コカナシから言われた錬金術の素材を買い集め、残りは薬草のみだ。

「えっと……タラノキっていうのは……」

 ツェットは露店式の店が多く、品物は大抵がむき出しかケースに入れられている。

 その中からより良いものを選ぶのが賢い買い方らしいのだが……まったくわからん。

「これはたぶんウコン……へえ、イチョウって薬効あるのか」

 もう一度メモをよく見る。タラノキと書いてある横に(加工品)と書いてある。

 あまり使わない薬草は保存やすいように粉末状にしたものなどを買うことが多い。

 その時に問題になるのが……やはり文字だ。この世界でも薬草はそこまで売られているものではなく、違う国でしか加工されていない薬草も多いのだ。

 元の世界なら大体のニュアンスで絞り込めたのだが……俺は元の世界で言うローマ字のような言葉すら読めない状況だ。まったくわからない。

「……これか?」

 ふと手に取ったのは紫色の葉を加工して真空パックに詰めたモノ。特にこれを取った理由はないのだが……

「ああ、あの葉か」

 ローラさんのところに植えてあったものだ。コカナシがこの葉の植木で俺を殴ろうとしたんだ。

「兄ちゃんその弱弱しい体で狩人なのかい?」

 奥から出てきた店主が持っていた葉を見てそう言った。

「狩人……これは狩りに使うものなんですか?」

「なんだ、知らずにとってたのか」

 店主は後ろの本棚から分厚い図鑑を取り出して俺に渡した。

「これはホーデット草。本来は観葉植物だよ」

 店主に指定されたページを開く。


『・ホーデット草

 観葉植物。空気を綺麗にする目的としては最上級だが浄化能力は無く、定期的に交換する必要がある。

 一定温度を超えると吸収した毒素を排出する為取り扱いには注意。』


「……ん?」

 何処に狩り要素があるのだろうか。

「最後に毒素を排出するって書いてあるだろ? それが狩りに使えるのさ」

「ああ、なるほど」

「ま、毒素が入った部分は使えないから凄腕の狩人しか使わないけどな……兄ちゃんには無理だ!」

 大きな声でひとしきり笑った後、店主はひげを撫でた。

「で、今日は何を買いに来たんだい?」


 *


 コカナシとの買い物から二日後。試験本番である。

 元の世界の受験のように手順を済ませ試験室に入る。一部大学を出た通常受験資格を持つ人とは違い俺は推薦受験資格を持つ人の試験室だ。

 薬剤師なら誰でも推薦できるわけでは無いらしく、先生は思ったより凄い人らしい。

 しばらくすると試験官……キリーさんが入ってきた。

「言うまでもありませんがカンニング等不正行為があれば今後一切試験を受けることができません」

 一呼吸置いた後、キリーさんは表現できない程怖い顔つきになる。

「あと、個人的に規律を守れない人は個人的に……いえ、やめておきましょう」

 部屋の空気が凍り付く。隣にいた人が持っていたカンニングペーパーらしきものをバッグに戻すのが見えた。

「最初は筆記試験。不正行為の無いように……始めてください」

 筆記試験は大きく分けて二つの項目に分けられていて一般問題と薬学実践問題がある。通常受験資格を持つ人たちはもう一つ項目があるらしい。

 推薦試験が優遇されているわけでは無くとれる資格が違うと言うだけだ。

 推薦試験で得られる資格は『準薬剤師資格』となり推薦人か薬剤師主任責任者の監督の下で作られた薬のみを処方することが許可される。

 ちなみにこの情報はアルカロイド出発前に知らされた。ほんの一瞬だけやる気がなくなりそうになったのは秘密だ。

「…………」

 キリーさんの視線が誰一人逃すことなく全員に刺さっているせいか試験室は凄まじい静寂さだ。咳払いすら聞こえない。

 そんな中、心の中の俺はハイテンションで叫んでいた。

 スラスラと解ける。元の世界での試験では無かった経験だ。

『この問題……先生に教えてもらったところだ!!』

 心の中の俺に心の中で突っこもう……それはあたりまえだ!



 筆記試験は……テンションのわりにあ微妙だった。

 基本は問題なかったのだが少し踏み込んだ後の方の問題が幾つか……

「いや、やめだ」

 後悔しても何も生まれない。次は実技試験だ。

 実技試験は簡単な調剤。対称の薬は五種類の中から毎年ランダムに選ばれる。

 分量もその時に公開されるため、調剤自体は難しくはないのだが……問題は素材だ。

 用意される素材は本来使う物のほかに幾つかフェイクが混じっている。

「実技試験、開始してください」

 試験官は変わらずキリーさん。誰も雑談を交わすことなく静かに試験が始まった。

 被せられていた布を取る。調剤に必要な機器と十種類の薬草が並んでいる。

 この中で使うのは三種類。コカナシによる思い出すのも嫌なスパルタ訓練のおかげでどの薬草を使うかは簡単にわかる。

「始めるか……」

 小さく呟いて錬金石を……違う。今回は普通の調剤なのだ。

 気を取り直して薬草を手に取る……が。

「違う」

 どう見ても使う薬草なのに何かが違う。どこが違うのかも何が違うのかもわからない、それでもこの薬草は今使ってはいけない。そんな気がする。

 深呼吸をしてその薬草を一旦置くと隣の薬草が目に入った。

「……………………」

 同じ薬草だ。なぜかこの薬草には違和感を感じない。

「じゃあ……これを使うか」

 すこしだけもやっとした何かを抱えながら俺は調剤を始めた。


 *


「お疲れ様です」

 部屋に戻るとコカナシが紅茶を淹れてくれていた。

「ローラさんから貰ったいいモノですよ。よくわかりませんが」

「わからないのかよ……」

「で、試験の方はどうでした?」

「まあまあ……かな。そういえば……」

 紅茶の湯気を吹き飛ばして一口飲んだ後、実技試験で感じた違和感を話した。

「そういえば今年から推薦実技試験が見直されるって噂がありましたね」

 どうやら去年準薬剤師が質の悪くなった薬草を使ってしまうという事件があったらしい。

「恐らく質の悪い薬草がフェイクとして紛れ込んでいたのでしょうね。よくわかりましたね」

「いや、特に違いはわからなかったんだが……」

「そうですか」

 コカナシは興味をなくしたように言って話題を変える

「タカはローラさんとヴァルクールさんについてどう思いますか?」

 突然の質問に少し戸惑いつつも俺は思ったままの事を口にする。

「いい人じゃないか?」

「そういうことではなくて」

「…………?」

「二人の様子。特にローラさんの婚約者がかかわっている時の様子に何か感じませんでしたか?」

 ローラさんは婚約者と会う時にヴァルクールさんを連れて行かなかったな。ヴァルクールさんは……なんだか歯切れの悪い感じだったな。

「確かに様子は変だったけど……それがどうしたんだ?」

 コカナシはあきれたようにため息をついてハッキリとそれを口にした。

「私はあの二人……相思相愛だと思うのです」

「……え?」



「相思相愛?」

 俺が聞くとコカナシはなぜか嬉しそうに頷く。やはり恋愛話が好きなのだろうか。

「はい、ラヴです」

 何故言い直した。

「そうか……あれは恋してるからなのか」

「何故言い直したのですか?」

「…………」

 お前に言われたくねぇ。ふざけるなよ。

「相思相愛と言っても私の推測の域を出ません」

 当然だと頷くとコカナシは目を輝かせる。

「そこで、タカにはヴァルクールさんがどう思っているか調査して欲しいのです」

 つまりコカナシはローラさんの方を調査する。確かにその采配は間違っていない。が……

「恋愛の事なんかわからんぞ」

「彼女を持っていながらその言い訳は通じません」

「いや……」

 トモノがあの状態になってから五年以上恋なんて物はしていないのだ。わかるわけない。

「あの感じから見てヴァルクールさんはタカ以上に恋愛を知りません。問題なしです」

「うん。その言い方はヴァルクールさんにも俺にも失礼だな」

「問題なしです」

 問題だらけな気がするが……とりあえずは行動あるのみ、だ。


 *


 広い豪邸の中を歩いていると紅茶のいい匂いがした。覗いてみるとヴァルクールさんが一人お茶をたしなんでいた。

 とても綺麗な部屋だ。棚に並んだ難しそうな本にもほこり一つ付いていない。

 辺りに立ち込める紅茶の香りはヴァルクールさんが飲んでいるソレだけの物とは思えない程重厚なモノだった。今まで飲んできた、保管してある茶葉の匂いが部屋に沁みついているのだろう。

 俺には無縁そうなその部屋を見てあっけに取られているとヴァルクールさんと目が合った。

「おや、また迷いになられましたか?」

「いえ、そんな方向音痴じゃないです」

 探していたヴァルクールさんにそんなことを言われた。この人もそこそこ失礼だな。

 ……もしかして俺って舐められてる?

「試験が終わって暇なのでしたらツェットを案内いたしましょうか?」

「いいんですか?」

「茶葉の買い出しもありますので、そのついでですけど」

 ……やっぱ舐められてる気がするなぁ。


 ヴァルクールさんに連れられたのはコカナシと行った場所とは反対方向、一人で入るには気おくれしそうな高級な店が並んでいる通りだ。

 店の一つ一つが個性を主張しながらも全体的な気品は保っている。こんな通り見たことないぞ。

「ローラさんの家って何をしている家系なんですか?」

 きらびやかな店の外装を見ながらヴァルクールさんに話を振る。

「宝石業です。代々受け継がれている採掘技術を使って商売をしています」

「なるほど……あれ、今日はローラさんについていなくてもいいんですか?」

 どうにかローラさんに繋げようとしたが……少し強引だっただろうか。

「……ローラ様は婚約者と親密を深めるために会食をなさっております」

 おお、予想以上にうまくつながったぞ。

 自分で自分をほめながら話を掘り進める。交渉術などは全く分からない俺はド直球で行くしかない。

「ローラさん……あんまり乗り気じゃないように見えたんですけど」

「そうですか」

 ヴァルクールさんは茶葉の箱に視線を向けながらも心ここにあらずと言う感じだ。

 考えているのはやはりローラさんの事だろうか。

「ローラ様が望んでいるのは恋愛では無く結婚ですからね」

 そう言ったヴァルクールさんはソレを望んではいないように思えた。

 望んでいないのにその気持ちを無理やり飲み込んでいるような……

 昔そういうヤツが、智乃がそうだったからなんとなくわかってしまって……俺の口は勝手に動いていた。

「……聞かせてもらうことはできませんか?」

「あまり人に話すべき事ではないのですが……」

 少しの沈黙の後、ヴァルクールさんはよわよわしい笑みを浮かべた。

「少し、移動しましょうか」



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