⑤
「ハチダイコンは少量と言っただろう!」
「少量ってどれくらいか具体的に言ってくださいよ! 大匙とか小匙とか!」
「少量は少量だ! 今のは修正が効くから次に行け!」
なぜこんな感じで薬学に携われるのか……そんなことを考えながら本のページをめくる。
「次はマンドレイクの根を切って……入れる、と」
「あ、バカ!マンドレイクの根を入れる時は完全に止めてからと言っただろう!」
「え、あ!」
マンドレイクの根は切り離された後でもトカゲの尻尾のようにしばらく動き続ける。つまり……
「うわわわわ!」
マンドレイクの根が動き回って中の液体を撒き散らすのだ。
「ああもう! さっさと分解してしまえ!」
「わ、わかりました」
慌てて俺は白い混ぜ棒で液体をかき混ぜる。
この液体と混ぜ棒に使われている石が混ざると化学反応を起こし、液体が溶解液になるのだという。
この溶解液を使う事で素材を全て溶かしてしまうのが錬金手順の始めだ。
溶解液となった液体は暴れ回るマンドレイクの根を溶かしていく。
「ほら、溶けたら次はどうするんだ」
「えっと、次は……」
ビーカーに蓋をして手を当てる。
右手にある指輪の石と液体が淡く光りだす。
この指輪は錬金石、術師の体力を錬金対象に込め為の物だ。これによって薬学は錬金薬学へと完全に移行する。
因みにこの錬金石も科学的なものらしい。
「気を抜くな。お前レベルだと余分な体力まで持って行かれるぞ」
「は、はい!」
体力を込めるもの簡単ではない。少しでも多くと貪欲に体力を取ろうとする液体から体力を護らなければならない。
かといって護りすぎると錬金は成功にならない。
錬金薬学で一番重要なのは最低限の体力で錬金を成功させる事らしい。
ビーカーの中の液体が渦巻き、光が漏れ出す。そのまま液体は少しずつ減っていき……完成となる。
「ふぅ……」
「まだ終わってないぞ!」
「え?」
先生の言葉に驚きビーカーを見る。
俺の錬金石と液体が強く光り、減っていた液体が増えていく。
「ちょ、なんだよ」
「伏せろ! 破裂するぞ!」
先生に押されて床に頬がつく。テーブルの方で小さく破裂音が鳴り、目の前の床にビーカーの破片が突き刺さる。
「ひっ……」
「体力を取られすぎだ! 最後まで気を抜くな!」
「……すいません」
なんとか立ったが疲労感が凄い。まるでマラソンをした後だ。
「片付けをして今日は寝ろ、液体はすぐに蒸発するから触るなよ」
「はい……」
先生が部屋から出た後、俺は小さくため息をついて片付けを始めた。
*
「お前、体力ないな」
翌日の朝、食パンを齧りながら先生が俺に言う。
「え、まあ……はい」
元の世界でも基本的にインドア、バイトはしていたがそこまで体力を使うものでは無かった。
「失敗して体力を多く取られたとはいえ、あそこまで弱るのは体力がなさすぎる。最終目標の錬金術をする時に生命力を余分に取られるぞ」
「え、そうなんですか」
「ああ、錬金術は生命力を使うが幾分かは体力で補う事が出来る。それには高度な技が必要になるが……今のお前の体力は錬金医学としても論外だ」
散々な言われようだが反論の余地がない。俺は無言でコーヒーを飲む。
「だから今日は体力トレーニングをする」
「……え?」
「運動だ。少し遠い所に採取しにいく。コカナシも来い」
先生の呼びかけにコカナシは嬉しそうに空き皿を回収していく。
「了解です、キミア様」
すっかり慣れた森の中を歩きながら、先生にぴったりとくっついているコカナシに話を振る。
「コカナシは体力あるのか?」
「ありますよ。キミア様はより体力があります」
「体力はワタシの方が上だが、単純な力で言えばコカナシのほうが相当上だぞ」
そういえば最初に会ったとき智乃がはいったポッドを軽々と担いでいたな。
……あのポッド結構重いはずなんだけどな。
「私としてはタカの体力の無さに驚いています。今日も生きて帰れるか心配です」
「そんなところにいくのか」
「生きて帰れるかは冗談だが、体力的にはワタシも心配ではあるな」
「これ、何処に向かってるんですか?」
コカナシが振り返って悪戯な笑みを浮かべる。
「山、ですよ」
「……え? 山」
うふふ。と笑ってコカナシは前を向く。まてまて、山? 今から山に登るのか?
「そこまで大きくはない。ただ採取も兼ねるから体力は使うぞ」
*
数時間後、俺はコカナシと遭難していた。
「なあ、お前先生にずっとくっついていなかったか?」
「はい、その通りです」
「なのに何故お前も一緒に迷ってるんだ?」
コカナシは真顔のまま首を傾げる。
「少し珍しい植物を見つけたので、ほんの少し離れていただけなのですが」
「うん、それが理由だな」
コカナシは傾げた首を戻して俺に問う。
「そういうタカはどうして迷っているのですか?」
「お前がいたから大丈夫だと思って採取してた」
「なるほどなるほど、とりあえず歩きましょう」
先導しようとするコカナシの手を掴む。
「まて、今こんなところにいるのはお前が先導したからだ」
「でもタカはここに来るの初めてですから。私は何度も来ています」
「その言葉を信じてさっき頼んだ結果がこれだよ!」
見渡す限りの植物。それは迷う前からそうだった。しかしどうだ? 今目の前には道どころか獣道すらない。
コカナシが草を掻き分けながら進み始めた時点で止めるべきだった。今となっては元の場所に戻ることすら不可能だ。
「お前、方向音痴だろ」
「いえ、違います」
「目を合わせろよ」
「何故好きでもない異性と目を合わせなければいけないのでしょうか?」
「…………」
「…………」
少しの沈黙。
「とりあえず次は俺が先導する。川でも見つけて川沿いに歩くぞ」
「超古典的な方法ですが……わかりました、任せましょう」
「…………」
なぜこいつはこんなに偉そうなのだろうか?
「…………」
「…………」
俺とコカナシは無言で歩き続ける。
「静かなところでいると時間が長く感じるので、何か話してください」
何かって言われてもなぁ……
「そういやコカナシは小人族とのハーフって言ってたけど、先生は普通に中性族なのか?」
「話してと言ったのに質問ですか……まあ、いいでしょう」
コカナシは歩きながら口を開く。
「キミア様はエルフと中性族のハーフです。あと、私は小人族と巨人族のクォーターです」
「へえ….…え? この世界エルフとかいるの?」
「私に関してはスルーですか」そう言った後にコカナシは続ける。
「エルフは殆どいませんね。純粋なエルフに限定すればいるかどうかも怪しいです。因みにエルフ族というのは間違いです。エルフ種となります」
「どう違うんだ?」
「私は人間種、小人族と巨人族のクォーターです。キミア様はエルフ種と人間種のハーフとなります。因みに獣人は人間種と獣種のハーフになります」
コカナシは得意げに続ける。
「どちらも一般的になるまで広まったので略称としてハーフエルフ、獣人となったのです。以上」
講義はここで終わりと言うかのようにコカナシは手を叩く。
「ちょうどいい具合に水の音が聞こえてきましたよ」
「ん? 本当だ」
耳をすますと右の方から水の流れる音が聞こえる。
「このまま川を辿れば人のいる所には辿り着くはずだ」
草を掻き分けて水の音のする方に……
「……うわ」
そこにいたのは用をたしている男の人。
しかも知り合いである。
「おや? そこにいるのは僕の同志じゃないか。これまた恥ずかしいところを見られてしまったね……ぐほぁ!!」
ヘラヘラと笑うアデルの腹にコカナシの容赦ないドロップキックがクリーンヒットする。
「ちょ、キミアのとこのメイドちゃん。それは酷くないかい」
「その不潔な手を付けたまま近づかないでください。近づくならその手を切り落としてください」
「コカナシちゃん、悪態をつくのが上手くなったね……」
落ち込んでいる様子のアデルの背中には大きな籠があり、植物が少しだけはみ出している。恐らく採取をしていたのだろう。
「俺たち迷ってるんだけどさ、もしかして道分かる?」
「ん、そういうことか。もちろん分かっているさ、君たちの家まで案内しよう」
その言葉に俺とコカナシは安堵の溜息をついた。
*
「意外と早かったな」
家の扉の向こうに先生は座っていた。
「先生、戻ってたんですか……」
「いい運動になっただろう?」
「キミア様、その口ぶりからして……わざとですね?」
「その通りだ」
先生は悪びれもせず言い放つ。
「キミア様、タカは体力が必要ですが私も迷わせる必要ななかったのでは?」
「ああすまん、タカを迷わせる為に必要だったんでな」
「酷いです!」
「まあまあ、今度二人で一緒にお前の服でも選びに行こう」
「許します!」
「よーし、コカナシから風呂に入ってこい。因みにワタシはもう入った」
「はーい」
機嫌よく風呂場に行くコカナシ。残ったのは泥だらけの俺と綺麗な先生のみ。
「その服で座るなよ」
「分かってますよ。それにしてもコカナシ……ちょろすぎないですか?」
先生は風呂場の方を見てため息をつく
「上辺では、な」
「……は?」
「コカナシはまだワタシに心を開いていない。お前に対しての方が心を開いているくらいだ」
「そんな事は無いと思いますけど」
「…………」
少しの沈黙の後、先生が珍しくふざけていない溜息をつく。
「そうだな。心を開いていないのはワタシの方か」
「……?」
「まあ、これは分からなくていい話だ。ワタシにも分からないのだからな」
「先生……」
続く言葉は思いつかず少しの間、また沈黙が生まれる。
「いいお湯でした……次どうぞー」
早風呂のコカナシが扉を開けて入ってくる。
「よし、入ってこい。コカナシ、小腹がすいたし何か食べようか」
先生が手で合図を出してくれたので俺は風呂場に向かう。
「菓子を出すから飲み物を頼む」
「これには紅茶が合いますね…….あ、タカ」
「んー? なんだ」
「湯船のお湯は抜いて置きました。私の後にタカが入るのはなんだか気持ち悪かったので」
「…………」
いや、湯船に浸かる気は無かったからいいけどさ……
俺は様々なモヤモヤを抱えて、風呂に入った。
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