酔いどれあふれる居酒屋の奥に。扉の境目が分からない程の密室で俺とヴァルクールさんは向かい合って座っていた。

「タカヤ様、お酒は……?」

「まあまあ飲めますよ」

「では……」

 ヴァルクールさんが壁を数回叩くとそこが開いてスーツ姿の店員が入ってきてメニューを開く。

「…………」

 全く読めない。

「柑橘系は問題ないですか? よろしければ私が選びますが」

「おねがいします」

 さすがローラ嬢の専属執事。一瞬で俺の戸惑いを見抜いたようだ。

 店員が下がって数秒で違う店員が入ってきてフチが見えない程透き通ったグラスを並べてその場で酒を入れ始める。

 異世界だから当然かもしれないが二つとも見たことのない酒だ。

「これはなんていうやつですか?」

「タカヤさんの物はいつも私が頼んで作ってもらっている物なので特に名前はありませんね。度数はそこまで高くないのでご安心ください」

 ヴァルクールさんのお気に入りならばなんとなく安心だ。

「……ヴァルクールさんのは違うんですね」

「そうですね。今日は少し趣向を変えようかと」

 趣向を? 俺にはあまり変わらないタイプのように見えるが……

「私のは度数の高いものです。今日は少しばかり……酔わせていただきます」


 *


「…………」

「次はビールををお願いします」

「俺も同じで……」

 テーブルの上と周りの雰囲気を見比べる。なんだこの差は。

 最初は見た目も凝ったものだったのだが、今テーブルの上にあるのは枝豆とか焼き鳥とかなんだか安心する品ぞろえになってきた。

「こちらの方が私の好みなんですよ。同じのをもう一つ」

 さっきの発言から酒には強いのだと思っていたけど……すっげぇ顔が赤い。どう見ても酔っているのに飲むスピードはどんどん早くなっていく。ホントなんなんだ。

 置かれているネギまを食べる。うん、うまい。

「……いや」

 違うな。今日は酒を飲みに来たわけじゃなかったんだ。

「あの、ローラさんの話を……」

「ああ、そうでしたね」

 ヴァルクールさんは飲み食いする手を止める。

「もしかしてあの婚約者の家から支援を受けているとか……?」

 ヴァルクールさんが頷く。俺の世界ではよくある展開だから一応聞いてみたのだが……本当にそうなのか。

「確かにレオポルト家の経営状況は厳しく婚約者様の家から支援の話が出ているのは事実です。しかし不真面目な子会社を幾分か切れば問題ない状況です」

 ヴァルクールさんは持っていたビールを一気に飲んで寂しそうに笑う。

「しかしそれだけではローラ様は恋愛ではなく結婚を望むようにはなりませんよ」

 確かにそうだ。あのローラさんなら経営状況より自分を優先しそうだ。

「ローラ様がその考えになったのはお母さまの言葉です」

「そういえば……挨拶をしていませんでした」

「無理もありません。現在は床にふせている状態ですから」

「病気、ですか」

「はい、医師にはいつまで持つかわからないと言われています」

「そう、なんですか」

「そのお母さまがふとローラ様の花嫁姿が見たいとおっしゃったのです」

「……それが理由なんですか?」

 今度は俺が酒をあおる。確かにわからなくもないが……

「幼少よりお母さまに育てられたローラ様はその言葉を人より重く受け止めてしまったのです。そんな時にあの婚約の話。レオポルトを引き継いだ後の事も考えると……ローラ様はそれに乗るのが一番良いと判断されたのでしょう」

「ローラさんが経営できるんですか?」

「交渉は得意ですが……経営は私がサポートできるでしょう」

「…………」

 俺は少し考えて心の中で頷く。うん、問題ない。

「なら……ヴァルクールさんではダメなんですか?」

「……はい?」

「ヴァルクールさんがローラさんの結婚相手になるんですよ。支援は特に必要ないし経営はヴァルクールさんができる。問題ないじゃないですか」

 今度はヴァルクールさんが考える

「いえ、確かに問題はありませんがメリットがありません。支援がある分あちらの方がよろしいかと」

「あー、そういうことじゃなくて……」

 ここで俺は言葉に詰まる。ローラさんがヴァルクールさんの事を好きだというのは……コカナシの勝手な推察で確信はない。それに本当だったとしても俺が言うべきことではないだろう。

 ならば……アプローチを変えてみようか。

「ヴァルクールさんはローラさんの事、どう思っているんですか?」

「……私はローラ様の専属執事です」

「そういうのは抜きにして! ローラさんがあの男の物になるのを想像してください」

「…………」

「専属執事と言えど結婚をしたら今までより離れるんじゃないですか?」

「……わかっています」

 ヴァルクールさんが最初に言っていた度数の高い酒を一気に飲み干した。

「私がローラ様を好きなのは私が一番わかっています! 出なければ最初からマゾヒストを演じてなどいません!」

「……は?」

 演じている?

「い、今の話詳しく!」

「私は……わた……」

 だんだんと活舌が悪くなってヴァルクールさんは机に突っ伏した。

「ああもう! あんな度数の高いものを一気に飲むから!」

「もんだいありまえん……すこぉしねれば……よいがしゃめるたいしつなにょで……」

「…………」

 そのまま眠ってしまうヴァルクールさん。俺はため息をついて残ったつまみで酒を飲む。

 最後の演じているとかなんとかは聞けなかったが……ヴァルクールさんの恋心は思ったより簡単に聞けた。

 後はローラさんの方だ。コカナシは上手くやっているのだろうか……

 俺は頼んだ水を飲みほしてもう一度ため息をついた。



「話ってなにかしら? 貴女から誘ってくれるなんて嬉しいわ」

 紅茶の用意をした使用人が出て行ったのを見てコカナシはローラさんに目を合わせる。

「ローラさんはヴァルクールさんの事が好きですよね?」

「…………」

 開口一番、直球勝負!?

 大声でツッコミかけて口を押さえる。今俺は盗み聞きをしてる状態だった。


 あの後数十分後に起きたヴァルクールさんは本当に酒が抜けていて「今の話はご内密に」と言った後、俺を屋敷に送ってくれた。

 ヴァルクールさんはそのまま自室へと戻り、俺も部屋に戻ろうとした時に客室でお茶をしようとしているコカナシとローラさんを見つけて……盗み聞きをしている状態だ。


 それにしても、あんな直球だとローラさんも戸惑って……

「ええ、私はルークの事が好きよ」

「!?」

 え? 早!? なんだ、俺の遠回し遠回しで聞こうとしていたアレはなんだったんだ!

「なら何故あの人と婚約を?」

「実は……」

 ローラさんはさっきのヴァルクールさんと同じ、お母さんの話をした。

 どうでもいいが誰も婚約者の名前を覚えてないな。ショウさんだよ。

 それよりなんだこのトントン拍子は。俺が数時間かけて得た情報を数十分で聞きだしたぞ。

「これは推測ですらない直感なのですが……ローラさんはサディズムじゃないのにソレを演じていたりしませんか?」

「……そうね」

 短い肯定の後、ローラさんは小さな笑みを浮かべる。

「お聞きになりたい?」

「出来れば」

 ローラさんは喉を潤して軽く咳払いをした。

「話はまだルークが私の専属執事では無かった頃に遡るわ」

「その時からヴァルクールさんの事を?」

 ローラさんは少し顔を赤らめて頷く。

「新人ながらよく気の利く人だったらしいわ。使用人の中で評判がよかったから少し気になって時々見ていたの」

「それでいつの間にか好きになっていたのですね」

「そう! よくわかったわね!」

「恋はそういうものです」

 頷いて少し頰を赤らめるコカナシ。これは先生の事考えてるな。

「でも使用人の中でも新人だったルークと私が直接話すには叱りつけるくらいの理由が必要だったの。用事は他の使用人が引き受けちゃうから」

「そうして上部の叱りつけをしている時に気づいたの。ルークはその……M的な人なんだって」

「それでサディズムを演じるように?」

「ええ、ルークは硬いから私の事を恋愛対象として見ないと思うの。だから……」

 ローラさんは悪戯な笑みを浮かべる。

「お硬いルークが我慢できなくなるくらい好みの女性にならないと、ね?」

「さすがですね」

 小さく拍手をするコカナシ。なんだか俺が聞いてはいけない裏事情が垣間見えそうで怖いな。

「それにしても私が演じているとよくわかったわね」

「私も同じですから」

「……コカナシちゃんも?」

 コカナシは小さく頷く。

「想い人の前で違う自分を演じるのは……私もやってしまってる事です」

「それ……聞いても構わないかしら?」

 コカナシは紅茶をすすって息を吐き出す。

「そうですね。一度誰かに話したいとは思っていました……ローラさんになら……」

 自分を落ちつけるように紅茶をゆっくりと飲み干した後、コカナシの話が始まった。


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