⑫
目の前に現れたのは俺を襲ったキメラだ。
身体についているストックボックスの多くはまだ閉じたままだ。
「先生、ストックボックスから遠距離攻撃をしてきますよ」
「……あの箱はなんだ?」
先生が指したのはキメラの腹に埋め込まれた箱。普通のストックボックスに見えるけど……
「あの中からだけ生命力を感じる。あれはストックボックスじゃないぞ」
ストックボックスに生命を持つものは入れられない。先生はエルフの目であの箱を見たのだろう。
「わかりません……とりあえず対策を」
「避けろタカ!」
残っていたカプセルをポケットから取り出した瞬間、先生に突き飛ばされた。
俺は木にぶつかり、先生は逆方向の茂みに埋もれている。
「せ、先生……?」
呟いた瞬間、木が真っ二つに切り裂かれて倒れた。さっきまで俺たちがいた場所の木だ。
俺たちを仕留めそこなったキメラはゆっくりと俺たちがいた場所に歩いて行き……落ちていたカプセルを風で遠くに飛ばしてしまった。
「カプセル……あ!?」
手に持っていたカプセルが全部無くなっている。これではキメラに対抗する術が……
カプセルを遠くにやったキメラは遠吠えをあげる。もう勝った気でいるのか……
「タカ! いつまで固まっている!」
先生が走ってきてキメラの方を見る。
「あの箱が開くぞ……」
腹に埋め込まれた箱が光の粒を放ちながら開く。あれは錬金術の時の光……
箱の中から出てきたのは小さくて蜘蛛のような生物だった。
「分解虫……いや、違う!?」
その虫たちはキメラの腹を食いちぎって中に入って行く。キメラの遠吠えはか細くなり……その場に倒れこんだ。
「……え? 死んだ?」
「違う、生命力が戻っている」
例の箱が淡く光り横たわっていたキメラがゆっくりと立ち上がって……消えた。
「は!?」
飛んだとか高速で移動したとかじゃない。消えたのだ。
「わずかに錬金術の気配を感じた。簡単に言うと今のは後付けキメラだろう」
後付けってことは
「あのキメラにまた新しい何かが追加されたって事……そんな事可能なんですか!?」
「普通は不可能だ。しかしあいつはコレにつながるような錬金術をずいぶんと前に編み出していた」
「そんな……」
「生命力も見えない……もう少しだったのに」
「何か作戦があったんですか?」
「これだ」
先生がカバンから取り出した箱には小さなカプセルが一つ入っていた。
「途中で作った睡眠薬だ、カプセルの中から粉末が出る仕組みになっている。これさえキメラに嗅がせれば逃げる時間は稼げるだろう」
「なるほど、どうにかしてキメラの場所を特定……」
俺の言葉が終わる前に箱にヒビが入った。
「固まっていては危険だな、とりあえず動け」
先生の言葉に従って軽く走る。キメラは先生に狙いをつけたらしく、先生の方に攻撃が集中している。
「透明になった相手には……」
土などをかけて見えるようにする……ダメだ、見当もつかないのに土が当たるはずがない。
足跡は……すでに踏み荒らされすぎて見当もつかない。
せめて何か、少しでも見える場所があれば……
思考はキメラの鳴き声で途切れた。鳴き声のした方を見るがもちろんキメラは見えない。
見えるのは切り裂かれた木と雑草、それに一匹の鳥……
「ミズナギドリ?」
匂いによって北のだろう。でもカプセルは遠くに飛ばされたはず。
それに空中にいるのに翼を広げていない。何かに止まったまま動かされているような……
「先生! あそこにキメラが!」
叫んでミズナギドリを指す。最初に襲われた時命中させたカプセルの匂いがわずかに残っていたのだ。
つまりあそこはキメラの顔……こうなりゃ一か八かだ!
意を決してミズナギドリの居る方にとびかかる。何もないように見える空間に感触を感じた。
感触から察するに掴んでいるのは首……位置的にミズナギドリが止まっているのが鼻だろう。
いきなり首を掴まれたキメラは俺とミズナギドリを振り下ろそうと暴れ始めた。いきなりの事でこんらんしているのかストックボックスも使ってこない。
「ここです! ここに睡眠や……」
言葉の途中でカプセルが飛んできて粉が舞った。キメラは糸が切れたように倒れて姿を現して眠ってしまった。
「やった……これで…………」
なんだか瞼が重い。意識が朦朧として……
「ね……むい」
そう一言だけ呟いて、俺の意識は途切れた。
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