錬金薬学の第一歩

「さあ走れ友よ! 夕日を目指して!」

「今は朝だ……」

 疲れるからあまりツッコミの必要な会話は避けてほしい。

 死にそうになりながら走る俺の横ではアデルが笑いながら走っている。たまにくるりと回るほどの余裕ぶりだ。

 ……何故回る。

「はい、今日はここまで!」

「……終わっ、たぁ」

 二週間ほど前から俺の体力トレーニング指導者はアデルになっていた。

 先生は毎年一定の時期に流行る風邪の薬を作るのに忙しいようだ。

「……雑貨屋は大丈夫なのか」

「うむ、この時間は使いの者が雑貨屋を受け持ってくれている」

「使いの者? 誰か雇ってんのか?」

「その通りだ。 さすが僕の同志、僕の言葉がわかるか」

「同志じゃない」

 アデルから水を貰って飲んでいると、次はアデルが切り出した。

「いくら錬金医学が体力を使うからってここまで体力トレーニングをする必要があるのかい? 普通に村とか町の錬金医学師になるのなら錬金の練習をしていれば体力トレーニングは充分だと思うが」

「ああ、それは……」

 俺はアデルに異世界関係を抜き取った智乃の事を話す事にした。


「な、なんと。なんとすばらしい!」

 アデルは目に涙を溜めて俺の手を握る。

「友よ、このアデルも力になろう! 正直面倒だと思っていたが体力トレーニングも続けよう!」

 本当に正直に言いやがった。

「やっぱり今まで通り毎日走るのか」

 流石にうんざりしてきた俺は暗に他の方法がないかと尋ねた。アデルは人差し指を立ててそれを左右に振る

「ノンノン。今週末、体力トレーニングにうってつけのイベントがある。それまでは休息、錬金の練習のみにしよう」

「イベント?」

「春と秋の終わり……マンドレイクの名産地であるこの地『アルカロイド』のお祭り……」

 アデルはよくわからない動きをした後に謎のキメポーズ。

「そう! 『リーフ・デ・オーベル』があるのだよ!」

「リーフで?」

「リーフ・デ・オーベルだ、僕はこれから用事があるからキミアに聞いて見るといい」

「はあ……」


 *


「ああ、マンドレイク大収穫祭だな」

「収穫祭?」

 なんだか一気に現実的な祭りになったな……

「マンドレイクの毒は枯れる直前、夏と冬の始めになるとほぼ無毒と言っていいほどまでに薄れるんだ」

「それで収穫祭ですか。アルカロイド中に根が千切れる音が響くんですね」

「いや? マンドレイクを抜くことはしないぞ?」

「え? 収穫祭なんじゃ……」

 先生はパスタを噛みながら食べた後、フォークをくるりと回す。

「枯れる直前のマンドレイクは自分から地上に這い上がり徘徊するんだ」

「あ、歩くんですか」

「歩くというより走ります」

 先に食べ終わり、食後のコーヒーを淹れてきたコカナシが答える。

「だからマンドレイク収穫祭は体力勝負ですよ。切ってしまえば簡単ですが生け捕りの方が良いですからね」

「生け捕りってどうすんだよ」

「動く根の中で一番太いモノの付け根を掴むんだ。そうすれば仮死状態になる」

「…………」

 わけがわからない。マンドレイクは植物の筈なのに……これではまるで獣じゃないか。

「ところで、あれは何ですか?」

 俺は窓の外のある物を見ながら切り出す。

「巨大錬金釜だ」

「なるほどなるほど……大きいですね」

「巨大錬金釜だからな」

 俺たちが見ている錬金釜、大きさは家で使う子供用プールくらいのモノを深くしたような感じだ。

「いままでどこにあったんですか?」

「地下倉庫。空気注入式だから折りたたんで入れていた。もちろん溶解液で分解されない素材で作ってある」

 ここまでくると最早プールだ。

「で、なんであんな大きい錬金釜を?」

「この時期に流行る風邪のための薬を作る為だ」

「その風邪って毎年流行るんですか?」

「そうだな。マンドレイクが最後の繁殖の為に出す絞り花粉が影響して起こる鼻炎がな」

「はあ……」

 なんだか花粉症の様な症状だな……


 *


「はい、失敗」

「すいません」

 目の前には真っ黒に染まった溶解液が……

「まあ、そんな簡単に薬を作れはしない」

「はい……」

 あれから数日、未だに錬金薬学は成功していない。

「錬金練習は終わりましたか? では次はこっちです」

「……はい」

 加えてコカナシによるマンドレイク生け捕り訓練まで行われ、体力トレーニングがいらないくらいの体力を使っていた。


「何度もいいますが太い根を見極め、その根元を掴むのが目的です……明日が本番です、備えて今日は終わりにしましょう」

「やっと終わったか」

「終わっていません、明日が本番です。春終わりのマンドレイク収穫祭は夏の家計に影響します」

 ここでコカナシの声が低くなる。

「特に今年はタカの分が増えて火の車なので……本気で行うように」

「……は、はい」

 目が、目が本気だ……


 *


「リーフ・デ・オーベルの参加者よ! よくぞ集まった!」

 森の中に作られた特設小テージの上に立つアデルの声がマイクを通して増幅される。

「マンドレイク収穫祭だろー!」

「うるせぇマイク要らず!」

 飛ばされる野次はアデルの雑貨屋などでよく見るアルカロイドの人たちのモノだ。

「見かけない人も多いですね」

「マニアックな祭だが、漢方薬師とか料理人からすればマンドレイクが安く手に入るかもしれないチャンスだからな」

「あと、面白全部の人も多いですよ」

「なるほど」

 納得した俺の服をコカナシが引っ張る。

「参加費分じゃ足りません。自分の生活費を稼ぐと思って、本気で」

 昨日からコカナシの目が怖い。

「コカナシはマンドレイク収穫の達人だ。そのコカナシから修行を受けたなら人並みにはなっているだろう」

「バトル漫画か何かですか」

「まあ、とりあえず頑張るんだな」

 先生が言い終わると同時にアデルがほら貝の笛を鳴らす。

「リーフ・デ・オーベルの開催だぁ!」


 *


 まるで叫び声のような甲高い音が鳴り響き、それを発しているモノがこちらに向かってくる。

 真ん中辺りにある二つの窪みはまるで……

「先生、目、目がありますよ! しかも叫んでる!」

「目は動物のように発達していない、障害物が黒く見える程度だ。叫び声は枯れかけの根の音だ」

 淡々と説明した先生は皮の手袋を着けてマンドレイクに向かって走り出す。

「最初は私と共に来てください。タカをサポートするくらいの余裕はあります」

 そう言いながらコカナシは近くを走っていたマンドレイクの根を掴む。

 根を掴まれたマンドレイクはまるで人形ようにパタリと倒れる。

 マンドレイクの大きさは大きいもので一メートルくらいだが……その大きさの植物的なものが走ってくるというのは結構な恐怖だ。

「私より小さいし力も弱いでしょう! 早くやってください!」

「そ、そうは言ってもだな」

 闇雲に走るマンドレイクの根は多く、太い根がどれかわからない。

 その上暴れるマンドレイクの根が鞭のようになって地味に痛いのだ。

「それは左の上から二番目!」

「なんでお前はそんな簡単にわかるんだよ!」

「達人ですから」

 ドヤ顔のコカナシは片手二匹、両手で四匹のマンドレイクを同時に仕留めたりしている。

「今年は大きいサイズが多いな……コカナシー」

 大量のマンドレイクを包んだ風呂敷を背負った先生がよろよろと歩いてくる。

「はい、任せてください」

 呼ばれたコカナシは風呂敷を軽々と持ち上げ、家の方向に向かった。

「どうだ? 少しは捕まえれたか?」

「コカナシが太い根を見つけてくれるので何とか……」

「ちょっと見せてみろ、傷を見てやろう」

「お願いします」

 俺は擦りむいた右肘を出す。

 先生は横を通り過ぎ、俺が仕留めたマンドレイクを手に取った。

 ああ、マンドレイクの傷ね……

「……ほう」

「な、何か間違ってました?」

「いや、最初ならこんなものだろう」

 先生は手に取ったマンドレイクの葉にペンで印をつける。

「これが一番綺麗だ。これを目指して後は一人で動け」

「ええ! まだ無理ですよ!」

「コカナシがサポートに回ってると効率が悪い、あいつはこのイベントの稼ぎ頭なんだ」

「あー……了解です」

 先生を見送った後、マンドレイクをリュックに入れ一人歩き出す。

「皆の者! 緊急事態だ!」

 アデルの叫び声で出鼻が挫かれる。

「なんなんだよあいつは……」

 また中二病発言かと思っていたが、アデルが鳴らしたホラ貝の音に周りの人も戸惑っている。どうやら本当に緊急事態のようだ。

「巨大マンドレイクが発見された! 全員力を合わせて討伐せよ!」

「また大袈裟だな……」

 そんなゲームの大型ボスみたいに……

「いえ、大袈裟ではありません」

 いつの間にか横にいたコカナシがそう言って前方を睨む。

 コカナシの見た方から多くの人が逃げるように走ってくる。

「来ますよ……」

 コカナシの呟きと共に、巨大マンドレイクは現れた。

 前述の通り、通常のマンドレイクは約一メートル。対して巨大マンドレイクの大きさは……

「ま、まじかよ……」

 三メートルくらいだったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る