「よーし。これで通れるな」

「威力、手軽さともに完璧でしたね」

 満足げな先生とコカナシ。呆然とする俺とアデル。

 その視線の先には大きく穴の開いた壁が……

「完璧じゃないだろ! 何しているんだ!」

 一足先に正気に戻ったアデルが先生に叫んだ。

「向こう側に人の生命力は見えなかった」

「そういう問題じゃなくて……」

 言葉を失ったアデルに代わって俺が言葉を引き継ぐ

「爆発は無いと思います」

 そう。先生が爆薬を錬金してコカナシが細工をして即興爆弾を作り上げたのだ。

「何を言いますか。詰めるのをプラスチックカプセルにしていたらタカの額に『ザクッ』でしたよ」

「なんだそれは……暗に本気を出せば殺せるから黙れと言ってるのか」

「いえ、殺しはしませんよ?」

「…………そうか」

 殺し『は』ね……

「タカよ。もう何も言うまい」

 先に諦めたらしいアデルに肩を叩かれ、俺はため息をついた。


 *


「ふむ。予想通り人は住んでいないようだな」

 壁の中には家や店といったものは無く、大きな建物が一つ建っているだけだった。

 大きいと言っても階数は多くなさそうだ。幾つもの建物を繋げて一つにしたような構造だ。

「何かの施設か……」

 言葉を止めたアデルの目が死んでいる。何がそんなに……

「あ……」

 施設の入り口らしき場所の看板。汚れていて一部しか見えないが見える部分に『監獄』と書かれている。

「監獄か。それなら施設が一つと言うのにも納得がいくな」

「いやいやそこじゃないですよ」

「じゃあどこだ」

「監獄の近くで犯罪を犯しているんですよ!」

「問題ない。なあ?」

 話を振られたコカナシは当然だというように表情を変えずに頷く。

「見る限り機能していないようですし。取り壊してないだけでしょう」

「僕は問題だと思うな」

「アデル!」

 良かった! いつもと違って今日は二対二だ。

「何年も機能していないのなら色々と脆くなってそうで危険だろう」

 違った。こいつもう諦めてる。

「とりあえず入るぞ……ん? だれかいるな」

 一番最初に入った先生がそう言って先に進んでいく。

「……僕には誰も見えないけど」

「私にも見えません」

 勿論俺にも見えない。うす暗くはあるが先にいる人が見えない程ではない。

 皆が不思議な目を向ける中先生は空中に向かって何かを言った後、俺たちの方に戻ってきた。

「どうやらもう一人ここに住んでいる人がいるらしい。今からそこに案内してもらうぞ」

 皆で顔を合わせた後、アデルが口を開いた。

「キミア。君は誰と話していたんだい?」

「誰ってあの……ああ、なるほど」

 先生はさっきまでいた方を見て何かに納得したようだ。

「あいつは……あそこにいるんだけどな」

「なにがいるんですか?」

 俺の問いかけに先生は悪戯な笑みを浮かべた。

「あそこに居るのはな……幽霊だ」

「は?」

 先生の口から出たとは思えないその言葉に俺は耳を疑った。



「幽霊……ですか?」

「ああ、幽霊だ」

 正直驚きだ。俺は「居ればいいな」くらいの考えだが……

「先生は幽霊とか信じないと思っていました」

「ワタシが科学寄りの人間だからか?」

 頷くと先生は小さくため息をついた

「幽霊の構造と錬金術の根本構想はよく似ている。そこまで関係ないモノでもない筈だ」

「そうなんですか?」

 自慢げに説明を始めようとした先生の口をアデルが塞ぐ

「こんなところで講義を始めないでくれ! 空気が悪いから早く行こうじゃないか」

 助かった、こういう時の話は長くなるからな。

「空気……確かに悪いですね」

 コカナシが顔をしかめて辺りを見渡す。一応屋内ではあるが天井はところどころ壊れているし開いた扉から埃を乗せた風が吹き抜けてきている。

 ただ……それだけではない気がする。臭いや砂埃で引き起こされるのとはまた違った何かのせいで喉が渇いて、痛くてならない。

「……案内しろ」

 幽霊がいると思われる場所に向かって言った後、気分の悪そうな顔で咳ばらいをする。どうやら先生も喉に違和感を感じているようだった。


 *


 喉が不調だからか皆殆ど話すことなく見えない幽霊に付いて行った。

「どうやらここらしいな」

 立ち止まった先生の目の前には他のよりはまだ綺麗な扉があった。恐らく中もまだマシなのだろう。

「開けるぞ?」

 幽霊に問いかけてから数秒。先生が扉を開く。

「……みえちゃん? なんだかいつもとちがうかんじ?」

「えっ、うそ……」

 おもわず声を上げたのはコカナシ。無理もない、俺だってこんな廃墟にいるのは怪しいおっさんだろうと思っていた。

「あー! みえちゃんじゃないヒトひさしぶりにみたー!」

 そう叫びながら駆け寄って来たのは一人の少女。

 身なりは普通。少し服が古い以外は普通の少女である。

「あの……キミア様……」

「発育に問題は無い。見た感じ健康な身体だ」

「そうですか」

 安堵のため息をついたコカナシは少し屈んで少女に話しかける。

「私はコカナシっていうの。名前はなんていうのかな?」

 いつもと違う言葉使いのコカナシに少し驚いたが……なんとなくこっちの方が年相応な気がする。

 そんな友好的なコカナシを見て少女は破顔してコカナシに抱きつく。

「ナディはナディ! コカナシのアネゴ!」

「あ、姉御ですか?」

「うん! アネゴ! そしてー……」

 ナディはコカナシから離れて次はアデルの足を抱きしめた。

「オヤジー!」

「親父って……そんな歳かなぁ」

 なんだか凄い癒される。そんな癒しのナディはアデルから離れて……俺と先生を指した。

「アニキと……ボス!」

「えー……」

 俺たちにはハグ無しか……俺のアニキは分かるがなんだ先生のボスって。

「この子に変な言葉を教えたのはお前か……」

 先生が幽霊に話しかけたのを見てナディが不思議そうな顔をする。

「ボスはみえちゃんのコトみえるの?」

「お前は見えないのか?」

「みえないよ。みえないからみえちゃんなの」

「みえちゃん、ねぇ」

 先生は幽霊の方を見て少し笑った後、俺たちの方を向いて口を開いた。

「ちょうどいい。そこそこ広いし今日はここに泊まらせてもらおう」

「いいよー!」

 無邪気に笑うナディを見て先生は俺たちにだけ聞こえるような声で小さく呟いた。

「それに……この子をどうするかも考えなければな」


 *


「ヒトがいっぱいだからおっきなオニクにする?」

 ナディの問いかけに小さな人形がかぶりを振る。どうやらあの幽霊とナディはこの人形でコミュニケーションを取っているようだ。

「じゃあちいさいオニクね」

「それはどこにあるのかな?」

「ここー!」

 ナディと幽霊とコカナシが料理をしている。こんな廃墟にも肉があるのか。

 残りの俺たちは古い椅子に座って小さな声で話していた。

「僕的にはナディちゃんをここから連れ出したいんだけど」

「まあ普通に考えればそうだろうな」

「俺もそれには賛成です」

「その前にここがどの位置かを確かめる必要があるな。このまま此処を出てもまた迷うだけだ」

「じゃあ数日はここに留まることになるかな」

「そうなるな。最新の地図だからかこの監獄も載っていない」

 先生が開いていた地図を畳むと同時に料理が運ばれてきた。

「調味料が無いので香り付けだけになりましたが……一応お肉です」

「これは何の肉だ」

「もう細切れにしてあったので種類は分かりませんがネズミだと思います。よく過熱してあるので安全とは思いますが」

「……ナディはいつもこれを食っているんだな?」

 先生が問いかけると人形が頷いた。

「なら大丈夫だろう」

「じゃあ頂くとしよう」

「いただきまーす!」

 皆が食事を始める。

「…………」

 適応能力高すぎか! 幽霊が人形でコミュニケーションを取っているし肉はネズミだし……いや、ネズミはこの世界だと普通かもしれないけれど。

「タカ食わないのか?」

「いや食べますよ。食べますけど……」

 俺がおかしいのか皆が鈍感なのか。それとも文化の違いなのか……俺はため息をついて肉を食べ始めた。

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