⑬
「…………ん」
何かのいい香りに腹の虫が騒ぎ、俺は目を覚ました。
「見たことの……ある天井だ」
と、いうか俺の自室だ。まだ少し眠気が残っているがゆっくりと起き上がる。
「起きましたか」
ドアが開いてコカナシが入ってきた。いつもの表情ってことは……
「先生は無事なんだな」
「はい、元気に食事をしています」
「先生が俺を運んできたのか?」
コカナシはかぶりを振る。
「いえ、運んできたのは……」
「僕だよ! 同志タカ!」
「なんでアデル?」
「心外だな、Mr.シャーリィから一報を受けたのだよ」
「キミアさんからミズナギドリでの報告があったので彼と一緒に森へ向かったのです」
そう言いながら入ってきたシャーリィさんは自然な動作で触診を始めた。
「……問題なさそうですね、怪我も大したことはありません」
「なら遠慮の必要はありませんね」
シャーリィさんを押しのけてコカナシが俺の前に立つ。
「何があったのか教えてもらいましょうか」
「え……っと」
「キメラの調査に行ったら襲われた。キメラは勉強不足の錬金術師のなりそこないが作っていたものだった……そうだな? タカ」
骨付き肉をほおばりながら先生が俺にアイコンタクトを送る。
「そういうことだコカナシ」
俺が言うとコカナシは先生の方を向いて頬を膨らます。
「キミア様……本当ですか?」
「本当だって、なあタカ」
「おう、本当だぞ」
「ならいいのですが……」
納得していない様子のコカナシはため息をついて俺から離れ……
「いや、よくないです」
「え?」
「キミア様が怪我をしているということです! タカ、あなたは護身術とかを勉強すべきです!」
「いやいや、今の俺にそんな暇は……」
「言語道断です! 今のタカなんて私ですら倒せそうですし」
それはいいすぎじゃ……いや、あながち間違いでもないか。
「その沈黙は認めたということですね? では勉強を……」
「まったまったコカナシちゃん、一応タカも目覚めたばかりだし……ね?」
オーバーヒートしかけたコカナシをアデルが止める。
「……少し暴走しました、すいません」
「いや、いいけど」
少し暴走ね……少し、か?
どうもコカナシは先生の事になると暴走する節があるな。
「食欲があるなら食事を用意してあります。キミア様はもっと私の手料理を食べて褒めてください!」
あと俺たちに対するのと先生に対するのとでは態度が違いすぎる。俺たちに対するときは大人びている……いや、年相応な感じなのだが……先生に対しては違う。
最初は慕っているのだと思っていたのだが、今のように少しわがままみたいなことを言ってみたり。例えるなら……
「食欲はないかい?」
アデルの声で思考が途切れる。俺は伸びをして立ち上がる。
「いや、食う。行こう」
*
翌日、さすがに今日は資格勉強も休みらしい。
先生は朝食を済ませてから自室にこもりっぱなしだ。例のキメラについて調べているのだろうか。
そんな事を考えていると先生の部屋の扉が開いた。
「珈琲を……ん? コカナシは買い物か」
「はい、ちょうど今行きました。入れましょうか?」
「頼む……ついでにお前の分も入れてこい」
俺は首をかしげる。コカナシがお菓子を用意したわけでもないし……
そんな俺の様子を見てか先生は言葉を付け加えた。
「森での事で話がある。お前の部屋で話そう」
珈琲を持って自室に入る。先生がベッドに座っていたので俺は勉強机の椅子に座る。
「森の事で話ってアルスのことですか?」
「まあ、そうなるな」
「コカナシに嘘をついた理由も聞かせてもらえるんですね」
「時間もないから端的に、要点だけまとめて話すぞ」
先生はブラックのまま珈琲をすすり、話し始める。
「まず最初に、アルス・マグナは異常な錬金術師だ」
「えっと……はい」
錬金術師というのは知っている。アルスの錬金術を目の前で見たのだから。でも……異常?
「簡単にいうならマッドアルケミストと言ったところだな、錬金術の発展のためならば手段を選ばない奴だ」
先生は少し迷うようなそぶりをみせた後、言いにくそうに口を開く。
「前にコカナシは謎の感染症が流行った時に私が助けて引き取ったと言ったな」
「そういえば……そうでしたね」
「アレは嘘だ」
「え!?」
驚いて珈琲をこぼしそうになる。
「助けて引き取ったのも、助かったのがコカナシ一人だというのは本当だ。ただ……原因は謎の感染症なんかじゃない。コカナシの村の村民はアルスの実験に巻き込まれたんだ」
「そんな……」
「実験に巻き込まれた村民の殆どが即死だった……その先はさっき話した通りだ」
先生が助けて引き取った、と。
「じゃあコカナシが恐怖心を抱かないようにアルスの名を伏せたってことですか?」
「それもある」
「それも?」
「コカナシは巨人と小人のハーフ、これは結構珍しいことだ」
マッドアルケミストに希少な人間。その組み合わせが行き着く先なんて容易に想像できる。
「アルスがコカナシを狙っているってことですか」
「その通りだ……と、話はこんなものだな」
先生が立ち上がって勉強机から教材とノートを取り出して置いた。
「ほら、持て」
先生は俺にペンを渡して先生用の教材を開く。
「次は六十七ページ」
訳が分からないまま教材を開いた瞬間、玄関の扉が開く音と共にコカナシの声が聞こえてきた。
「今帰りましたー」
先生はコカナシが帰ってくるタイミングを読んでいたのだ。
「なるほど……」
俺が呟くと先生は人差し指を一瞬だけ口に当てた。
「今の話は秘密ってことですか」
俺は小さく呟いて、勉強をしているフリをはじめた。
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