森の木々を草を掻き分けるような動作でなぎ倒し、巨大マンドレイクは目的も無しに駆け回っている。

「あれが町のほうに行ったら中々の被害だろうな」

「あれ、毎年出るんですか?」

「いや? あんなのは初めてだ」

そう言って先生は回れ右。……ん?

「ちょ、こっちに来てる!?」

「逃げるぞ」

俺も回れ右。

しばらく走ってマンドレイクが走るルートからはずれ、ようやく一息つく。

「先生、コカナシがいません!」

「コカナシはマンドレイク捕獲に向かった」

「はぁ!?」

巨大マンドレイクに挑む屈強な男たちの中にコカナシも混じっていた。

コカナシは一番太い根を見つけたみたいだが……それは一番上の根、どうやら皆届かないらしい。

「生け捕りは難しそうだな」

「そのようだ」

先生の呟きに答えたのはいつの間にかいたアデル。……皆アレを生け捕りする気だったのか。

「僕の魔法で燃やしてしまおうか」

「いや、燃やしたとしてもしばらく暴れるだろうから二次災害が起きてしまう」

「ならば誰かが動きを封じて……ダメか、その誰かも燃えてしまう」

そりゃそうだろ。

「あの根は高いし太いし、掴めそうにないな。 だから……」

先生はいたずらな笑みを浮かべて自信満々に言った。

「薬にしてしまおう」



「あ、あんな大きいモノを錬金するんですか!?」

「ああ、錬金は素材を分解するからな巨大錬金釜を使えばなんとかなるはずだ」

先生はコカナシを呼んで錬金の準備を始めさせた。

「あれほどのマンドレイクだ。錬金に使う体力も相当なものだろう。だからお前にも手伝って貰うぞ」

「何をすればいいんですか?」

「錬金だ」

数秒の沈黙。

「……は?」

「だから、お前もワタシと一緒にアレを錬金するんだよ」

「いやいやいや! ビーカーサイズの錬金すら失敗してるんですよ、俺!」

「ワタシと一緒にやるんだ、失敗はしない」

「いや、でも……」

「うるさい、準備を始めるぞ。あとアデルお前にも頼みがある」

「おお、キミアが仕事以外で頼みとは珍しい。なんだい?」

「マンドレイクをひきつけといてくれ」

笑顔でそう言った先生はアデルに何かを付けて背中を押す。

「ちょ、キミアさん?」

「今付けたのはマンドレイクが好む栄養をたっぷりといれた玉だ。ほら、逃げないと襲われるぞ」

先生が指した先から無数のマンドレイクと巨大マンドレイクが走ってくる。

「うわわわ……光のように走る! マタタキブーツ!」

叫んだアデルの靴からタイヤが出てくる。

「様々な環境で使えるローラーシューズだ」

聞く前に先生の解説が入る。

マタタキブーツって……やっぱりこいつのネーミングセンスはどこかズレている。

「コカナシが植物用溶解液を用意しているからお前は倉庫から蒼耳子とオオバコを取ってコカナシに渡せ。数量はここに書いてある」

「それはいいんですけど……やっぱり俺が錬金に加わるのは」

通常の錬金が失敗してもビーカーが割れるくらいだが、今回の巨大錬金釜が割れたりしたら……それこそ怪我人がでる。

俺の言葉に先生は溜息をつく。

「お前が出来ていないのは仕上げだ。本当はお前自身で気づくのが一番なんだが……コツを教えてやる」

「は、はい」

「コツと言うのは体力を入れる量。『ごはんのうた』でやればいい」

「……はい?」

「有名だろ……ああ、そうだったな」

そう、異世界からきた俺がこっちで有名な歌を知っている筈がないのだ。

「仕方ない、簡単だから覚えておけよ」

そう言って先生が歌ったのはまさかの俺もよく知っている歌だった。



「じゃ、錬金の準備をしてこい」

改めて覚え直す必要のない歌のレッスンを終え、俺は錬金素材を取りに向かった。

家の離れに素材用の建物はあり、家より大きいんじゃないかというほどの大きさである。

「えーっと……ここだ」

ならぶ扉の中から『薬草倉庫』とかかれた扉の前に立つ。

この小屋には智野が眠っているポッドを保管している冷凍室なんかもにも繋がっている。

どこも綺麗に整頓されており、最初に覚えさせられたのは倉庫内の分類だった。

だいたいの場所は覚えたが……一つだけ中を知らない部屋がある。

それは最奥に位置する部屋で、扉にあるプレートには何も書いていない。

先生しか入ってはいけない場所のようで、何も教えて貰っていない。

中にはなにが……

「おっと」

また軋む音が聞こえて思考が途切れる。そうだ、早く薬草を取ってこなければ。

「軋む音って事はそろそろネズミ捕りを変えなきゃかもなー」

独り言を言いながら幾つかの麻袋に蒼耳子とオオバコを入れる。

「タカ、手伝いますよ」

いつの間にかそこにいたコカナシが麻袋を幾つか担いで部屋を出る。

麻袋を担いで隣に並ふ。

「そういえばコカナシは錬金できるのか?」

「出来ませんよ。私はあくまでサポートです」

「へえ、色々出来るから錬金も出来るかと思ってた」

そこで会話は途切れ、数秒間聞こえるのは俺たちの足音だけになる。

「それに、私がしたいと願ってもキミア様は許可してくれないですよ」

思わず漏れた呟きのように小さいその声は何処か寂しげに聞こえた。



「アデル、そいつを連れてこい!」

「後で、覚えて、おけよ……」

死にそうな顔でローラーシューズで逃げているアデルが巨大錬金釜に向かってくる。

「とびとびワイヤー!」

巨大錬金釜にぶつかる直前、アデルがそう叫んでワイヤーを近くの木にひっかけて飛び上がる。あいも変わらず名前はダサいがやっている事は中々凄い。

アデルを追っていた巨大マンドレイクはもちろん飛び上がる事は出来ず、錬金釜に入りこむ。

「コカナシ!」

屋根の上にいたコカナシが錬金釜のフタを押し、それが巨大マンドレイクの上に被さる。

「いくぞタカ!」

「は、はい!」

錬金石を向けると錬金釜が強く光りだした。

ビーカーでする錬金より体力が奪われていくのがすぐにわかる。

「少し抑えろ、八割ほどはワタシだけで問題ない」

先生に言われるがまま体力の入れ具合を抑える。

これは……きつい。全力疾走をしているようだ。

数分経ったくらいで釜の光り方が変わる。

「仕上げに入るぞ、言葉に出しながらやれ!」

すでに息はあがっている。声を出すような余裕はなく、口だけを動かして先生に続いて口にする。

それは元々俺がいた世界でも有名だった覚え歌。

「はじめちょろちょろ……」

先生の言葉に合わせて入れる体力を調整する。釜の光り方が変わったところで二段階目。

「……なかぱっぱ」

少ししてまた光り方が変わる。

「赤子泣いても蓋取るな」

覚え歌が終わると同時に釜から光の粒が飛び出す。

「完成だ」

その言葉を聞いて気が抜ける。

無我夢中で感じていなかった疲れが一気に身体にのしかかり、俺は座り込んだ。

「成功だ、よくやった」

「おつかれさまです」

栄養ドリンクのような何かを飲まされた後、コカナシに運ばれる。

少し汗をかいていたが、先生は元気そうだった。

「……情けね」

まだまだ足りない体力に失笑する。

「よくやったほうではないですか? 体力も力もついているかと」

コカナシにしては素直な褒め言葉を聞いた後、俺は意識を手放した。

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