見える姿はケロベロス。その背中に生えているのはカラスの黒い羽。

 まさに魔物である。

「赤き火種よ、疾風の後押しにてその力を発揮せよ! 扉よ開け、疾風バーナー!」

 相も変わらず微妙なネーミングセンスと中二病を発揮したアデルが二つのストックボックスを開く。

 片方から風がもう一方から火が同時に飛び出し、ガスバーナーのようになって獣の方へ飛んでいく。

「セルロースさんは大丈夫ですか」

「傷はたいした事ないですね、しかし……」

 シャーリィさんがセルロースさんの腕についた切り傷を見る。

「あの獣の爪には毒があるみたいです。症状は動けないほどの神経麻痺に筋力低下……恐らくシナヒガンバナと同じ症状です。すぐに処置をしなければ後遺症が残るかもしれない」

 ここへ来る途中にもヒガンバナらしき花は咲いていた。それが爪についていたのか……いや、今はそれどころじゃない。

「解毒は出来るんですか」

「吸着草を使った簡単な吸着剤で応急処置ができます」

「吸着草ならさっき採取してある。Dr.シャーリィ、ここでその薬は作れるのか!」

「応急処置なら大丈夫です。幸いな事に材料も揃っています」

「僕とタカで獣を引き受ける。Dr.シャーリィはその薬を作ってくれ!」

 アデルの言葉にシャーリィさんは首を横に振る。

「すいません……今の……今の僕には作れません」

「どういう事ですか?」

「薬が……つくれないんですよ」

 そう言ってシャーリィさんは手袋をはずす。

「Dr.シャーリィ、それは……」

 シャーリィさんの手の甲は焼けただれたようになっていた。

「あの一件以来薬を作ろうとすると手が震えて」

 あの一件と言うのは先日の錬金薬の事だろう。

「今の僕には薬が作れないんです……だから」

 シャーリィさんは俺に目を向ける。

「君に頼めないだろうか、タカヤくん。そう難しい薬じゃない」

「……へ? 俺?」

「キミアから錬金に必要な物は持たされているんだろう? タカ」

 少し考えて意味を理解する。

「む、無理ですよ! 前の錬金は先生と一緒だったから出来ただけで……」

「タカしかいない……やってくれ」

「いや、俺には」

 少しの押し問答の後、痺れを切らしたようにアデルが大声を出す。

「こんな簡単な錬金さえも避けていて……そんな根性じゃあガールフレンドを助けられないぞ!」

 アデルがストックボックスを扱って獣を遠ざける。

「セルロースを抱えてあの獣から逃げるのは不可能に近い……だがタカの錬金は可能に近い……僕はそう思っている」

 絶対出来ると言わない言葉の選択。それは俺へのプレッシャーを少し軽くした。

「……ダメ元ですよ」

「すいません、お願いします」

 歯がゆそうにそう言ったシャーリィさんは立ち上がり

「加勢します。これでも護身術の心得があります」

 と、ヤギとウサギ用に渡されていた鉄棒を構えた。

「今回の錬金に適した材料だという事はこのアデル・セルピエンテが保証しよう!」

「錬金薬としてのレシピも間違いありません」

 それだけ言い残した二人は獣の方を向く。

 目の前にあるのは外用のビーカーといつもの混ぜ棒。

 ストックボックスを開いていつもの液体を入れる。

「……よし」

 アデルから受け取った吸着草、シャーリィさんから貰った他の薬草や薬の材料を液体に入れ、混ぜ棒で混ぜて溶かす。

 後は、錬金だ。

 シャーリィさんの錬金石があればよかったのだが、今は俺が持つ小さいものしかない。

 いや、違うな。これくらいの錬金はこの錬金石で出来なければ意味が無い。

 深呼吸をして錬金石をかざす。

 液体が光り、動き、錬金が始まる。

 光の加減に合わせて入れる体力を調整し、分解した素材を結合させていく。

「絶対に成功させてやる……」

 覚悟を呟きにした瞬間頭が切り替わった。

 今までに無い感覚、まるで俺自身が錬金されているような……

「いける……出来る!」

 そのまま俺は錬金に入っていき……

「タカヤさん! 歌です!」

 シャーリィさんの叫びで錬金から強制的に出された。内にいた錬金を外から見る。

「うわ!」

 液体の渦が激しくなり溢れそうなくらいになっていた。

 歌……ごはんの歌だ。

 俺はごはんの歌を呟きながらそれに沿って体力を入れ込む。

「赤子泣いても蓋取るな……!」

 体力の光が宙を舞い、液体の渦が無くなったと同時に錬金石の光が消える。

「出来た……シャーリィさん!」

 出来た薬をシャーリィさんに渡す。

「問題ない……と、思います」

「はい、このままでは苦すぎるので香料を入れて飲ませてください」

 言われた通りに香料を混ぜてセルロースさんに飲ませる。

「ん、身体が動く……」

「セルロースさん!」

 成功だ! 俺は錬金に成功したんだ!

「ありがとう……いや、おめでとう。タカヤくん」

「ありがとうございます、シャーリィさん」

「喜んでいる所悪いがお三方」

 アデルが俺たちの言葉を遮った。

「ストックボックスが残り一つとなってしまった」

「……え?」


 *


「火が当たったところで意に介さないのだ。あの獣は」

「火が効かないって事ですか?」

 アデルは頷いて続ける。

「しかし火を飛ばせば本能なのか避けはする。恐らく皮膚には耐火性があるが……内側には効くのだと思う」

 と、いう事は

「あの獣の不意を突いて口の中にでも火をブッ込めばいいのね」

 セルロースさんが少しよろめきながら立ち上がる。

「危ない!」

 それまで様子を見ていた獣がセルロースさんに襲いかかり、それをシャーリィさんが鉄棒で受け流す。

「この獣……シャーリィさんを」

「シャーリィ、何かしたのかい?」

「何もしてないわよ! こんなやつ見た事無い」

 何故シャーリィさんが狙われるのか。それを解決しないとここから逃げたとしても終わりにはならない。そんな気がする。

 今まで狙われたのはシャーリィさんとアンゴラヤギとアンゴラウサギ。なにか共通点が……?

 俺もアデルも鉄棒を構えているが、獣が狙うのはシャーリィさんばかりだ。

「シャーリィ、君はとりあえずその毛の中にでも隠れていたまえ」

「それ意味あるの?」

「あの獣に知能が無ければ目は隠せる。……恐らく知能はあるだろうがね」

「駄目じゃない。一応するけど」

 するんかい……ん?

「セルロースさん! 駄目です!」

 俺は叫んでセルロースさんから毛を取り上げる。

 取り上げた拍子に数本の毛の束が宙を舞い、獣がそれを目掛けて飛んできた。

 毛の束を口に咥えた獣は真っ直ぐと俺を見つめる。

「あまり不用意に動くな! 狙われるぞ!」

 違う、狙われているのは動いたからじゃない。

「アデル、ストックボックスを用意してくれ……あいつはこの毛を狙っている」

「了解だ!」

 アデルがストックボックスを取り出したのを見て毛の束を宙に投げる。

 獣は俺たちを無視して幾つかにわかれた毛の束を目で辿り、突進をした。

「お前が咥えるのはこっちだ!」

 アデルが毛の束を咥えようとした獣の口にストックボックスを突っ込む。

「扉よ開け……メラメラ!」

 耐火性の無い内側に火を喰らった獣は口や羽を燃やしてのたうち回り……息絶えた。

「……やったぞ」

 アデルがそう呟くと同時に皆は歓声をあげた。

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