「本気か?」

 予想と違うキミアの第一声に思わず顔を上げる。

「え?」

「本気か、と聞いている」

「ほ、本気だ」

 キミアは目を閉じて言葉を選ぶように話す。

「命を費やす覚悟はあるか? これは比喩では無いし人生を捧げるわけでも無い。本当に命を糧とする覚悟はあるか?」

 俺は開いたキミアの目を真っ直ぐに見つめる。

「ある。この命を捧げてもいい」

「……コカナシ、店番頼んだ」

「了解です」

 コカナシが頷いて部屋から出ていく。

 キミアは土下座の体制の俺を椅子に座らせ、自身も椅子に座る。

「まずはワタシが専門とする『錬金薬学』とお前の最終目標となる『錬金術』の違いから説明しようか」

「はい」

「錬金術やそれに派生する錬金薬学は素材の良いところを引き出し、それを増幅させた上で合成するというモノだ。

  では錬金術と錬金薬学の違いは何か、分類方法は様々だが、ワタシは『代償』を決め手にしている」

 代償、その言葉は良い意味には聞こえない。

「錬金薬学が代償とするのは『体力』簡単に言えば錬金薬学を扱うと疲れるのだ。問題は錬金術、錬金術が代償とするのは『生命力』だ」

「生命力……」

「言い換えれば命や寿命だ、彼女を治す時に使うのは錬金薬学では無く錬金術となる……もうわかるな?」

 ここまで言われれば流石にわかってしまう。

「智乃を助ける時、俺の寿命が削れるという事だな」

 キミアは黙って頷く。

「全て失うわけでは無い。素材にもよるが一回錬金する度に三年といったところだ。もちろん失敗すればまた錬金をするから追加で約三年」

「問題ない」

「……その言葉に偽りはないな?」

「俺の目を見てもらえればわかると思う」

 少しの間見つめ合うとキミアは顔を緩めた。

「ワタシが世話をするんだ。一回で成功するくらいにならないと錬金術は許可しない、最初は錬金薬学から学んで貰う事になるぞ」

「わかった」

「どうせ行くあてもないんだろう? ここの一室を使わせてやる」

「ホントか!?」

 願ったりかなったりじゃないか!

「もちろん働いて貰うぞ。その為に錬金薬学を教えるという面もあるのだから」

 早口で言った後、キミアはニヤリと笑って付け加えた。

「それから、今後ワタシの事は先生と呼べ」


 *


 先生の生徒となって数日が過ぎた。いきなり錬金をさせて貰えるわけもなく、ここ数日は先生の採取に同行していた。

 どうやら先生は素材の一部を自分で取りに行く行動派らしく、近くの……俺が倒れていた森にはよく行くらしい。

「そういえばお前が言っていた白い渦は見ないな」

 先生が空を見上げて言う。

「嘘じゃないですからね」

「わかったわかった。木登りして落ちたんじゃないんだな」

「そんな事しません……」

 溜息をついて足元を見る。

「先生、これは?」

 植物らしきものが動いている。根っこが一度土に張り巡らせた後に地上に出てきてうねうねと動いているのだ。

「ああ、マンドレイクの成体だな」

「え?」

「本来は普通の植物なんだが種を蒔いた後にも枯れないのがたまにいて、それが育ち続けるとこうして動きだすんだ」

 マンドレイク、元の世界ではファンタジーの定番だった植物だ。

「これ、引き抜いたら叫びますか?」

「……は?」

 先生が怪訝な顔をする。

「え、マンドレイクは引き抜いたら叫んで人を殺すんじゃあ」

「いや、そんな事はないぞ」

 先生はそう言ってマンドレイクの花の部分を持つ。

「まあ、実際に見ればわかる……そおら!」

 勢いよく引き抜かれる同時にマンドレイクの根が大きな音を出して千切れる。

 その音はさながら死にゆくマンドレイクの悲鳴のような……

「あ、なるほど」

「そう、叫び声に聞こえるのはマンドレイクの根が千切れる音。動く成体ならなおさらだ」

 先生はマンドレイクの千切れた根をつつく。

「ワタシじゃこんなものか。成体を綺麗に引き抜くのは難しいんだ、普段は採取屋に頼んでいる」

 ホラ、と渡されたマンドレイクの根は僅かながら動いている。

「採取屋、ですか?」

「素材屋、採取屋、呼び方は様々さ。まあ僕は雑貨屋なんだけどね」

 俺の質問に答えたのは先生では無かった。

「キミがソレを無理やり引き抜くなんて珍しいと思ったら……弟子でもとったのかなぁ」

 茂みの奥からそう言って歩いてきたのはなんだか爬虫類のようなデザインの額当てをつけた男の人だった。

「ああ、お前にしてはいいタイミングに来たな。自己紹介しろ」

 いきなり肩を持って引き寄せられた男性は少しよろけながら俺に笑顔を向ける。

「ここら辺で唯一の雑貨屋『セルピエンテ』の現店主アダラ・セルピエンテだ、同志よ」

 出された手を握り返す。

「……同志?」

「ああ、キミも僕と同じ選ばれし者だろう?」

 選ばれしもの……

「まさかアダラさんも俺と同じ世界から……」

 言った瞬間アダラさんの目が輝く。

「なるほど! キミは異世界から選ばれたのだな! 僕はこの世界の者だが選ばれし者……僕の事は是非呼び捨てにしてくれたまえ!」

「は、はあ……」

 どうにも話が噛み合わない。先生の方を見たが先生は首を振るばかり。

「ちょ、ちょっと待って」

 大きく振られていた手を離して先生の元に行く。

「先生、なんか話が噛み合わないですけど」

「アイツの言ってることは全て妄言、アイツの妄想だ。間に受けるなよ」

 なるほど、中二病というわけか。

「悪いヤツじゃない。アイツの店は今後も利用するだろうから覚えておけ、と。話はここまでにしようか」

 先生が護身用の剣を腰から引き抜く。

 さっきまで戯けていたアダラも先生と同じ方を向いている。

 最後に残った俺も渡されていた護身用ナイフを手に持って二人と同じ方向を見る。ここは異世界だ、何がいるかわからない。

 ゴブリンか、それともスライムか……あれ? 二人の目が輝いてる気が

「アダラ、これは一匹ずつで構わないな?」

「もちろん、山分けといこう」

 二人の目線の先にいたのは二匹の豚だった。

 大きい牙が生えているとか禍々しいオーラを放っているとかでは無く、普通の豚。

「タカ! 囮になれ!」

 言い返す間も無く先生に背中を押され、一匹の豚の目の前に飛び出す。

「えっと……ハロー?」

 俺の挨拶を宣戦布告と受け取ったのか、豚は鼻息を荒くして突進してきた。

 こんな本能丸出しで野生的な豚なんて見たことないぞ! イノシシか!

「いいぞタカ、そのまま引きつけておけよ……」

 俺が追いかけられている後ろから先生が剣を構えてゆっくりと歩いてくる。

 先生がどこかの流派の剣術を嗜んでいるようには見えない。本当に護身用の剣といった感じだ。

 俺に狙いを定めている隙に先生が豚に切り掛かること実に十回。ようやく豚を仕留める事ができた。

「ワタシにかかれば……こんなものだ」

 そんな肩で息をしながら言われても……

 二人肩で息をしながらアダラの方を見る。アダラはまだ豚と格闘していた。

「大丈夫ですかー!」

「問題ない。生け捕りにしようとしていただけだ」

 生け捕りて……素手では無理だろ。

「方針を変える! 生け捕りでないのならこの僕が扱う魔法で!」

 アダラは懐から小さな箱を取り出す。

「開け、近く遠い世界の扉よ! 我が呼びかけに答え、力の一端を分け与えよ!」

 アダラが突進してきた豚を避け、箱を持った手を突き出す。

「ヒートハンド!」

 アダラが叫ぶと同時に豚が燃え上がる。

 下がったアダラに目もくれずのたうち回った後、豚は力尽きた。

「先生、この世界には魔法が……あ」

 先生が呆れ顔で首を左右に振っている。これも中二病の一環というわけか。と、いうよりネーミングセンス皆無かよ、アダラ。

「そこ、テレパスを使ってもわかるぞ! これは魔法だ!」

「あれはストックボックス。物の一部を保存しておけるものだ」

「魔法だ!」

「例えば火を保存しておいてキャンプの火種に使うとか、そういう使い方をする科学的なものだ」

「無視をするな!」

 淡々と話す先生とその周りを跳ね回りながら反論するアダラ。なんだか可笑しくなってつい笑ってしまう。

「ようやく笑ったな」

「……え?」

「ワタシの元に来てからお前の笑顔を見ていなかったからな。ようやく緊張が解けたか」

 言われて気づく。思っていたよりファンタジー世界では無いといってもどこか緊張してしまっていたのだろう。

「キミは何処か遠くからきたのかい?」

「はい、日本という国から」

「ニホン……二本……ああ!」

 アダラの目が光り輝く。俺の右手を包むように持ち、ブンブンと振り回してこう叫んだ。

「やはりキミは僕の同志だ!」

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