「……なにしてんすか」

 あの後こっそり抜け出してヴァルクールさん達との集合場所に着くと見つめあう二人が……なんてことは無かった。

 二人が見ていたのはうつ伏せになっているヨロズさんだった。

「……調子に乗ったな、腰がもうだめだな」

 辺りには木の破片が散らばっている。どうやら壁に突っ込んだようだ。

「二人は無傷だったんですか?」

「ぶつかる直前にルークが私を抱えて飛び降りたの」

 そんな話をしていると呼んでいたらしい医者が来てヨロズさんを連れて行った。俺もこの世界に来た直後はあんな状態だったなぁ……

「さて、そろそろ聞きましょうか」

 ローラさんの言葉にヴァルクールさんは戸惑う様子を見せた。

「えっと……その、少し前からそちらのお二方に相談はしていまして……」

「今までのあらすじが聞きたいわけではないわよ」

「でしたら何を……」

「わたしはまだ貴方から告白もなにも聞いていないのだけれど……もしかして私の勘違いかしら」

 少し心配そうな顔のローラさんを見てヴァルクールさんはその場で跪く。

「私は貴方様の事を慕って……愛しております」

「わたしを愛するということは貴方はアウローラ家の者になるということよ?」

「もちろんです」

「今のルークもいいですけれど、結婚するのならもう少し距離を詰めてほしいわね」

「距離、ですか」

 ローラさんは俺たちに背を向けた。髪の間から見え隠れする耳は赤く染まっている。

「例えば……『様』なんて余計な物を無しにして、その、呼び捨てとか」

「じゃ、じゃあ……アウローラ、で」

 ヴァルクールさんの頬も赤く染まる。

 なんだこの甘い空間は、砂糖を噛む音が聞こえてきそうなくらいだ。

「いいですね、いいですね!」

 コカナシのテンションも最高潮だ。これ、俺はどんな顔をしていれば……そもそも追っかけてこなくてもすぐに帰ればよかったんじゃ……

 過剰な糖分のせいで猛スピードで回る俺の思考は後ろから聞こえた足音で途切れる。

「……ローラ嬢、ここにいましたか」

 甘い空間に塩……ショウさんが息を整えて俺たちを睨んだ。

「僕にもプライドがある。このまま終わられては顔に泥がついたままなのですよ」

「すみません、もちろん来賓の方々にも事情を説明する予定ですわ」

「それは他の従者にでも進めさせてくれ……とりあえずこの僕に説明してもらいましょうか」

 ショウさんは視線をこっちに向ける。

「君たちも共犯だろう。一緒に来るんだ」

「えっと……どこに」

「この近くの山奥に僕が所有する会社兼別荘がある。とにかく座りたい、話はそこで聞くことにする」


 *


「こんな形とはいえ客人だ。全員珈琲は飲めるかな?」

 全員が頷いたのを見てショウさんは珈琲を淹れ始めた。

 もう十一時を過ぎている。珈琲より飯が食いたい。

「そちらの小さいお嬢さんの好みはブラックか?」

「いえ、砂糖とミルクを貰えると嬉しいです」

 この状況で要求するコカナシ……なんという神経だ。

「他の者は……ヴァルクール以外は使うのだったな」

 使う人の前に砂糖とミルクが置かれる。正直もう甘いのはたくさんだが置かれたのならば使わなければいけない気がする。

 全員の前に珈琲と茶菓子が揃ったところでショウさんが咳ばらいをする。

「さあ……話してもらおうか」


 *


「そうか、まあ大方は予想通りだったか」

 ショウさんはため息をついてお茶菓子を口に入れる。

「先ほど話していた来賓への対処をしてもらえれば此方は問題ない」

「ありがとうございます」

「ついでに僕の懐の広さでも伝えておいてくれ。頼むよ、ヴァルクール君」

「…………」

 数秒の静寂の後、ショウさんが怪訝な顔をする。

「ヴァルクール君?」

 全員が呼ばれたはずのヴァルクールさんの方を見る。

 なんだか体調が悪そうだ。さっきまで赤かった顔が青いような……

「ル、ルーク!」

 数秒の間固まっていたヴァルクールさんが糸を切られたように横に倒れた。

 コカナシが駆け寄ってヴァルクールさんの手を取る。

「……脈が弱くなっています!」

「タ、タカさん! 治療を!」

 ローラさんに頼まれるが俺もパニック状態だ。それに……

「俺は薬学師ですけど診察はできません! コカナシ!」

 コカナシなら程度の応急処置は心得ているはずだ。まだ冷静なコカナシは首を横に振る。

「応急処置は心得ていますが原因が分かりません。逆効果と言うこともあり得ます!」

 そう言ったコカナシが意識確認などをしていると部屋の扉が勢いよく開いた。

「病人がいるような声が聞こえたけれど、大丈夫かしら?」

 入ってきたのはキリーさん。彼女はヴァルクールさんを見るなり駆け寄って様々なところを触る。

「ちょ、キリーさんなんで……てかわかるんですか!」

「仕事で用があってね……大丈夫、医者の資格はあるから」

 ここにはよく来るのだろう。キリーさんはコカナシに的確な指示をして器具を持ってこさせ、診察を始めた。

「ルークは……どうしたのですか」

 涙目のローラさんが小さな声で聞くと、キリーさんは器具をはずして目を閉じる。

「毒……たぶんホーデット草によるものだと思うわ」

 ホーデット草、確か薬草屋の図鑑で見た奴だ。狩りにも使われる毒素を持っていて……

「直に摂取すれば即死もありえます」

 コカナシの言葉に頷いたキリーさんはショウさんに目を向けた。

「ホーデット草の解毒薬は?」

「観葉植物だからいつもは置いているが……この前使ってから補充していないはずだ」

「その解毒薬は今から作れないのでしょうか!」

「材料は簡単な物だから揃えられる、でも成分が結合するのに三日はかかってしまうわ」

「病院は?」

「ここからじゃ遠すぎる……間に合わないわ」

「そんな……」

 全員が言葉を失う中、頭に浮かんだことがポツリと口から出た。

「結合に時間がかかるのなら……錬金薬学で短縮できないのかな」

 コカナシと目が合う。数秒考えたコカナシはキリーさんと目を合わせて……二人して頷いた。

「……できます、ね」

「…………」

「…………」

「コカナシ! 錬金の準備を頼む!」

「わかりました!」

 コカナシが素材を探している間にストックボックスから錬金液を出しているとキリーさんが俺の手を掴んだ。

「キリーさん?」

「タカヤくん。私は立場上ここで錬金を許すわけにはいきません」

「なんでですか! それに立場って……」

 そこまで言って気づく。彼女は資格の法を守る規律の鬼……そう、俺はまだ……

「俺がまだ、薬学師じゃないからですか?」

 キリーさんは何も言わず、ゆっくりと頷いた。



「でも今は緊急事態ですよ!」

「確かにそうです。だからあなたを無理やり止めようとはしない」

 キリーさんは少しの間目を閉じた後言葉を続ける。

「今回の場合資格のはく奪、それに受験資格も永久に失われることになるわね」

「永久に……」

 つまりここで錬金を行えば俺は薬剤師になれないということだ。

「タカ、これがありました!」

 素材を持ってきたコカナシが小さな小瓶を机の上に置いた。

「なんだそれ」

「神経毒系の基本解毒薬です」

「それって……作る必要は無いって事か?」

「えっと……まあ、死ぬことはありません」

「ハッキリ言ってくれ、時間もない」

 言いよどむコカナシに代わってキリーさんが口を開く。

「別の解毒薬だから副作用……拒否反応まで出ると下半身不随の事例もあるわ」

「それは……」

 辛い。治ったとは言えないじゃないか。

「で、どうするのかしら?」

 命の保証はされた。絶対に錬金をしなければならないわけでは無いのだ。

「タカ? 何を迷って……あっ」

 俺とキリーさんの顔を見てコカナシはある程度察してくれたようだ。

 錬金をすれば薬剤師にはなれない。でも、俺の目的はそこにない……ならば

「コカナシ、錬金の用意を進めて」

「できません」

「コカナシ!」

 険しい顔のコカナシと向き合う。

「薬剤師になれない、それがどういうことかわかっているのですか」

「俺の最終目標はそれじゃない。智乃を助けるのにそれは必須じゃない」

「経験の差は相当な時間の差を生みます。智乃さんをいつ助けられるかわからなくなります!」

「そんな……」

「こんな選択私もしたくありません、でも今までのタカを見ているから……タカが優先すべきは智乃さんの……」

「そうだ、俺が最優先にしているのは智乃の事だ」

「なら……」

 確かにコカナシの言う通り、それが最短の道なのだろう。でも、でも俺は……!

「目の前の人を助けられないようなモノに智乃の命を預けることはできない!」

 時計が大きな時報を鳴り響かせた。コカナシはソレを聞いて何か気づいた顔をした後、一歩後ろに下がった。

「わかりました。タカを信じます」

「……ごめん」

 コカナシの言葉に少し違和感を覚えたが、そんな暇はない。

 教えてもらった手順通りに薬を調合する。今回は最初から錬金する必要はない、まず通常の調合をして最後の結合部分に錬金を使用するのだ。

 本来錬金術はあるものと別の物を繋げて変質させる術だ。錬金薬学の主体は効能の活性化にあるが錬金術の結合も利用している。今回はその結合の部分を使うというわけだ。

「はじめます……」

 少量の錬金液を薬に混ぜる。今回は分解の必要がないからかき混ぜ棒は普通のモノだ

 良く混ざったところで錬金石をかざすと錬金液が反応して薬が光を放つ。

 ある程度結合しているから今回の錬金は簡単だ。

「……ここだ」

 小さくご飯の歌を呟きながら仕上げに入る。

「赤子泣いても蓋とるな……!」

 光の粒が宙を舞い、錬金が完了した。

「……問題ないわ。コカナシちゃん投薬の準備を」

「わかりました」

 確認を終えた薬の瓶をコカナシが持っていく。今のままだとペースト状だから液体に加工するのだ。

「……うん、完璧ね」

 投薬の後、診断をしたキリーさんの言葉を聞いて、ローラさんが涙をこぼした。




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