広がる原っぱ、その中を駆けるウサギとヤギ。

「ここはセルロースさんの土地なんですか?」

「うん、ここら辺は土地が安いのよ」

 来る途中、セルロースさんに見つかって連れてこられたアデルも会話に参加する。

「Dr.シャーリィも店の土地を契約では無く購入したらどうだい?」

「……Dr.シャーリィ?」

 普通の会話だが三人は大声で話している。

 その理由は……凄まじく煩いウサギとヤギの鳴き声のせいだ。

「俺、帰ります」

「ここまで来てそれはないわよねー?」

 セルロースさんに肩を掴まれて止められる。くそ、凄い握力だ。

「あれを抑えるとかホント自殺行為です。あんなのコカナシでも厳しいですよ」

「コカナシちゃんにあんな危険な事させないわよー。コカナシちゃんはあたしの癒し枠」

 今危険って言ったぞ!

「タカヤくん、やるしかないよ」

 何故シャーリィさんはやる気なんだ。

「やるしか無いぞタカ。セルロースからは逃げられない」

 アデルは諦めモードだ。

「…………」

 やるしか……無いのかぁ


 *


「ちょ、噛みにきてる! 噛みにきてますって!」

「こ、こっちにやるなタカ!」

 押さえつけているアンゴラヤギが俺とアデルを見て歯をカチカチと鳴らしている。

「ちゃんと抑えてて! 怪我でもさせて凶暴になったら狼より怖いよ!」

「なんでそう怖い事言うんですか!」

「皆さん! そっちに数頭行きます!」

 シャーリィさんの叫びを聞いてセルロースさんが毛を刈るのを止める。

「限界か……タカヤくん、毛を持って離脱!」

「え……うわぁぁ!?」

 数頭のアンゴラヤギがこっちに向かって走ってきた。

「なんであんなに凶暴なんですか!?」

 シャーリィさんが今吹いている笛の音色にはアンゴラヤギとアンゴラウサギを大人しくさせる作用があるって聞いたんだけど!?

「限界があるに決まってるでしょ! シャーリィくんは上手い方よ!」

「そんなの聞いてない!」

 シャーリィさんは器用に笛を吹きながら徐々に後退している。向こうのウサギとヤギはおとなしい。

 一方こっちのヤギは俺たちを完全に敵と認識したらしく、迷いなく真っ直ぐに追いかけてきている。

 その上笛の効果が無くなったヤギが次々追加されてきている。何故近いシャーリィさんの方に行かないんだ!

「どうするんですか、これ!」

「逃げるしかないわよ!」

「アンゴラヤギとの体力勝負だ! 体力トレーニングには持ってこいだぞ!」

「こんなトレーニングいらねえー!」

 叫んで振り返るとヤギとウサギが……いない?

「あれ? 体力勝負終わり?」

 そういう訳ではないらしい。さっきまで俺たちを追いかけていたウサギとヤギは真反対の方向に走って行っている。

「何かから逃げているようだな」

「あ、あのヤギが逃げるって……肉食獣とかですかね」

「いや、ここら辺の肉食獣はアンゴラヤギとアンゴラウサギの恐ろしさを知っているからここには近づかない筈だけど……」

 セルロースさん、貴方はどれだけ恐ろしいのを飼っているんだ。

「じゃあ何が……」

「皆さん! 離れてください!」

 笛を吹くのを止めたシャーリィさんがこっちに向かって走りながら叫ぶ。

 シャーリィさんの後ろで何かが宙を舞った。

 辺りに赤い液体を撒き散らしながら地面に叩きつけられたのは何かから逃げ損ねたアンゴラヤギ。

「セルロース、なんだアレは」

 アデルの言葉に全員がその何かを見る。

「狼……いや、野犬? 違うな……」

 アデルの言う通りそれは狼でも野犬に似ているが、そうではない。

 毛が一本も生えていない硬そうな身体に悪魔のようにほそい尻尾。

 二つの牙は口を閉じれないほどまでに大きく、爪は小さいものの先が注射針のように鋭い。

 頭は一つだが、黒い身体も相俟ってケルベロスを彷彿とさせる獣だった。

「ここにはこんな獣がいるんですか!」

「あんなの僕も初めてだ! なんだアレは!」

「鉄塔に逃げれば大丈夫な筈よ! アデル、足止めして!」

「了解!」

 アデルはここにくる途中で採取していた植物を手動ミキサーのようなものですり潰す。

「焼けるような植物よ、風に乗って我が敵に届け!」

 こんな時まで中二病を発揮したアデルがすり潰した植物を獣に投げる。

 植物は風に乗って獣の元に届き、獣がその場で立ち止まる。

「かえん草、あれから出る液体は空気に触れると熱を持つんだ」

 シャーリィさんの説明で納得する。そんなものが目に入ったらたまったもんじゃないだろう。

「早く上がって!」

 セルロースさんに手を引かれて鉄塔に登る。鉄塔というか高床式住居の超高い版みたいな感じだ。

「ここまで登れる獣はいない筈よ」

 最後に登ってきたシャーリィさんがセルロースさんの手元を見て目を丸くする。

「セルロースさん、それ……」

「ん? アンゴラとモヘアだけど?」

「いやぁ、あの状況でそれを持ってくるとは」

 俺とアデルが早々に捨て去ったそれは獣のおもちゃにされている。

「あー、折角の上物が」

 そう言って恨めしそうに獣を見るセルロースさんの肩をアデルが掴む。

「おい、今行こうとしなかったか?」

「い、嫌だなぁ。ここで獣がどっか行くの待っていればいいんだか……」

 声が途切れ、セルロースさんが力を奪われたように倒れこむ。

「え……セルロースさん?」

 駆け寄ろうとした俺とシャーリィさんをアデルが止める。

「ちょ、アデル!?」

「状況をよく見るんだ!」

 アデルがストックボックスを持って宙を睨んでいる。

「う、嘘……なんですかあれ」

 シャーリィさんの呟きを横で聞きながら俺は言葉を失っていた。

 さっきまで下にいたはずの獣が目の前にいる。

「黒きカラスの濡れ羽……あの獣は何者だ」

「わからない、わからないけど……一つわかるのは」

 獣が飛んでいる、それだけだった。

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