妖精たちは自分たちにできることを探してみた。

 妖精たちが力を合わせて作り上げたゴーレムは、国中のあらゆる仕事で大活躍しました。


 どの妖精よりも早く、どの妖精よりも賢く、どの妖精よりも正確に物事をこなすゴーレムが働き続けることで、妖精の国はより便利で豊かな国になりました。

 今まで大変な作業で苦労していた妖精たちも、ゴーレムが代わってくれたことで大助かりです。


 しかし、ゴーレムが国を支える一方、妖精たちは何もできずにいました。


 妖精よりも役に立つゴーレムが現れたことで、多くの妖精はそれまで誇りでもあった仕事をする意味を失ってしまいました。

 今でも仕事をしているわずかな妖精たちも、進歩し続けるゴーレムにとってかわられるのも時間の問題でした。


 そして、もう一つ問題がありました。


 住みやすくなったこの国の妖精は増え続けているのに、これ以上住める場所はもう残されていなかったのです。

 妖精たち同士で土地の取り合いになり、ケンカになることも少なくありませんでした。

 しかも、仕事用のゴーレムのための工場や倉庫をたくさん建てる必要もあったため、妖精たちの住む場所はますます少なくなりました。


 居場所のない妖精たちは国を去ろうともしましたが、すでに世界の果てまで広がったこの国を出て向かうあてなど、この世界のどこにもありはしませんでした。



 畑の妖精が久しぶりに工作の妖精の家を訪ねると、工作の妖精は一人で泣いていました。

 どうしてゴーレムなんて作ってしまったんだ、と、ひどく後悔していました。


 畑の妖精は静かになぐさめました。ゴーレムがなかったら、この国がここまで多くの妖精を迎え入れることなんてできなかった、と。

 これからどうしようか、また一緒に考えよう。畑の妖精はそう励ましましたが、そのことについてずっと考えていたのに、どうしたらいいか自分でも見当がつきませんでした。



 畑の妖精が町中を見回すと、妖精たちがお互い暗い表情のまますれ違うのをよく見かけました。


 ゴーレムが国中のあらゆる仕事を任されるようになって、妖精たちの助け合う様子はほとんど見られなくなりました。

 どんなことでも、妖精に頼むよりゴーレムにやらせたほうが頼りになるからです。

 むしろ、妖精同士で顔を合わせるのは、住む場所をめぐってのケンカのときばかり。


 妖精たちの気持ちは、次第に同じ仲間よりもゴーレムへと向かうようになりました。

 けれども、妖精の役に立つことを当たり前のようにこなすだけの道具であるゴーレムにどんなに感謝を伝えても、それが応えてくれることは決してありません。


 伝える相手を失った『ありがとう』の言葉は、こんなにたくさんの妖精がいるというのに、この国から失われつつありました。


 このままではいけない……そう思った畑の妖精は、温かかった『ありがとう』をこの国に取り戻すことを決意しました。



 一方そのころ、国一番の工場で事故が起き、大きな火事となりました。

 幸い、工場にはゴーレムしかいなかったので、けが人は出ませんでした。


 ゴーレムが危険な場所で足を滑らせ、溶鉱炉に落ちて爆発したことが事故の原因だったことから、それまでゴーレム任せだったことを恥ずかしく思った妖精たちは、自分たちもできる仕事をしようと、改めて思いました。

 しかし、工場の仕事は難しい作業や危険な作業が多く、妖精たちがまともに手伝える仕事は全くといっていいほどありませんでした。


 そもそも、その事故が起きるまでそれだけの難しい作業にミスひとつなかったのも、あれだけの大火事で誰も犠牲が出なかったのも、近くに妖精が一人もいない作業場で、ゴーレムたちだけが黙々と作業をしていたからです。

 なによりゴーレムは、千人の妖精が知恵と力を合わせてできることをたった一体でやってのけるのです。


 妖精にできてゴーレムにできないことなどありません。

 逆にゴーレムにもできないことは、妖精にも決してできないことばかりです。


 たとえゴーレムが完璧でなくても、それでも妖精以上に役立ち、妖精以上に進歩し続けるゴーレムに代わって自分たちができる仕事など、何一つありませんでした。


 工場の火事はゴーレムの素早い活動ですぐに収まり、次の日にはいつも通りに作業ができるまでに元通りとなっていました。

 その工場で事故が起こることは、それから二度とありませんでした。



 『ありがとう』の言葉を取り戻したい……国王である畑の妖精の言葉は、国中の多くの妖精の心を動かしました。


 誰かが何かを施し、それによって喜びを受け取った別の誰かの感謝の気持ちで生まれる『ありがとう』。

 ――ならば、自分たちにできてゴーレムにできないことを見つけて、それらをみんなで与え合っていくしかないと、妖精たちは思いました。


 けれどこの前の工場での火事をきっかけに、今の妖精たちが何の役にも立たないことを思い知らされ、みんなすっかり自信をなくしていました。


 そんな中、ある働き者の妖精は言いました。


 自分たちは本当に何もできないのか、妖精にはゴーレムにないもの――『心』がある、その心を強く持って努力し続ければ、いつの日か妖精だってゴーレムに負けない何かができるのではないか。


 そう言って、働き者の妖精はその場を飛び出して、今まで以上に精魂込めて仕事に打ち込みました。


 朝早くから夜遅くまで一生懸命働き、家に帰れば寝る間を惜しんで勉強に励み、どんなことでもできることは全部こなそうとする働き者の妖精。

 すべては、同じ妖精として、『ありがとう』の気持ちを受け取るために……。



 しばらく経って、働き者の妖精の話を知った畑の妖精は、無理をしていないか心配になり、会いに行って様子を見に行くことにしました。

 その仕事場を見て、畑の妖精は驚きを隠せませんでした。


 働き者の妖精は、ゴーレムによく似た壊れたおもちゃへと、その姿を変えていたのでした。


 おもちゃはゴーレムたちに並んでひたすら作業を繰り返していました。並の妖精にはとてもマネできない仕事ぶりでしたが、その出来はゴーレムのものに比べると遠く及びませんでした。


 おもちゃとなった妖精に、かつて熱い気持ちでいっぱいだった心は、もう残っていません。

 ゴーレムに負けじとここまで頑張るまでの間に、その心を使い果たしてしまったのです。

 この様子では、もし感謝の気持ちを誰かから伝えられても、何かを言われたことにすら気づくことはできないでしょう。


 妖精たちはひどく悲しみました。

 誰よりも前向きな心に満ちて、感謝の心を求めていたはずの働き者の妖精が、あろうことか心を失ってあのような姿になろうとは、誰も思っていなかったのです。


 妖精だったそのおもちゃを引き取った畑の妖精は、工作の妖精に頼み、そのおもちゃを預けました。


 工作の妖精は重労働で薄汚れ錆びついたそのおもちゃの体を、部品ごとに分けて丹念に洗い錆を取り、そして再び組み上げることなく、きれいな箱にその部品たちを丁寧に詰めて、その箱をお墓に埋め静かに祈りを捧げました。

 残された妖精たちが働き者の妖精にしてあげられるのは、これぐらいしかありませんでした。


 そして二度とこのようなことは起こさないと誓った畑の妖精は、王の名にかけてこれから一切の重労働をすべての妖精たちに禁じました。


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