「おう、ホフマン窯作戦は順調だな」

「……釜?」

 数日後、式の前日に様子を見に行くと作戦名が変わっていた。

「ホフマンってホフマン窯の事じゃないのかな」

「いや、その釜がなにかはわからないですけど……」

 そもそも俺の世界と共通の名前かすらわからない。

「名前はともかく……警備を突破する準備は完了したってことですよね」

 頷いたヨロズさんが式場の扉を開ける。

「……変わってない?」

「細工を見えるようにしてはダメでしょう? 馬鹿ですか?」

 後ろから小さい手の強い一撃が入る。

「コカナシ……なんか不機嫌?」

「こちらの準備は整ったのに準備できていない人が様子を見に来ましたので。一言で表すなら……人の心配をしている場合ですか?」

「それは……」

 反論の余地が無い。俺はまだヴァルクールさんを説得できていないのだ。

「まったく……今日は私もついていきます」

「……え?」


 *


「平気なふりをして……いい加減にしたらどうですか?」

 ヴァルクールさんを見つけたコカナシは開口一番きつい言葉を浴びせた。

「えっと……コカナシ様?」

「ローラさんの件です。これだけで伝わりますね?」

「言いたいことはわかりますが……」

「わかるならいいです」

 ヴァルクールさんに反論をさせないような早口でコカナシは続ける。

「ローラさんの気持ちが大事だから踏み切らない? ヴァルクールさんにローラさんの気持ちが分かるのですか?」

「いえ、それは……」

「あなたには読心術とかそういう物はないただの人間です。あなたのようなただの男は真っ向から当たるくらいしかないのです」

 コカナシに詰め寄られてヴァルクールさんはおもわず座り込む。

「あなたが決められないのなら私が決めます。明日の式で決行します、いいですね!」

「……は、はい」

「では明日の式直前に私たちと合流してください」

 ……なんか俺が説得した時より聞き分けが良すぎないか?

「ちょ、待ってくれよ」

 先に部屋をでたコカナシを捕まえる。

「なんですか?」

「ヴァルクールさんの弱みでも握っているのか?」

「なぜそういう思考に行き着くのか疑問です」

「だってあんな簡単に……俺だって似たようなことは言ったぞ」

 コカナシはため息をついて俺の方を向く

「どうせタカは下から、もしくは対等の立ち位置から話したのでしょう?」

「え、そりゃあ……まあ」

「それがだめなのです。こういう時は相手の趣向を取り込むのが一つの手ですよ」

「趣向?」

「はい、今回の場合はマゾヒストです」

 マゾヒスト相手だからこちらはサディズムのように、高い立ち位置から話したというわけか。

 確かにあの酒の席でも俺がいつもより少し強く言った時に告白していたな。

 ……いや、おかしくないか?

「ヴァルクールさんのあれは演じているだけの筈だけど」

「フリで続けているモノがいつの間にか本心になっている。その可能性に賭けてみたのですが……正解だったようです」

「……え」

 そんな少ない可能性に賭けていながらあれだけ強気に……さすがだ。

「では、明日は計画通り進めましょう。タカの事も含めて大団円を目指しますよ」

「俺の事も含めて? なんかあったか?」

「ツェットに来た目的を忘れましたか?」

「……あ」

 そう、明日はローラさんの式でもあり作戦実行の日でもあり……準薬剤師資格試験、結果発表の日でもあるのだ。



 天気は快晴、空気もそこまで乾いていない。絶好の式日和である。

 俺とコカナシはローラさんに頼んで出席させてもらっている。

「…………」

 ローラさんとショウさんの式はつつがなく進められている……そろそろか。

 コカナシとアイコンタクトをとった後、俺は周りに会釈をしながら席を立つ。

 スタッフ用の通路をこっそりと使って外に出る。ここらへんはヨロズさんが根まわしをしてくれていた。

「……そろそろですよ」

 会場の扉の前で固まっているのはヴァルクールさん。直立不動、動かざること山のごとしって感じだ。

「ヴァルクールさん」

「は……はい」

「緊張はわかりますけど……やりますよ」

「その……あのセリフでないといけないのでしょうか」

 俺は自信を持って頷く。

「はい、お約束です」

「そう、ですか」

 そろそろ誓いの言葉に入ってしまう。タイミング的にはここが最高だ。

「じゃあ……頑張ってください」

「し、しかしこんな事……」

 ああ、そうだった。この人相手には強めにいかないといけないのだった。

 ヴァルクールさんの背中を叩いて少し強めに声を出す。

「男なら……やるしかありませんよ」

 まだ少し弱い気がしたが……ヴァルクールさんは小さく頷いた。

「じゃあ……」

 俺はヴァルクールさんから離れて扉の前にいるスタッフに話しかけた。

「すいません、外に怪しい人が……」

「怪しい人?」

「はい、駐車場の車を物色しているような……」

 そんな会話でスタッフの気をそらしている間にヴァルクールさんが扉の前に立つ。

 スタッフが外に行ったのを確認して俺は扉の陰になる位置に立った。

 ヴァルクールさんが大きく深呼吸をして一瞬息を止める。最後に大きく息を吸って……扉を勢いよく開け放つ。

「その結婚……ちょっとお待ちください!」

「なんで敬語!?」

 こんな時まで敬語かよ! 迫力と言うか勢いが半減してるぞ!

「えっと……なにか問題が?」

「大アリだよ!」

 みんな「あら? 執事がサプライズで出し物かしら?」みたいな顔になってるし……雰囲気もくそったれもない。

「ああもうっ! とりあえず行ってください!」

 背中を押すとヴァルクールさんがゆっくりと歩いて行った。そのままローラさんの前に跪く。

「ローラさま……いや、アウローラお嬢様。失礼いたします」

 ヴァルクールさんがローラさんの腕を掴む

「ル、ルーク!?」

「もし私と来るのがお気に召さなければこの手を放してください」

 掴んだローラさんの腕を一旦離し、包み込むような弱さでその手に手を重ねた。

「ヴァルクール……そういうことね!」

 凄まじい空気の読みで色々と察したらしいローラさんは目を輝かせて手を強く握り返した。

「ちょとなんだねルーク君、ローラ嬢も何をしているのだ。式の途中だぞ?」

「ごめんなさい、私貴方よりこのルークが好みなのですわ」

 ローラさんは怪訝な顔のショウさんに向かって可愛く舌を出した後、颯爽と走り出す。

「おい君たち! 止めないか!」

 事態の重大さに気づいたショウさんが控えていたメイドや執事に指示を出す。

「今です!」

 俺が合図を出すと隠し扉から簡易トロッコが勢いよく飛び出した。ソレを確認したヴァルクールさんがローラさんを抱きかかえる。

「お二人とも……いきますよ!」

 その二人をコカナシがトロッコの方へ思いっきり投げる。……発案者は俺だけどなんて馬鹿力だ。

「さあ、ここからは儂に任せるな」

 あらかじめトロッコに乗っていたヨロズさんがボタンを押すとトロッコが加速する。もうトロッコじゃないな。

 ちなみに下に線路はなく、横の壁に飾りのようについている。モノレール的な感じだ。

 トロッコ(仮)はそのまま扉の方に向かう……が察しのいい数人が扉をふさぐように立ちはだかる。

「これぞホフマン窯作戦の真骨頂だな!」

 俺たちに聞こえるほどの大声で叫んだヨロズさんが操作するとトロッコの軌道が変わる。

 よくわからないがホフマン窯ってのは焼きあがると使っていた火を次に移して再利用する構造らしい。つまりこのトロッコは火の役割だから一つの扉がふさがれたのならば臨機応変に違う扉を目指す仕組みなのだ。

「とっ……ぱぁ!」

 ヨロズさんが叫ぶと同時にトロッコが三つ目の扉を突き破る。扉を出ると同時に線路から外れ、もはやトロッコでは無く車となる。

「一体全体……なんなのだ!」

 ローラさん達が見えなくなった頃、静かになった式場をショウさんの大声が響き渡った。


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