⑥
「…………」
あの後語られたであろうコカナシの話の内容はわからない。
あれは聞くべき話ではない。さっき言った裏事情というやつだ。
必要な事であればコカナシがいつか教えてくれるのだろう。
ともかく俺は盗み聞きをやめて部屋に戻っていた。
「…………ん?」
PHSが尻の下で振動した。画面にはコカナシの文字が映し出されている。
どうやらこのPHSはメール機能がついているようだ。
『お休みかもしれないのでこちらで報告します。
ローラさんから愛のこもった証言を頂きました! さらに驚きの真実まで!
タカの方はどうですか? できれば明日どこか食事をしながらでも進歩状況を聞きたいです』
文だけ抜き出したがそのメールにはところどころ絵文字が挟まれていていかにも女性が書いたという感じだ。
時々忘れそうになるがコカナシの方が二歳ほど年上なのだ。
「食事をしながら、か……」
俺は少し考えた後コカナシにメールを送った。
*
「なかなか騒がしいすね」
翌日の夜、コカナシを連れてきたのはヴァルクールさんと来た居酒屋だ。今日はもちろん奥の密室ではない。
「こういうとこは嫌いだったか?」
「いえ、最近は上品な食事ばかりだったので逆に落ち着きますね」
コカナシは席に着いて小さく笑う。
「キミア様ともよくこういうところで飲みましたよ」
「先生はこういう騒がしいところは苦手だと思ってた」
「私もキミア様も元々は苦手でしたけど……最終的には楽しんでいましたよ」
「……ってことは誰かに連れてこられて?」
「まあ、そんな感じですね」
注文を取りに来た店員を見てコカナシが話を止める。コカナシが幾つか注文をすると店員が手を止めてコカナシの方を見る。
「すいませんが年齢の確認を……」
「ああ、忘れていました」
コカナシが机の上にカードのようなものを出す。店員はソレを見て
「はい、注文受けたまりました」と下がって行った。
「それ何?」
「成人証明書です。小人族は成人したことが分かりにくいですから」
俺が納得したところで店員がお通しと酒が運ばれてきた。さすがこういう店は早いな。
「通しは枝豆か」
「タカの生ビールに合いますね」
「…………」
勝手に飲むなよ。
コカナシからビールを取り返して飲み始める。やはり俺もこっちの雰囲気が性に合う。
「さて、こちらの成果から発表していいですか?」
「おう」
まあ、知ってるんだけどな。
*
コカナシの後俺も成果を発表した。
コカナシは何杯目かの酒……カルーアミルクを飲んで嬉しそうに笑う。
「では、相思相愛ということですね!」
「そうだけど……テンション高いな」
「酔っていますから」
「自覚してるならまだ余裕だな」
コカナシは酔うとテンションが上がるタイプなのか、それともただ恋の話に対してなのか……ちなみに俺は酔うと口数が増えるらしい。どうやら思った事がすぐ口に出るタイプらしい。
「で、コカナシとしては二人を結婚させたいわけだよな」
「結婚とまでは言いませんが……ローラさんの事を考えるとそうなりますね」
コカナシはから揚げを食べて俺のハイボールを飲む。
「この組み合わせはいいですね」
「確かにこのから揚げ肉の水分が残ってて美味いしハイボールも……」
目線で訴える俺を無視してコカナシは咳払いをする。
「結婚相手が居ながら他の人に恋をしている……なかなか厄介ですね」
それはローラさんから見た視点だ。
「男から見れば恋する人が結婚しそう……か」
それだけを抜きだせばお約束のシチュエーションだ。ならばお約束の方法があるが……
「大企業同士の結婚なら警備も厳重だろうしなぁ」
「警備がどうにかなれば策があるのですか?」
「まあ……一応、な」
しかし……
「警備をどうにかする策が浮かばん。式場に細工でもできれば……」
「話は聞かせてもらったな」
突然視界に髭面が入ってきた。前にもこんなのあったな……っていうか
「ヨロズさんじゃないですか! なんか久しぶりですね」
「少し大きな仕事が入ってな」
ヨロズさんは持っていた大ジョッキをあおってゲップをする
「改めて……話は聞かせてもらったな」
「なんだか自身満々ですね。なにか策でも?」
コカナシの振りにヨロズさんはニヤリと笑う。
「警備を突破するための式場への細工……儂に任せてみるんだな」
*
「ここになるな」
翌日、ヨロズさんに呼ばれて行ったのは大きな式場だった。
「ここが今回式を行う場所なのですね」
頷いたヨロズさんは遠慮も躊躇もなく奥の方に進んでいく。
「ちょ、いいんですか入って」
「問題ないな。今回式の設営を執り行う業者の一つが儂ら『ヨロズ便利屋』だな」
確かにヨロズさんと同じ作業服を着た人が何人か作業をしている。
「で、式場への細工だが……儂が居れば簡単だな」
「いや、ほかの業者もいるなら担当部分しか細工はできないんじゃないですか?」
「今回の最高責任者はこのヨロズ。最終確認や仕上げは儂らに任されているな」
「それは好条件ですね。で?」
「……ん?」
コカナシの視線は俺に向いている。言いたいことが読み取れず、俺は首を傾げた。
「警備を突破する細工は可能のようです。そろそろタカが思いついた策と言うのを教えてほしいのですが」
「ああ、そういや話してなかったな」
俺が思いついたと言っても俺の世界では定番中の定番。
「名付けて……ホフマン作戦だ!」
*
ダスティン・ホフマンというのはアメリカの俳優である。彼の出演作品の一つに『卒業』というものがあり、そのクライマックスはコントなどで使われるほど定番の物となっている。
それを元にした作戦を二人に伝えた後、俺は一人部屋に戻っていた。
コカナシはヨロズさんと共に細工の設計図を練っている。
俺は式までの残り四日でヴァルクールさんをやる気にさせなければならない。
と、その前に……
「演じてるってどういうことですか?」
「直球ですね」
「またどこか居酒屋でも行きましょうか?」
ヴァルクールさんはあきらめたようにため息をつく。コカナシを見習って直球勝負で挑んだらなんとかなったようだ。
「ローラ様は今外出なさっているのでここで大丈夫でしょう。お入りください」
ヴァルクールさんの部屋には紅茶の匂いが充満していた。全然違う種類のものが混ざっているようだが不思議と良い香りになっていた。
「さて、私がローラ様の前ではマゾヒストを演じている理由……でしたよね」
俺が頷くと同時にアイスティーが出され、ヴァルクールさんが向かいに座った。
「話は私がまだ新人だった頃まで遡ります」
「その時からローラさんの事を?」
あれ? なんかデジャヴを感じる。
「いえ、その時はただ慕っているだけでした。その時私はよくローラ様に呼び出されては叱られておりました」
「……はあ」
「ローラ様からお叱りを受けている時に気づいたのです。ローラ様が生き生きとしていることに」
「……はあ?」
「そこで私は考えましたローラ様はそっちの方面なのではないか、と」
オブラートを溶かしてしまえばローラさんがサディズムだということに気づいた、だな。
「そこで私はローラ様に喜んでもらうべくマゾヒストを演じるようになったのです」
これで話は終わりとでも言うようにヴァルクールさんは手を叩いた。
うん……なるほどね。
「…………」
ローラさんの理由とほぼ同じじゃねぇか! なんなんだ、この二人はお互いを喜ばせようとあべこべの性格を演じていたってのか!?
俺はため息をついて本題に入る
「ヴァルクールさん。少し提案があります」
*
「いや、私はともかくローラ様の気持ちが……」
「気持ちは、わからないですよね」
「しかし……」
作戦を伝えはしたが、予想どおりヴァルクールさんは首を縦に振らない。やっぱり時間が必要か……
俺はアイスティーを飲み干して席を立つ。
「また式が近くなったら来ます」
ヴァルクールさんの返事は聞かないまま、俺は部屋に戻った。
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