我をしている様子もないし……感染症の影響だろうか?

「この大きさなら生体だろうから……ヌードマウスだな」

「ヌードマウス?」

「野生で生きているから正式にはβヌードマウス。通称はヒトネズミで人間の細胞に近いモノを持っているネズミだな」

「それって治療に使えたり……?」

 先生は頷く。

「まあ今回はこいつらの抗体が目的だけどな」

「感染症に対する抗体をネズミから得るってことですか?」

「この環境で生体まで生きれるのなら抗体を持っている可能性はある。それでマールブルグ熱を治療しようと踏んでいる」

 どうやらこの感染症はマールブルグ熱というらしい。

「お前たち、今日はもう休んでおけ。ワタシはこのネズミを調べておく」

 先生はいつの間にか自室にしたらしい奥の部屋に入って行った。あの部屋には監獄内からかき集めた医療器具が揃っている。

「キミアにしては珍しく親切だな」

「いや、違うぞアデル」

 先生は今日は休めと言った。

『今日は』である……


 *


「…………」

 翌日の朝、ようやく先生が部屋から出てきた。

「……無かった」

「え」

 ナディ以外の全員が食事の手を止めた。

「ネズミに抗体は無かった」

「じゃあこの感染症、ネズミはかからないのかい?」

「そういうわけでもないらしい。マールブルグ熱自体は検出された」

 先生は一人呟きだした。

「感染源はネズミのはずなんだ。マールブルグ熱の空気感染は無い……」

 先生は呟くのをやめ、水を一気に飲み干して俺たちに視線を向けた

「昨日言っていたネズミの巣に入ってみてくれ。アカサギは無理らしいから今日はコカナシと交代だ」

「えー! アネゴもオヤジもいっちゃうのー!」

 一人明るいナディが雰囲気を良くした。

 俺は行っても問題ないのか……



「ここがネズミの巣、ですか」

 コカナシがそう言いながら恐れもせずに入って行く。

「コカナシちゃんの肝が一番座っているな」

 彼女を先頭に俺たちも入って行く。なんだか情けない……

 朽ちかけた扉を開けると奥の方で沢山の物音がした。恐らくはネズミだろう。

「……行きますか?」

「正直行きたくはないけど……情報がないと僕たちは死んでしまうからな」

 全員がしぶしぶ進んで行く。電灯などはもちろん切れており、だんだん暗くなっていく。

 目の前がようやく見えるか見えないか、音を頼りに俺たちは進んでいった。


 *


「何もないじゃねぇか!」

 ネズミの巣から出て叫ぶ。

 アカサギが入れないとか沢山のネズミとか目の前が見えないほど暗い場所とか……いかにも何かありそうな雰囲気を醸し出していたじゃねぇか!

「確かに残念だったけど一応収穫はあったじゃないか」

「これは……収穫なのか?」

 俺の鞄に入っているのは一匹のネズミ。

「見つかったのは一匹だけですし良いものかもしれませんよ?」

「でもただのネズミだしなぁ」

 そうただのネズミ。ヌードマウスでは無く毛の生えた普通のネズミである。

「僕が見るにヒトネズミであることは間違いないと思うよ。βヌードマウスは意図的に遺伝子組み換えをしたネズミだから……先祖返りってやつかもしれない」

「先祖返り……役に立つのかな」

 まだぎりぎり息のあるそのネズミをカバンに入れ、俺たちは帰路についた。


 *


「いや、使えないな」

 毛のあるネズミを調べた先生は躊躇いもなくそう言い放った。

「今後使えるかもしれないから保存はしておこう」

「今後があれば、の話だけどな」

 俺と先生にしか聞こえない軽悪口の発信源を睨みつける。

「あんまし睨むなよ。心配しなくても希望は見えているともさ」

「……はあ?」

「アカサギの言う通りだ」

 先生がニヤリと笑う。

「……?」

 アカサギの声が聞こえていない二人が首を傾げたのを見て先生は言い直す

「希望の光は見えた。上手くいけばワタシたちはここを生きて出られるぞ」

「本当かい!」

「さすがキミア様! どんな方法ですか!」

 二人のテンションが見るからに上がっている。かくいう俺もハイテンションだ。

 そんな俺たちの様子にご満悦な先生は立ち上がって俺たちに問いかける。

「お前らがネズミを調査したのはなぜだ?」

「この状況下で生き残っているのなら抗体があるはず……だろう?」

「そう、しかしその予想は外れていた。しかし同じ理論で考えてみろ」

「…………」

 皆で考えるが答えは出ない。さっきからニヤニヤしているアカサギは答えを知っているのだろう。

 と、いうか先生がすごく活き活きとしている。探偵気分なのだろうか。

「考えろ。ここに生きているのはネズミだけか?」

「……虫、かい?」

「ワタシ達と構造が違いすぎる。抗体を持っていても役には立たん」

 もういい。先生に答えを聞いてしまおうと思ったその時、大人しくしていたナディが手を上げる。

「わかった! みえちゃん!」

 数秒の沈黙。俺たち三人は同時に声を上げた。

「ナディちゃん!」

 そう、俺たちが来る前からナディはここにいた。あまりにも自然すぎて見逃していたのだ。

 なんと馬鹿らしい結末だろうか。ともあれこれで一安心である。



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