④
「お帰りなさい、キミア様!」
ドアを開けるなりコカナシが俺を突き飛ばし、後ろにいた先生に飛びつく。
「うっ……あいも変わらず元気だな」
「コカナシは一人で寂しかったです。頭をナデナデしてください」
「たった数時間だろう」
仕方ないという様子で先生は頭を撫でる。
「一人が寂しいならタカを置いていこうか?」
「いえ、必要ありません」
うっとりとしていたコカナシの顔から感情が消える。
「大体この人がここに住む事になったせいで私とキミア様のラヴラヴ同棲生活が台無しに……食事洗濯部屋の掃除、何故この人の為にそこまでしなきゃ」
俺への暴言が止まることなく出されるコカナシの口を先生の手が塞ぐ。
「わかったわかった、今日は一緒に寝ようなー」
「キミア様! 本当!? この耳でしっかりと聞きましたよ!」
コカナシは嬉しそうな顔で手をパタパタさせながら俺の方を見る。
「タカ! タカも聞きましたよね! キミア様言いましたよね!」
「お、おう」
先生がコカナシを落ち着かせて俺が引きずってきたソリに目をやる。
「今日は豚が取れた。一匹まるまる食べ放題だぞ」
豚を見たコカナシはまた目を輝かせた後、腕まくりをしてガッツポーズ。
「コカナシ、全力で挑ませて貰います!」
その夜『俺の歓迎会』では無く『キミア様に生徒が出来た会』がコカナシ主催、キミア主役、俺は外野という中々理不尽な会が行われたのだった。
*
先生にメモとバックを渡される。登山に行くかのような大きなバックだ。
「まだ街には行ってなかっただろう? ちょうどいいからコカナシと街の方に買い出しをしてこい」
「はあ……じゃあ行くか」
「はい、いきましょう」
あれ? てっきり嫌がるかと思っていたけど……
「嫌じゃないのか?」
「別にタカが嫌というわけではありません。元々買い出しは私一人で行くことが多いので……荷物持ちが増えてむしろ満足です。いきますよ」
コカナシは早口で話すことが多い。相手に反論の暇を与えないのだ。
そんなコカナシと二人、街へ向かった。
*
「そういえば……外でもその服なんだな」
「似合っていませんか?」
「いや、そういうわけじゃないけどさ」
デザインはメイド服。違うのはスカートの部分がよくよくみるとズボンになっているというところだ。遠くから見れば普通のメイド服に見える。
「それってここら辺じゃ普通の服装なのか?」
「いえ、私が初めてここで服を仕立てた所の店主の趣味です」
そこの店主は中々いい趣味をしている。コカナシの特徴的な赤と黒が混ざった髪にうまくマッチしている。
「それにしてはいつもそれだな。気に入ってんの?」
「はい、お気に入りです」
コカナシは頬を少し赤らめる
「キミア様が似合っていると言ったので」
「ああ、そう……」
コカナシは先生の事が好きらしい。それがどういう好きかはわからない。
そういえば先生はコカナシの事を家族って呼んでいたな。ラストネームも同じだった。
「コカナシって先生の妹?」
「いえ、私とキミア様は血縁関係にありません。私は元々こことは違う地域に住んでいました」
「えっと……養子って事?」
品定めしていたコカナシの鋭い視線が俺に突き刺さる。
「先ほどから私が子供とういう事を前提に話していませんか?」
「え? でも……」
背の高さからしても大人というよりは子供……百歩譲っても中学生くらいにしか見えない。
「私は今年で二十四歳になります」
へえ、俺が二十二歳だから……
「年上!?」
「失礼ですね」
コカナシは俺に荷物を押し付けて指をさしてくる。
「私は小人族の血が入っているのです。中性族の物差しで計って貰っては困ります」
「そう、なのか」
ここには小人がいるのか。俺を中性と呼ぶからには巨人かなにかもいるのだろう。
「そういえば……俺にして見れば見慣れない姿が多いな」
服装はもちろん文化的に違うのだが、たまに獣の耳を生やしたような人や犬と豚を混ぜたような見た目をした動物を散歩させている人がいたりする。
やはりここは異世界、ファンタジー的な場所なのだ。
「タカ、何をボーッとしてるのですか? 次は何処ですか?」
コカナシに呼びかけられて先生のメモを取り出す。
「次が最後、服屋って書いてある」
「ああ、服屋ですか……」
コカナシの声が低くなる。
「え? 嫌なのか?」
さっきの様子から見て服は好きなのだと思っていたけど……
「服屋は好きです。ただ、この服を選んだ店主が少し苦手なのです」
「でも行くぞ」
「目の前まで案内するのでタカだけが入ってください」
「わかったよ」
そんなに苦手なのか……
*
「会いに来てくれたのねー!」
「違います、嫌です、拒否します」
コカナシが為す術もなく頬をムニムニとこねられながら悪態をつく。
コカナシの頬をこねているのは服屋の店主、セルロース・ポリノジックさんだ。
「タカ、さん……私の事は黙っておいてとあれほど」
「いや、言ってないよ」
店の外から俺の様子を伺っていたコカナシをセルロースさんが見つけたのだ。
見つけた瞬間驚くほどの速さでセルロースさんはコカナシを捕まえて……今に至るわけだ。
「でー? コカナシちゃんは何を買いにいたのかなー。新しい服を選んで欲しい?」
「いりません。離してください。今回はそこのタカヒコの服をですね」
「隆也だ……え? 俺の服?」
セルロースさんがコカナシの頬をこねながら俺を見る。
「うん、聞いてるよ。体型とかも予想していた通りだね」
セルロースさんが目線で指した先には幾つかの服が置いてあった。
「今着ているのはキミアのお古じゃないか、ここで着替えていきな」
これまた目線で指された場所にはカーテンで仕切らた試着スペース。そこに入って袖を通す。
上はシャツ、下は黒いジーパン。どちらも凄く動きやすい以外は普通の服だ。
違和感を覚えたのはシャツの上にきるコートのような物。
基本はコートなのだが袖の部分が異様に分厚く、肩から胸の辺りまでもう一枚違う布がついている。
とりあえず着てカーテンの外に出る。
「サイズに問題はないかな」
「はい……あの、このコートはここら辺では普通のものなんですか?」
「いや、それはキミアが指定してきた特殊なコート。錬金に最適な物だよ」
「なるほど」
確かに先生もこんなコートを着ていた気がする。
「色々置いてあるから自由に着ればいいよ。全部動きやすいように作ってあるよ」
「あ、ありがとうございます」
「じゃあお金はコカナシちゃんから受け取っておくから持っていっていいよー」
そう言いながらもセルロースさんはコカナシを離さない。
「コカナシちゃんはもう少し愛でてから家に送り返すってキミアに伝えといて。ねー、コカナシちゃん」
「あー、わかりました」
「タカ! 置いていくつもりですか!」
「腐っちゃう物は俺が持ってくな」
「タカ待って!」
「じゃあ、ありがとうございます」
頭を下げて服屋を出る。後ろからコカナシの大声が聞こえてくる中、俺は家に戻った。
*
「ん? コカナシは?」
「セルロースさんに捕まってます」
「ああ、なるほど」
先生は気にした様子もない。やはりいつもの事のようだ。
「服は……着てるな」
「はい、特殊なコートまでありがとうございます」
「実践用のあれか。勘違いするなよ? 座学は続けるぞ」
「あー、はい」
やっぱりまだ座学は続くようだ。座学というより文字を読むのが難しい。
様々な民族が住むここらの地域では日本語に近いものが普通に使われている主要言語の一つとなっているらしい。
もちろん違う言語もある。実践先生と客が話している時に俺の知らない言語で話している事があった。
そんなわけで文字も同じだと思っていたのだが……どうも漢字という文化は根付いていないらしく、文字は独特なものだったのだ。
「タカ、コーヒーでも飲もうか」
「あ、了解です」
先生はソファに座り、俺は台所に立つ。
いつもはコカナシが淹れてくれているのだが……先生は自分から淹れないだろう。
そうだ、コカナシだ。
コーヒーと菓子を机に置いて俺は切り出す。
「先生とコカナシの関係ってどういう感じなんですか?」
「最初に言わなかったか? 家族だ」
「でもコカナシが血の繋がりは無いって」
「ああ、そういう事か」
先生はコーヒーを一口飲んで菓子を咥える。
「もひょもひょほははひはは」
「いや、何言ってるかわかんないです」
「キミア様は私の命の恩人です」
扉が開いて髪がボサボサになったコカナシが入ってくる。
「よくも見捨ててくれましたね……どうやって仕返しをしましょうか」
「そう言うな。ほら、髪を戻してやろう」
先生の言葉にコカナシの顔が変わる。
「はーい!」
先生の前に座ったコカナシが菓子を咥えて……
「いや、それはもういい」
「……なんですか」
「いや、なんでもない」
被せネタかと思って先にツッコミを入れてしまった。
「キミア様、私の話をしていたのですか?」
「ん、そうだ。お前とワタシがどういう関係かって聞かれてな」
「やはりそうでしたか」
コカナシがくるっと回って俺の方を向く。
「私はキミア様の妻です」
「違う」
髪を引っ張られたコカナシは頬を膨らました後に咳払いをする。
「数年前、私が住んでいた村で謎の感染症が流行ったのです。その時に助けてくれたのがキミア様です」
「助けてなんかいない。あの村で助かったのはお前だけだった」
「それでも私は助かりました。それに私をこうして引き取って下さったのもキミア様です」
コカナシが綺麗な笑顔を見せる。
ん? コカナシが先生を好きって言ってるのは……
「コカナシは先生を尊敬しているのか?」
「尊敬はしていますが……好きって発言についてでしたら違います」
「え? そうなの?」
コカナシは大きく頷いて指をくるくると回しながら言う。
「親友のライクでも、家族愛のラブでもありません。私がキミア様に持っている気持ちは恋に焦がれるラヴなのです」
「……ってことは先生は男?」
「違うぞ」
答えたのは先生。数週間経った今でも先生の性別は分かっていなかった。
「じゃあ先生は女で、コカナシはそういう人?」
「いえ、違います」
「……は?」
「キミア様の性別については私も知りません。でもそんな事は関係なくラヴなのです。ね、キミア様」
「知らん」
先生の素っ気ない態度にコカナシの頬が膨れる。
「そうだタカ」
空になったコップにコカナシがコーヒーを注いでいる時、先生が思い出したように俺を指す。
「明日、少し錬金医学を実践してみるぞ」
「……え? 明日?」
いきなりの宣告に俺の頭は真っ白になった。
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