⑨
「あれが……錬金術なのか」
キメラから逃れ森を進んだ先、光源を見て俺は思わずそう呟いてしまった。
いつも見ている錬金薬学とはくらべものにならないほどの光の粒が発生し、その全てが消えることなく四方に広がっていく。
そんな光源の中心にはもちろんこの錬金術を行っている人がいるはずなのだが、中心は光が強すぎて人影がある事くらいしかわからない。
ゆっくりと近づいて行くがその人影は俺に気づいた様子もない。全く体が動いていないのだ。
唯一動いているのは口のみ。相当近づいたところでその呟くような声がようやく聞こえる。
「抽出……強化……結合……強化……結合……結合……」
しゃべりかけれるような雰囲気じゃない。どちらにせよ聞こえていないだろう。
少しの間その呟きを聞き、錬金を見ていると光が赤く染まり荒くなった光の隙間から術者が見える。
死人のように白い肌に虚ろな目、立てられた襟で顔の半分は隠れており彼が言葉を発する度に襟が小さく動く。髪は短いが触角のように飛び出た二本の癖っ毛は特別に長い、少しだけ見える腕は異様なほどに細いが恐らくは男性だ。
「結合異常……沈静を」
男が初めて口以外を動かす。男が開いた頑丈そうなコートの内側には植物や石などの素材が入った瓶が幾つもつけられていた。
「沈静……キボウシ」
その中から一つの植物を選んだ男がそれを錬金に混ぜ込むと光は赤みをなくし細かい粒へと戻っていった。
「結合……結合……強化……抽出……強化……結合……完了」
男の言葉と同時に光がはじけるように輝きを強めはじけて行った。
男の目の前には黒い翼の生えた犬のような生物。俺が以前襲われたキメラによく似た生物が横たわっていた。
「素材の採取をメインに、周辺の警護をしていろ」
その言葉を聞いたキメラはゆっくりと起き上がり……俺の方を向いて大きく吠えた。
「……待て」
俺に襲いかかろうとしたキメラを男が言葉だけで止める。男は表情を変えないまま見つめてきた。
「……警護のキメラはどうした?」
「えっと……匂いで退けました」
男は目を閉じて息を大きく吸う。
「匂い……なるほど、柑橘系か」
目を開けた男はコートから手帳を取り出して何かを書き始める。
「採取用の嗅覚が弱点となった、か」
「あ、あの……」
このまま書き続けてしまいそうな雰囲気だったので声をかけた。
「ん……すまない。人がいたのだったな。ちょうどいい」
「ちょ、ちょうどいい?」
「人を探している、少し聞きたい」
男は手帳から一枚の写真を取り出して俺に突きつける。
きれいな銀髪をした人がそこには映っていた。なんだか見覚えがあるな。
「この人は……」
俺が聞くと男は目を大きくしてグッと顔を近づけてきた
「キミア・プローション。錬金術……いや、錬金薬学師を名乗っているはずだ」
「キミア……プローション」
「そうだ。探している、なんでもいい、情報はないか」
さっきまで生気のなかった目に感情が宿っていた。どんな感情かわからないが気味悪さを感じた俺はとっさに嘘をつく。
「見たことないです」
襟をつかまれて引かれる。男の目が鼻の先までくる。
「なにか手掛かりは? お前は錬金術にかかわっているだろう?」
「なっ……」
なぜわかったんだ。錬金石はカバンの中にあるはずなのに。
「しかしまだ未熟だ。錬金術の気配が薄い……師がいるはずだ。師の名は?」
俺は少し考えて口を開く
「シャ、シャーリィさんと言います。本業は医者の錬金薬学師です」
男は俺から手を放して手帳の表紙に触れる。小さな光が漏れ、手帳が勝手に開く。
「ふむ。シャーリィ……」
男の目から生気が無くなる
「少し感情が高ぶっていた。感情は排除したはずなのだがな……失礼」
去っていこうとした男は少し歩いたところで振り返る。
「名は……いや、名乗るはこちらからか。アルス・マグナ。君の名は?」
「タカヤ……です」
「タカヤ、錬金薬学師か……記録しておこう」
アルスと名乗った男は手帳が一人でに俺の名を記入したのを確認した後、キメラを連れて去って行った。
「なんだったんだ……」
詰まりそうだった息を吐いてカプセルを開く。少し待ったがミズナギドリはこない。
「まあいっか」
あのアルスという男に先生を合わせてはいけない、なんだかそういう気がした。
俺は先生をいち早く見つけるべく、アルスとは違う方向に進んでいった。
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