③
「そろそろ起きてください。タカ」
「ん、ああ……今起きる」
伸びをして目をこすり、数分ボーッとしてからようやく立ち上がる。
錆びついた扉が開いて置いてある人形が浮かび上がる。
「ああ、おかえり」
外にでると麻袋が置いてあり、その中にネズミの肉が入っている。
この肉は夜の間に幽霊が取って捌いてくるらしい。因みにこの幽霊生きている者は触れないらしく、ナイフで殺してからようやくネズミに触れるのだという。
幽霊とは人形の他に土と棒での筆談でコミュニケーションをとっている。ナディは文字の読み書きが出来ないからその方法は俺たちに限られている。
と、この三日間で分かったのは幽霊の事ばかり。幽霊は監獄に収容されていた囚人で目隠しされてここに連れてこられたらしく場所の把握には至っていない。
「あー怠い」
一応毛布はあるが床が硬い。倦怠感とか頭痛が酷いのだ。後なんか所々痒い。
「早く帰りたい……」
小さく呟いた後、麻袋を持って戻る。
ここから出るのはいつになるのだろうか……
*
「起きろー!」
「ぐふっ……うう……」
ナディが上に乗ってアデルを揺らしていた。
「いやホント……無理……タカ助けて……」
「……?」
いつものアデルならナディを持ち上げて回るくらいの事はしそうなのだが……寝起きとはいえテンションが低すぎる。
「ナディちゃん。ちょっと降りてねー」
「やー!」
嫌がるナディを降ろして屈む。
「大丈夫か?」
「身体が怠い……起き上がるのも辛い……」
「え、ホントにヤバイ感じか」
少し赤みを帯びたアデルの顔。おでこを触ると中々の熱さが感じ取れた。
「風邪引いてるんじゃないか……コカナシ、先生を呼んで来てくれ」
軽食を作っていたコカナシに呼びかけてから持っていたバックを漁る。
「薬草とかあったかな……」
「オヤジたいへん?」
「んー、少しキツイかな。近づかないほうがいいよナディちゃん」
「えー」
「邪魔だ。下がってろ」
駄々をこねるナディを先生が後ろにやる。
「タカ、とりあえず解熱剤……念の為効果の薄いやつを錬金しろ。コカナシ、ワタシの鞄から材料を持ってこい」
「了解です」
俺たちが解熱剤を作っている間に先生の診察が始まる。
「脱がすぞ」
「ちょ、そこまでやる必要はあるのかい……?」
「こういう環境で最初に疑うべきは動物からの感染だ……ほらあった」
俺が錬金を終わらせたと同時に先生がアデルの肩に傷を見つけた。
何かの歯型のような傷だ。
「炎症しているな……何かウイルスが入った恐れがある」
「うう……すまない」
「ワタシの鞄にマスクがあるから全員使え。コカナシはここに居ろ、ナディをあまり近づけるな」
アデルに解熱剤を飲ませた先生は立ち上がって手招きした。
「タカ……あとお前もこい」
お前というのは幽霊だろう。人形が頷いた。
*
俺たちを連れて外に出るた先生は前置き無く本題に入った。
「捨てたわけでは無く徐々に衰退していったような廃墟、監獄にしても厳重すぎる大きな壁……ここに何があった?」
「それってどういう……」
「老朽化していたとしてもこれほどの監獄を捨てる理由が見当たらない。もし捨てたとしても周りの環境に配慮して取り壊すなりするとするのが普通じゃないのか?」
「…………」
この世界の普通は分からない。それ以上に分からないのは……
「なんで俺連れてこられたんですか?」
「ん? ああ、いつまでもワタシ一人が見えていたんじゃ不便だと思ってな」
「それはそうですけど……」
「だからお前にも見えるようにする」
「え? 見えるように?」
視界の端で可愛い人形が首を傾げた。
*
幽霊を見る? そうは言っても……
「俺には霊感とか無いですよ?」
「そのようだな。因みにワタシにも無い」
「え?」
ならば何故先生には幽霊が見えているのか。その疑問はもちろん先生に伝わっていた。
「そもそも生物の身体というのは『体・生命力・精神』の三つから成り立っているんだ。幽霊とか魂というのは体を失った下二つの事だ」
この話がどう繋がるのかはわからないが……一応黙って聞いてみる。
「生物の核は精神だ。それを守り動かすエネルギーが生命力、更にそれの器が体というわけだ。ここまではわかるか?」
「いや、ちょっと混乱しています」
「生卵で考えろ。核である精神は黄身、生命力は卵黄膜、体は殻だ」
少し頭の中で纏める。……まあ、ある程度は理解できたと思う。
「ともかくワタシは幽霊をみる能力があるのではなく、その生命力を見ているんだ」
「生命力を……ああ!」
エルフの目だ。先生はそれで幽霊が見えるのか。
「あれ?」
それには納得した。でも……
「そこからどう動けば俺にも幽霊が見える話に?」
「それはワタシの完全なる予測なんだがな……確証はない、可能性があるという話だ」
先生にしては珍しい。いつもは「ワタシがルールだ!」くらいに自身を持っているのに。
「その可能性って……」
「お前の才能だ」
「……え?」
「錬金術に関する特殊な才能だ。どんなものかは予測するしかないが、お前にはそれがあるはずだ」
先ほどとは違い自身のある顔だ。
「お前の才能は一定環境下にて発揮されている」
先生がいきなり錬金の準備を始めた。
「錬金石をかざせ。錬金する必要はない」
「え……と」
「才能は錬金している時に発揮されやすい。いつものようにやれ」
言われた通りにビーカーに錬金石をかざす。
いつものように錬金石が光りだす。
「人形の方を見てみろ」
「……え?」
人形の奥に人影が……人が見える。
「今お前の目の前にいるのが幽霊、みえちゃんだ」
「この人が……」
この人がみえちゃん……思ったよりも背が高くガタイが良く……
「おっさんじゃねぇか!」
なにがみえちゃんだ! ダンディなおっさんじゃねぇか!
「オレの声が聞こえるかい?」
「……聞こえますよ」
「美少女じゃなくて残念だったな」
「まったくです」
会話をしていると少し疲れを感じた。錬金石を光らせたままだった。
錬金をはじめなくともこれでは待避電力のように体力が逃げてしまう。
「先生、これ幽霊を見る為には俺の体力が無くなっていくんじゃ……」
「そうだな。その量だとすぐに体力が尽きるだろうな」
「ダメじゃないですか!」
「まあまあ、これを使え」
先生から小指程の大きさの容器を渡された。中にはいつもの液体が入っている。
「この量なら意識せずとも錬金石が勝手に反応する。錬金石の寿命が早まるから普段は許さんが……今回はこれを持っていろ」
ビーカーから手を離してソレを受け取る。錬金石の光は注視しないとわからないほど淡く小さくなった。
「聞こえるかい?」
幽霊の声が聞こえる。顔をあげると姿も見える。どうやら先生の予想は当たっていたようだ。
こうして俺にもみえちゃ……幽霊が見えるようになったのだった。
*
「待たせたな。本題に入ろうか」
「おう、すごい待たされたぜ」
「……ここに何があった?」
幽霊は大きく息を吐く
「知っての通りここは監獄、罪人の収容所だ。ただこの施設は最終的に隔離所となっていた」
「隔離って……何を」
「病人、だな」
先生の言葉に幽霊が頷く。
「詳しくは知らないが感染症らしい。数年前にどこかで流行しだし、対処しきれなくなった。そこで病人を隔離することにした」
人がいなくて多くの人を隔離できる施設なんて無いのは当然だ。ならばどこに隔離するか……
「罪人ならば世間の風当たりも少ない。そう考えたのだろう、問答無用で感染者はこの監獄に送られてきた」
後の想像は容易だ。監獄内で感染者は増え、そのまま……
「皆死んだ……ですか」
幽霊はかぶりを振る。
「ナディ。あいつが最後の一人だ」
「あの子も感染者か?」
またかぶりを振る。
「あの子は獄中出産で生まれた子だ」
「そうか……」
先生は少し考えてから口を開く。
「アデルもその感染症なのだろうな……詳しい資料とかはあるのか?」
「最後までその感染症の治療法を探していた感染者……医者がいたはずだ」
「そこに案内してくれ」
「了解しましたよっと」
案内しようとする幽霊。……いつまでも幽霊と言うのもなんだか失礼なきがするな。
「あの……本名を教えてくれませんか?」
「確かにお前をみえちゃんと呼ぶのはなんだか嫌だな」
「ま、そうだろうな」
幽霊はニヤリと笑う
「これでも罪人だからあまり本名は言いたくないな……そうだ、アカサギとでも呼んでくれ」
「アカサギ……」
その由来はたぶん赤詐欺。……結婚詐欺師である。
*
「……どうですか?」
「症状の緩和には成功しているようだ。だがあくまで緩和、死は免れないな」
「そう、ですか……」
アカサギに案内された部屋で持っていた資料と小瓶を先生が俺に投げた。
「この資料を見るに同じ釜の飯を食べたワタシたちも感染してると思った方が良さそうだな」
「じゃあ俺たちはここで……」
仲良くお陀仏……
「悲観するのはまだ早いぞ。お前の目の前にいるのは誰だ? 薬学師じゃないのか?」
「作れるんですか?」
先生はもう一度資料に目を通す。
「この薬からヒントは得た、現時点で症状は無くす事ができる」
「コカナシたちにはこの事、伝えますか?」
「もちろんだ。あいつらのサポートをフル活用して調査をする……戻るぞ」
いくつかの資料を持って部屋を出た先生の表情はいつもどおり。不安や悲観がない。
先生が諦めていないのなら俺も……生徒である俺が諦めるわけにもいかない。
それに俺はこんな所で死ぬわけにはいかない。せめて智野を助けるまでは……
「先生、頑張りましょうね」
「言われるまでもない」
いつもと変わらない会話。俺は少し微笑んで堂々と歩く先生の背中を追いかけた。
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