②
アルカロイドのバス停から一時間ほど行ったところに大きな駅があった。そこから数時間かけて、数回電車を乗り換えてようやく最後の乗り換えが終わった。
二つ向かい合った二人乗り席に座っていると突然声をかけられた。
「失礼、こちらの席は使われておりませんでしょうか」
話しかけてきたのは整った顔立ちの男性。なんだか執事のような服装をしていている。
「はい、空いてますよ。よかったらどうぞ」
「ありがとうございます……こちらにお座りください」
男性が一歩後ろに下がると後ろから綺麗なドレスを着た女性が出てきてコカナシの横に座った。
「アウローラと申します、失礼しますね」
アウローラと名乗った女性からあふれ出る気品になんとなく緊張してしまう。
「もしかしてレオポルトの嬢ちゃんかな」
ヨロズさんの言葉にアウローラさんは少し驚いた後、執事の方に顔を向ける。
「こちらの方はお知り合いかしら」
執事は眼鏡を上げ、ヨロズさんをまじまじと見つめた後に手を叩く。
「ああ、御父上がご贔屓にしている修理屋……いや、何でも屋のヨロズ様ですね」
「そーそー、ローラ嬢に会ったのは相当小さいころだっけな」
「いつもの作業服ではないのでわかりませんでしたよ、今日は仕事帰りで?」
「そーそー」
世間話を始めた二人を見てヨロズさんに興味をなくしたのかアウローラさんは俺に目を向けた。
「貴方たちは旅行かしら?」
「い、いえ。薬剤師の資格試験に」
緊張して声が上ずってしまう。
「ツェットで行われている資格試験は多いですからね……で、貴女は」
コカナシに鋭いまなざしが向けられる。
「私は付き添いで……」
「貴女の名前は?」
「コカナシです」
「へえ、コカナシっていうの……」
アウローラさんはコカナシから視線をはずさない。それはまるで獲物を狙う鳥のような眼だ。
「貴女を探していたわ」
「え……わわ!」
アウローラさんがコカナシの肩を持つ。まさかアルス関係の……
俺が動くより先にアウローラさんはコカナシを抱きしめて声を上げた。
「わたくしは貴女のような小さくて可愛らしい子が妹に欲しかったのよー!」
「……は?」
「ねーコカナシちゃん。わたくしの妹になっちゃいなさい、それがいいわ!」
もがいて抵抗してやっと大きな胸から解放されたコカナシはアウローラさんから離れる
「失礼ですがアウローラさんは今おいくつですか?」
「もうすぐ十八になります」
その言葉にコカナシはため息をつく。
「私はこれでも二十四です」
「あら、年上だったのね……でもいいわ!」
「よくありません、心に決めた人を家に置いてきていますので」
「そう、なの……」
アウローラさんは少し落ち込んだ後、滑空するかのようにテンションを上げてきた。
「薬剤師の試験は確か一週間後くらいよね、宿はもう決めているのかしら?」
「いえ、まだ……」
「じゃあわたくしの家に来なさいな、ついでにそっちの貴方もついてきなさい」
「は、はあ……」
宿代が浮くからいいのだが……コカナシはどうなのだろう
「あの、よろしいのですか?」
迷っている様子のコカナシは判断を執事にゆだねたようだ
「えっと……なんでしょうか」
執事はヨロズさんとの話を中断してコカナシから説明を受ける。
「二人なら問題ないでしょう。私が手配しておきます」
「さすがルークね! 褒めてあげるわ」
そういってテンションの上がったアウローラさんは執事を軽く蹴った。
「ありがとうございます……私は執事のヴァルクールと申します」
「改めてわたくしはアウローラ・レオポルト、ローラって呼んでちょうだい。よろしくね!」
ローラさんはそう言って笑顔を浮かべ、一瞬の隙をついてコカナシに抱き着いた。
*
「ここが私の家よ」
ローラさんに案内されたのは絵本に出てくる城のような豪邸だった。
「貴女はこの部屋をつかうといいわ、コカナシちゃんはわたくしと一緒の部屋に行きましょうね」
「いやです。一人で寝ます」
「ああもう、つれないわね。でもいろいろお話をしたいから後でいらっしゃい」
そう言って奥に行ったローラさんに代わってヴァルクールさんが俺たちを案内してくれることになった。
「こちらが食事の場となります。客人が来た時や会食の時はここを使用いたします」
「あの、ヴァルクールさん」
次の場所に行こうとしたヴァルクールさんをコカナシが呼び止める。
「あの、先ほどから人が異様に行き来しているのですが……なにかあったのですか?」
「ああ……」
ヴァルクールさんは少し言いよどんだ後「まあ、隠すことでもございませんね」と口を開いた。
「ローラ様が婚約をなされるのです」
「そ、そうなんですか!?」
コカナシよりは驚いたのは俺だった。いや、婚約してもおかしくは無い歳だけど……
「式はいつになるのですか」
いたって冷静なコカナシの質問にヴァルクールさんも冷静に答える
「二週間後ですね」
「二週間後なら……試験結果の発表日ですね」
「え? そうなのか」
思ったより早いな
「あれ、聞いてなかったですか? 合格後にここで申請が必要なので結果発表が終わるまでここに滞在する予定ですよ」
「ああ、そう……」
全く、一ミリたりとも聞いていない。
「そういえばタカヤ様は薬剤師資格試験にを受けるのでしたね。ならば今日の間に受験登録をしておいてはいかかでしょう」
「そうですね、早い方がいいかもしれません。行きましょう、タカ」
*
「薬剤師資格試験受験者、タカヤ・オナイさんですね」
「はい」
「では試験までにこちらの資料に目を通して……あら?」
受付のお姉さんがコカナシに目を向ける
「コカナシちゃん? キミアの所のコカナシちゃんよね」
違うところを見ていたコカナシが受付の人の方を向く
「あ、キリーさん」
「知り合い?」
コカナシは頷く
「彼女はキリー・ツヴァイさん。以前キミア様とここに来た時にお世話になったお方です」
「ホントお世話したわ、いやってほどね……で、そのキミアは今ここにきてるわけ?」
「いえ、キミア様は来ていません」
ふうん、と言った後キリーさんの鋭い目が俺をとらえる
「ならいいけど、君はどういう関係?」
「先生の生徒です」
「あのキミアの生徒……あなたは何もしでかさないでしょうね」
「え……」
「キミアがここで何をしたかじっくり教えてあげましょうか?」
殺意すら感じるほどの笑顔が俺に突き刺さる。
「えっと……そろそろおいとましまーす」
「あ、ちょっと待ちなさい!」
「逃げるぞコカナシ!!」
俺はキリーさんの手から資料を取って一目散に逃げだした。
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