資格試験と焦がれるあべこべ

 キメラの一件から数週間が経った。アルスもキメラも姿を現すことはなく平穏な日常が続いていた。

 資格勉強は最終段階に入り、過去問題をひたすら解き続けている。

 第二段階の技能試験の方も先生によるスパルタ教育でなんとか合格ラインは越せたようだ。

 そんな試験本番二週間前、いつものように自室で過去問を解いていると小さいノック音が数回聞こえた。

「はいはーい」

「タカ、少しいいですか?」

 入ってきたのはコカナシ。俺が勉強している時に入ってくることなんて殆ど無かったのだが……何か大事なことなのだろう。ちなみに先生は遠慮もノックも無しに時々冷やかしに来る。

「前に言っていたポッドの修理業者が来ましたよ」

 確かに大事な事だった。この修理が成功すれば智乃に行っている冷凍保存のタイムリミットは実質無くなるのだ。

「わかった。すぐ行く」

 教材を閉じて部屋を出ると先生、コカナシ、アデル、そしてもう一人背丈は小さいながらもしっかりとした体の男性がいた。小人族だろうか?

 その男性の肩に手をのせてアデルが紹介をしてくれる。

「この人が言っていた僕の知り合いだ」

「儂はヨロズ便利屋の店主、ヨロズ・マチヤー。気軽にヨロズって呼べな」

 出された手に手を重ねる。そのまま握手を……

「痛い痛い痛い!」

 握力強い! 痛いふざけるな!

「あー、すまんな。儂は人見知りじゃけんな。ゆるしてな」

 笑いながら背中を叩いてくるこの人のどこが人見知りなのだろうか……

「自己紹介もすんだからな、さっそく作業に取り掛かりたいんやが」

「コカナシ、案内してやれ」

 先生はそれだけ言って自室に足を向ける。その途中すれ違う俺を捕まえてなんだか悪そうな笑みを浮かべた。

「お代はツケだ。さっさと薬剤師の資格をとってワタシの手伝いをして返すんだな。今回の試験で落ちたら……利子が大変なことになるぞ」

「マジっすか……」

 俺のひきつった笑顔を見て先生は笑い出す。

「ウソだよウソ……ってなればいいけどなー」

「え、ちょ、今のは嘘になる流れじゃ……」

「せいぜい頑張るんだな」

 そう言い残して先生は自室に入っていった。

「では、案内します」

 コカナシが淡々と話す……が、目が笑っている。

「頑張れタカ、応援しているぞ」

 そう肩を叩いたアデルは笑いをこらえながらコカナシについていく。

「頑張って稼いで儂のトコを利用してくれなー」

 最後に残ったヨロズさんは遠慮なしに豪快に笑って俺の背中を強く叩いた。


 *


「ほう、これか」

 ヨロズさんは冷凍室に入るなりポッドを弄り始めた。

「寒い、あとはMr.ヨロズに任せよう」

 入って数分でアデルは体を震わせながら出て行った。確かに寒いが……渡されたコートを着ていればそこまでではないだろうに……


「ほーなるほど。大体わかったな」

 十分くらいポッドを調べていたヨロズさんは立ち上がって笑顔を浮かべる。

「聞いてた通り電源の端子が違うだけ見たいだな。少し線も触る必要があるけど……まあ失敗することはありえないな」

「そうですか……よかったです」

「あと線を変えることで一部機能……冷凍保存に必要な機能が軒並み使えなくなりそうなんだが……」

「ほかの機能って……なにかありました?」

 ヨロズさんは少し考えるそぶりを見せた。

「普段使うのは……窓の透視化機能くらいな」

「透視化機能……ですか」

 それは中に入っている人の顔を見るためのもので、主に面談用として付け加えられた機能だ。極力外の影響を受けないようにするためには窓が透明では不都合らしい。

 少し寂しいが……しょうがない。

「わかりました。やってください」

「そう。なら新しい線を切ってくるからな、五分くらい待っといてな」

 冷凍室を出て行こうとするヨロズさんにコカナシが話しかけた。コカナシの声は聞こえないがヨロズさんの大きな声だけが俺の耳にも届いた。

「それくらいなら問題ないな。このヨロズが保証する」

 ヨロズさんが出て行ったあと、コカナシが俺の元に来た。

「久しぶりに智乃サンの顔を見てみては?」

「え……?」

「ヨロズさんから許可をもらいました。少しくらいなら問題ないそうですよ」

「そう……か」

 しかし今見てしまうとなんだか寂しさが増すような……それもあってこの世界に来てからは見ないようにしていたのだが。

「大切な人の顔を見るのは元気につながります。それが助ける相手ならばやる気にもつながると思うのですが」

 コカナシは俺の目をまっすぐと見つめてそう言った。本気の言葉なのだろう……それなら

「じゃあ、お言葉に甘えようかな」

「では十分後にまた来ます」

 コカナシが冷凍室を出ていく。出て行ったのも、十分と言ったのも気を使ってくれたのだろう。

 俺はポッドの前に座り込み、透視化のボタンを押した。

「……智乃」

 久々に見たその姿は冷凍保存された日から何一つ変わっていない。この世界に来るまでは一か月に一回はこの顔を見るのが普通となっていて、何も感じなかったというのに……今は違う。

 今でこそ楽しくやっているが、いきなり異世界に飛ばされて、知らない土地で知らない文化に囲まれ、今までの知り合いは誰もいない。そんな状況だったからだろうか。

 ただ顔を見ただけだというのに。昔からの知り合い、恋人がいると再認識しただけなのに……

 どうして……どうしてこんなにも……

「トモ……」

「どうした兄ちゃん、泣いてんのかな」

 突然視界に髭面が入ってきた。

「うおおおお!!」

 飛び上がって後ずさり。本気でびっくりした

「ちょ、ヨロズさんなんで」

 さすがに十分は経っていないはずだ。そこまで浸ってはいない。

「なんでって……五分くらい待っといてって言ったと思うんだがな」

「いや、確かに言いましたけど……」

 あの流れはコカナシに合わせて十分待ってくれる流れだっただろ。

「どうしました、タカ」

 俺の大声が聞こえたのかコカナシが急ぎ足で入ってきた。

 コカナシは冷凍室にヨロズさんがいるのを見て察したようだ。

「お茶を入れてから言おうと思ってました……てへへ」

 てへへ、じゃねぇよ。舌とか出して、てへぺろじゃねぇよ。

「えっと……もう少し外しましょうか?」

「いや、いい。もう大丈夫」

 俺は最後に智乃から元気とやる気を貰い、透視化を終了する。

「ヨロズさん、お願いします」

「おう、任せときな」

 俺は頭を下げて冷凍室を出る。

 ついてきたコカナシが不思議そうに俺を見てくる。

「タカ? 寒いのですか?」

 俺はかぶりを振ってコカナシに一言

「勉強の続きをしてくる」

「……がんばってください」

「おう」

 俺はもらった元気とやる気を体に染み込ませ、勉強を再開した。



 作業は一時間ほどで終わったようで、皆で休憩をすることにした。

 ヨロズさんはコカナシが持ってきたビスケットを数枚口の放り込み、それを珈琲で流し込んで俺の方を向いた。

「ツェットに行くんだって?」

「……え?」

 ツェット? どこだそれ

「資格試験が行われる場所ですよ」

「ああ、なるほど」

「儂はツェットに店を構えているからな、よかったら一緒に行かんか?」

「おお、それはいいな」

 ずっと自室にこもっていた先生が食べ物の匂いにつられて出てきた。

「タカ一人じゃ確実にたどり着けないだろうしな、ちょうどいい」

「案内は任せときな」

「念の為一週間前にはここを出た方がいいだろう」

「そんなに時間かかるんですか?」

「いや、朝に出れば夕方までには到着する。試験前にこことは違う空気に慣れておいた方がいい」

「……そんなに違うものですか?」

「ここは田舎、ツェットは都会かな。僕も始めて行った時には驚いたものだ」

 元の世界では都会に住んでいたからアデル程驚くことはないだろうが……念の為というのには同意だ。

「わかりました……案内お願いしていいですか?」

「おう、任せときな」

 先生が椅子に座ると同時にコカナシが珈琲を運んで来る。

「ああコカナシ。お前もタカについて行け」

「……え?」

 コカナシがお盆を持ったまま固まる

「キミア様と一週間離れるということですか?」

 信じられないといった様子のコカナシに対して先生は何事もなかったかのように答える。

「ああ、そうだな」

「ならキミア様も……」

「行かん。ワタシはまだキメラの調査がある」

「そんな……家事はどうするのですか」

「セルロースに頼んである」

「なら私が家事をして……」

「セルロースはまだ治療が残っている。それも兼ねての事だ」

 それに、と先生は悪そうな笑みを浮かべて続ける。

「お前が行っても行かなくてもセルロースはここに泊まることになっているぞ」

「うっ……それは……」

「家にいたら一日中アイツの相手をすることになるぞー」

「……わかりました。仕方がないのでタカに同行します」

 なぜ仕方ないを強調する。そんなに嫌か。

「ついでに観光をしてこい。タカにとっては試験だがお前にとっては休養だ」

「それはまあ……そうしますけど」

 コカナシは少し不満そうな顔をしながらキッチンに向かった。

 先生はそれを見て俺を手招きする。

「ちょっと耳を貸せ」

「なんですか?」

「ツェットとは反対の方角でキメラが出たという情報が入っているから問題はないと思うが……一応こまめに連絡を取り合うようにしていてくれ」

「それはいいですけど連絡手段がありませんよ」

「これをやる。使い方はわかるか?」

「えっと……たぶん見たことはありますけど」

 渡されたのは携帯電話のような物。しかしガラパゴス携帯よりも前のもの、確か……PHS?

 この世界に携帯電話はないと思っていたが……元の世界より少し技術の進歩が遅れているだけのようだ。そのうち携帯電話も普及するかもしれない。

「先生そんなもの持っていたんですね」

「ここでは使えないけどな」

「あー……田舎ですもんね」

「まあ持っておけ。コカナシにはもう渡してある」

 先生からPHSを受け取ってポケットに入れる。

「じゃあ出発は六日後、朝の十時町の入り口に集合だ」

「わかった。そうしような」

 ツェットへの段取りが進んでいくのを見て俺は改めて本番が近いことを認識した。

 タイムリミットは無くなったと言っても智乃を早く治したいのは変わらない。

 簡単な錬金薬の錬金はもう大丈夫。関門が幾つあるかわからないが……まずは目の前の関門に向かって進むしかない。

 資格試験まで……あと十三日だ。

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