妖精たちは自分たちの居場所を見つめ直した。

 それから時が経つにつれて、妖精の国はますます活気を失っていました。


 ゴーレムは家庭にまで活動の場を広げ、その役割は妖精たちの生活になくてはならないものとなっていました。

 炊事、洗濯、新聞の読み上げまで、家におけるあらゆる役目を、そこに住む妖精以上に完璧にこなしました。


 一方で、街中では妖精たちの姿がめっきり見られなくなりました。


 重労働を禁じられたことで、ただでさえ少なかった妖精たちの仕事はますます減り、家での用事もすべてゴーレムがこなすので、外を出歩く妖精はほとんどいなくなりました。

 見かけるとすれば妖精に代わって買い物をするゴーレムとたまに鉢合わせるだけ。

 買い物先の店員もみなゴーレムなので、外に妖精の居場所と思える所はありませんでした。


 仕事も与えられず、何もすべきことのなくなった妖精たちの寂しさを紛らわすかのように、ゴーレムは甲斐甲斐しくお世話をしてくれますが、それでも妖精たちの退屈までは、決して紛れることはありませんでした。

 それどころか、家でもやることが何もない妖精たちは、自分たちが何のために生まれ、何を目指して生きていけばいいのか、わからなくなっていきました。



 そんな中、畑の妖精は王様の役目を降りて隠居しようと考えていました。


 妖精の住まう町を最初に作り、今は王として国を治めているものの、国の仕事もゴーレムが全部やってしまうので、王様といえど、できることは国の行く末を見守ることのみ。

 築き上げたこの国に、今の自分にできることは何もないと感じた畑の妖精は、後のことをゴーレムたちに任せ、とぼとぼと城を後にしました。



 昔のように一人で畑仕事でもして、ほかの妖精たちに野菜を振舞いながらひっそりと暮らそう――久しぶりに自分の家へと帰った畑の妖精は、家の留守を守っていたゴーレムに温かく迎え入れられました。


 ゴーレムの用意してくれた夕食とお風呂を満喫し、すっかり気分を良くした畑の妖精は、さっそく家の畑へと向かおうとしました。


 けれど、ゴーレムが畑まで通してくれません。


 畑の妖精の家のすぐそばにある畑は妖精の町の成長とともに大きく広がり、今や持ち主ですらその広さがわからないほどに大きくなったその畑は、多くのゴーレムによって管理されていました。

 ゴーレムたちが長い間朝晩ずっと世話をしていた畑仕事を今更手伝おうにも、かえって邪魔になるだけでした。


 しかも、国中のそれぞれの家の近くに小さな菜園ができ、それぞれの妖精たちに合わせた新鮮な作物をより早く手に入れられるようになったことから、この畑は近々閉鎖して公園にするのだそうです。

 長年育て続け親しんでいた家の畑がなくなってしまうことに、ショックを隠せない畑の妖精でした。

 確かにそのほうがいいのかもしれない、と思わされた畑の妖精は、反対しようにも言葉が出ませんでした。



 王様としての役目もなく、畑までなくなったら、一体何をして過ごせばいいのだろう。

 畑の妖精はこれからの自分のことに、うまく言葉にできない不安のようなものを感じました。


 家にはゴーレムがいるので、家事は全部やってくれて、遊び相手にだってなってくれます。

 それでも、ゴーレムと過ごす何不自由ない生活も、畑の妖精のぽっかり空いた心を埋めることはありませんでした。


 そんな生活にも慣れてきたころ、退屈していた畑の妖精の心は、次第に穏やかなものになっていきました。

 すべてがゴーレムによって満たされて、何のわだかまりも持たなくなった畑の妖精は、ゴーレムにお世話をされながら、その意識はだんだん、少しずつ遠のいていきました――


 そこで、畑の妖精はハッと我に返りました。

 何か大切なことを忘れている、そんな気がしたからです。


 ふと畑の妖精は自分の体を見回してみると、力の抜けたその体は、うっすらと消えかかっているように感じました。


 嫌な予感がする――畑の妖精は気をしっかり持つと、消えかかった体は元通りになりました。

 そして、そのまま家を飛び出し、工作の妖精の家へと向かいました。



 大慌てでやってきた畑の妖精を、工作の妖精は元気なく出迎えました。

 工作の妖精もまた、大きくなった作業場をゴーレムたちが使うようになり、生きがいをなくして落ち込んでいたのでした。


 親友の無事にひとまず安心しつつ、畑の妖精は工作の妖精を連れてほかの妖精たちの様子を見て回ることにしました。



 畑の妖精たちは、静かな一軒の空き家にふと目が向かいました。


 もともと妖精が住んでいたはずのこの家ですが、どういうわけか玄関のドアはがらんと開いていて、中からは誰の気配もありません。

 心配になった二人は鍵のかかっていないその家にお邪魔し、家の中の様子を確かめてみました。


 家の中のどこを探しても、誰かが住んでいた様子はあっても、誰も見つかりませんでした。

 最後に一番奥の寝室に入ると、その光景に畑の妖精は言葉を失いました。


 寝室には、誰かが眠りについてから起き上がった様子もなく、それなのに今は誰も眠っていないベッドと、それを身動き一つせず静かに見守る一体のゴーレムがありました。


 畑の妖精は、この家で何が起こったのか、すぐに気が付きました。

 この家に住んでいた妖精は、ゴーレムにお世話されながら、そのまま消えてしまったということに。


 その後も多くの家を回りましたが、同じような空き家を何度も目にしました。


 畑の妖精の嫌な予感は当たってしまいました。

 たくさんいたはずの妖精たちが、次々と消えてしまっていたのです。



 どうしてこんなことが起こってしまったのか、畑の妖精はほかの妖精たちを集めみんなで調べましたが、妖精の消えた瞬間を誰も見たことがなく、はっきりしたことは何もわかりませんでした。

 集まった妖精たちの数も、前に集まったときより少ないように思えました。


 畑の妖精は、自分が消えかかっていたときのことを思い出していました。


 あのとき、意識がもうろうとしている中、確かに大事なことを忘れていました。

 決して忘れてはいけない、取り戻さなければいけなかったあの言葉――『ありがとう』を。


 『ありがとう』という言葉は、妖精たちに元気を与えてくれる不思議な言葉。

 その言葉を失った妖精たちが力を失い消えてしまうのは、少し考えれば納得のいくことでした。


 工作の妖精と出会う前、一人で畑仕事をして過ごしていたころに消えずに済んでいたのは、自分で自分に対して、『ありがとう』の言葉を知らず知らずのうちに送っていたから。

 ただ、それだけの『ありがとう』では足りなくなって、もしあのまま工作の妖精と出会えていなかったら、いつの日か人知れず消えていなくなっていただろう、と畑の妖精は思いました。


 家の中、そして国中のすべての仕事をゴーレムがうまくこなしてくれる今は、妖精たちは自分で自分の力になることもできません。

 『ありがとう』を伝えるべき相手も、言ってくれる相手も、完全にいなくなってしまったのです。


 妖精の役に立つために生まれたゴーレムが、あろうことか妖精の力の源である『ありがとう』を奪ってしまったのです。


 それに気が付いた畑の妖精は、必死になって『ありがとう』を取り戻す方法を考え、悩みました。

 急がなければなりません。こうしている間も妖精たちがどこかで次々と消えているのかもしれないのですから。



 国中の役に立てる仕事でゴーレムの右に出る妖精がいない以上、妖精が感謝の言葉を受け取る側に立つことは、もはやありません。

 そうなれば、『ありがとう』を伝える相手を妖精以外で探し出さなくてはなりません。


 けれど、一番の働き者であるゴーレムはただの道具でもあるため、どんなに感謝を伝えても決して反応を示すことはありません。

 せめてゴーレムに心があれば……

 そう思い立った畑の妖精は、工作の妖精に無理を承知で頼みました。

 ゴーレムの心を、なんとかして作れないか、と。


 工作の妖精もさすがに困った顔で悩みましたが、少し考えたのちに、こう言いました。


 心を作るのは難しいけれど、相手の心を受け止めることで、それに合わせて行動できるようにはなれるかもしれない、と。



 工作の妖精の久々の大仕事です。

 といっても、もはや妖精にできる仕事を大きく超えているので、ゴーレムたちには必要なことを伝えるだけ伝え、あとは研究から実際に出来上がるまで、すべてを任せることしかできませんでした。


 自分の手で何も作ることのできないことにもどかしさを感じながらも、自分の役目はこれでよかったんだと自分自身に言い聞かせ、自ら発明したゴーレムたちに後のことすべてをたくしました。

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