アルスと違う道にすすんでから数十分は経っただろうか。

 キメラは現れずミズナギドリも飛んでこない。何も変化がない森の中をただひたすらに進んでいると何かを蹴ってしまった。飛んで行ったガラス瓶が木に当たってひび割れる。

「これって……」

 先生が薬を保存するのに使っている瓶の一つだ。拾おうと近づくが、俺はそれに触れなかった。

「ぐ……これは」

 なにかが腐敗したような匂い。それも相当強烈だ。触れないどころか近づくのも躊躇うほどの匂いだ。

 か細い鳴き声と共に木の上からカラスの羽を生やしたキメラが落ちてきた。

 なるほど。犬型のキメラ避けか……それにしても

「ありえねぇ程臭いな……」

 呟くと近くの草が異様な動きを見せた。リズムがあって自然に動いた感じではない。

「キメラ……か?」

 まさか犬型じゃないキメラを作っていたのか。構えたが聞こえてきたのは聞きなれた声だった。

「タカ……か」

「え? 先生?」

 近づくと先生がいた……が、いつもと様子が違う。

 所々に擦り傷や切り傷があり、息は上がっていて顔はやつれている。先生らしくもない表情だ。

「とりあえず茂みに隠れろ」

 言われた通りにしゃがむ。

「なんでこんなところに来たんですか」

「それはこっちのセリフだ。待っていろと言ったはずだ、コカナシはどうした」

「家で待機させてます」

「……心配だが、今はその説明で納得してやろう」

 心配なのは先生の方だ。

「それよりその傷……キメラですか」

「まあ、キメラだな」

 その曖昧な表現に疑問を覚えると同時にその現況を思い出す。

「あの、さっきアルスって男が……」

 言い終わる前に先生が俺の襟を掴んで大きな声を出す。今日はよく襟を掴まれるなぁ……

「アルス・マグナ……会ったのか!」

「は、はい……」

「なにもされなかったか! コカナシについて聞かれなかったか! どう答えた!」

「コカナシについては何も……先生の事を聞かれましたけど一応はぐらかしました」

「そうか……そうだな、アイツはコカナシを名前で憶えていないだろうな」

「……先生? ここに来たのってあのアルスとかいう男関連ですか?」

「まあ、そうだ」

 先生は自分を落ち着けるように深呼吸をする。

「シャーリィから話を聞いてアルスがここまで来たのかと思ってな、確かめるだけのはずだったのだが……油断した、アルスには見つかっていないがキメラにやられた」

「あの犬のキメラですか?」

「そうだ……アレは知能が低いからアルスに伝わることはないだろう……不幸中の幸いだな」

 話を聞けば聞くほど疑問がわいてくる。それでも一番の疑問はもちろんアルスについてだ

「あの、アルスとはどんな……」

「それはいつか話す」

 食い気味に話をさえぎられる。

「それより今は帰ることを優先するぞ」

「は、はい」

「……………………」

「……………………」

「…………先生?」

 先生は木を背もたれに座り込んだまま動かない。

「もしかしてどこか怪我を?」

「そこまで大きな怪我はしていない……だが、キメラを追い払うのに錬金薬を作りすぎた」

 錬金薬をつくる錬金は体力を消費する。つまり先生は動けなくなるほど体力を消費したということだ。

「怪我ならともかく体力って……どうすれば」

「錬金薬は体力を込めて作る薬だ。怪我などを治すことに特化しなければ多少の回復は見込めるだろう」

「そうは言っても最終的にはほとんど残らないんじゃ……」

 錬金の時に消費される体力のほとんどは薬に込められず、錬金をするためのエネルギーとして消費される。その上その薬を飲んだからと言って入っている体力をすべて吸収できるほど人間の身体はよくできていない。

「問題ない、ワタシの半分はエルフだ。エルフの体力還元率は相当なものだぞ」

「えっと……じゃあ」

 難しいことはよくわからないが

「俺がその錬金薬を作ればいいってことですか?」

「まあ、そうなるな……」

 この緊急事態だ。今回だけは成功率の高い方がいいだろう。

「内側に入る錬金をするので、入り込みすぎたら……お願いします」

「ダメだ。外側から錬金しろ」

「今はそんなことを言っている場合じゃありません!」

「アルスに感づかれる」

「え……?」

「外側からの錬金に比べて内側からの錬金は体力の消費が激しい。アルスはその気配に敏感だからな……やめておいた方がいいだろう」

 そういえばアルスは俺が錬金術師だということを見抜いていた。ならば先生の言っていることも真実なのだろう。

 と、いうことは……

「外側からの錬金じゃないとだめってことですか」

 我ながら情けない声に対して先生は自信のこもった声で返してきた。

「お前ならできる……やってみろ」

 先生の目は本気だ。

「素材はマンドレイクと……そこに生えている薬草がいい。あれは体力をため込みやすい」

「は、はい」

 先生の指示通り下処理を終わらせ、錬金の準備が整う。

「そんなに難しい錬金ではない……頼んだぞ」

 そういって先生は目を閉じる。体力も限界が近いようだ。

 キメラや獣がいるこの森で一晩を明かすわけにはいかない。俺は錬金石の指輪をはめて呟く。

「錬金……始めます!」

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