第3話
「あ。ハルちゃん、おはよ~」
「……おはよう。ユメ」
新学期の賑やかな教室とは対照的に、教室に入ってきたハルちゃんはいつも以上に物憂げなカンジだった。
ハルちゃんは生徒会役員で、今朝は風紀委員の人たちと校門で立ち番だったんんだけど、何かあったのかなぁ。
「ハルちゃん、どうしたの?」
「え?」
「何か、疲れてるっぽいけど」
「……ちょっとね」
そう言って、ハルちゃんはあたしの隣の席に座った。
サラリと艶のある黒髪が揺れる。
ただ伸ばしてるだけって言うけど、すっごくサラサラしてて、枝毛も無いキレイなストレートだから、羨ましいんだ。
あたしの髪の毛って、毛先にヘンなクセがあるから、お団子にしてまとめるか、三つ編みにしないと、ピョンピョンはねちゃうんだ。
「あ、そうだ。今朝、何かあったの?」
「何で?」
「あたしが登校して来たら、会長さんと握手が……って。わざわざ外に行った子もいたんだよ」
「……はぁ」
「え? 聞いちゃいけなかった?」
「ううん、違うの。ちょっと思い出したら疲れただけ」
顔を上げたハルちゃんがメガネの位置を直した。
「最初は、ただあいさつしてただけなんだけど、ある子が握手していいですかって、いきなり会長の手を取って
そこから握手会が始まっちゃったのよ。」
「へ~。そうだったんだ」
「会長だけじゃなくって、他の人たちのところも人だかりが出来ちゃって……。
風紀チェックもしないといけないのに、人を捌くので精一杯だし、先生には注意されるし。大変だったんだから」
ハルちゃんがまた深々とため息をついた。
でも、その子の気持ちも分かる気がするなぁ。
あたしはハルちゃんが生徒会役員だから、少しは身近に感じるけど
生徒会の人たちって、あたしたち普通の生徒からすれば、ちょっと特別な人たちだもん。
「もしかして、ハルちゃんも? 握手とかされた?」
「私が? まさか。そんな物好きはいないわよ」
「そうかなぁ~」
ハルちゃんは中等部から生徒会に入ってて、三年生の時には中等部の生徒会副会長だったんだよ。
目立つことはあまり好きじゃない、って言うけど、仕事は早くて、手抜きはしないからって、みんなから頼りにされてた。
そして、高等部に進級してからも、先輩に頼まれて、生徒会に入ったんだって。
確かに言うときはビシッて言うけど、でもホントは優しくて、あたしはいつも助けられてばっかり。
それにとってもキレイだから、下級生から憧れのお姉さまって言われてるんだよね。
ハルちゃんは「そんなキャラじゃない」って言うけど。
「ねぇ。立ち番って正門でしかやらないの?」
「寮生しか使わない裏門で立ち番したって仕方ないでしょ」
「そっかぁ。一度ぐらい、立ち番してるとこに行って、握手したかったのになぁ」
「……え?」
「あ、でも、もう握手会はやらないよね」
「そ、そうね。次にやったら反省文では済まされないもの……」
「あーあ。残念」
「えっと……その前に、ユメ、誰と……」
「え? ハルちゃんとだよ」
「……へ?」
ポカンとした顔でハルちゃんがあたしを見た。
あれ? あたし、ヘンなこと言った?
「どうしたの? ハルちゃん」
「……う、ううん。バカね。握手ならいつでもできるじゃない」
「だけど、ちょっといつもと違って楽しいかなって思って」
「そう……」
「ハルちゃんが立ち番してるとこって、見たこと無いんだもん」
「それなら正門から登校すれば? 今週はずっと立ってるわよ」
「そんなのムリだよ~」
あたしが住んでる清麗寮は、校舎を挟んで正門の正反対にあるから
正門から登校しようとすると、広い学校の敷地の外側をぐるーって回らなきゃいけないんだ。
しかも、この学校が山を切り開いて建てられてるから、周りは坂道ばっかりだし
急な階段もあるしで、かなり疲れるんだよね。
入寮したての頃に、学校の周りを散策したことがあるんだけど……
まさかあんなハードなハイキングになるなんて思ってもみなかった。
「じゃあ、風紀委員に入れば? 今からでも大丈夫でしょ」
「そうだけど、あたし、飼育委員だし、それに、風紀委員ってずっと立ち番しなきゃいけないんでしょ?
寒い日も雨の日も。それに朝も早いし」
「二学期から生徒会も順番に立ち番するわよ。まぁ、会長はしばらく立たないでしょうけどね」
「そうなんだ。大変だね、ハルちゃん」
「別にいいわよ。どうせ早めに来てるから」
ハルちゃんがふんわりと笑った。
あたしだけが知ってるステキな笑顔。
いつもはキリッとしてて、そんなハルちゃんも好きなんだけど、今みたいに笑えば、もっと人気が出ると思うのになぁ。
……でも、あたしだけが知ってるっていうのもいいかも。
「はい。席に着いてー」
チャイムと同時に先生が教室に入ってきた。
ハルちゃんはいつもの澄ました顔に戻って前を向く。
……そう言えば、出逢った頃のハルちゃんって、いつもあんなだったなぁ。
◆
中等部の入学式の日、ちょっとドキドキしながら、自分の教室に向かってた。
入学式だからって理由もあるんだけど、仲良くなった寮の同学年の子たちとは別のクラスになっちゃって、だから、あたしは一人ぼっち。
だって、他には誰も知り合いがいないんだもん。
あたしが入学した蓮華女学院は珍しい仏教系の学校で、創立は明治時代。
実はお母さんとおばあちゃんの母校で、二人とも「良い学校だった」っていう思い出話を、昔から聞かされていたんだよね。
だから、「あたしも通いたい」って、お願いしたんだけど、もちろん反対されちゃった。
それもそのはずで、蓮華女学院があるのは、東北の地方都市の青葉町。
当然、都内の家から通えないし、おばあちゃんの家からも遠いから寮に入るしかなかくて、一度は諦めるしかないかなって思ってた。
でも、やっぱり諦め切れなくて、お父さんとお母さんに何度も何度もお願いして
勉強も一生懸命がんばったら、ある日、受けても良いよって言ってくれたんだ。
受験が終わった後に聞いたら都内の難関校並の偏差値だから、受かる訳ないって思ってたんだって。
あたしだって、やる時はやるんだからね!
憧れの、セーラーカラーのついた、黒いワンピースの制服が家に届いた時は嬉しくて、シワになるから脱ぎなさいって怒られるまで着てたっけ。
そんなことを思い出しながら、古いけどキレイに掃除された廊下を歩く。
小学校のゴムかプラスチックみたいな廊下と違って、蓮華女学院は、壁と同じような、石みたいな廊下で
声が響いてる気がするし、それに、天井も少し高いから、全体的にヒンヤリしてる気がする。
「えっと……ここかな」
入り口の上にあるプレートでクラスを確認してから、開いてるドアから、そーっと教室の中を見た。
同じ地元なのか、初日から仲良しグループを作って楽しくおしゃべりしている子たちもいたけど
ほとんどの子が周りをチラチラ見ながらケータイをいじったり、本をを読んだりしてた。
……う~、緊張するなぁ。
ちょっと気後れしながら教室に入ったあたしは、一人の子に目を奪われた。
その子は、窓際の席で、静かに文庫本を読んでた。
流れるような黒髪に、ピンと伸びた背筋。縁のないメガネと、その奥のキレイな目。
整った顔立ちに、白くて滑らかそうな肌。とても同じ歳に思えなかった。
「キレイな人だなぁ……友達になれたらいいなぁ」
って思ったんだけど、出席番号順に並べられた席は離れてたし、わざわざ話しかける用事も無いし。
何かいい方法は無いかなって考えてる間に、入学式の時間になった。
やっぱり出席番号順に並ばされたから、声をかけるチャンスは無かったんだけど。
『新入生挨拶。新入生代表、一年二組、小山遥』
「はい」
透き通るような声だった。
他の人は分かんないけど、あたしはマイクを通して聞こえてくる小山さんの声に一生懸命、耳を傾けてた。
……そうだ! あいさつ良かったよって話しかければいいんだ!
何とかきっかけを掴めたような気がして、ワクワクしながら教室に戻ったんだけど、なかなか話しかけるチャンスは巡ってこなかった。それどころか。
「何か用ですか?」
小山さんに話しかけた子は、その一言で会話を終わらされてしまう。
最初は人だかりができていた小山さんの周りだけど、二日後には誰もいなくなってた。
あたしは何か用事をみつけて話しかけようとしたんだけど、そんなもの都合よく転がってるワケがなくて、あたしはただ眺めてるだけだった。
◆
「では、この後は部活・委員会見学になります。新入生のみなさんは、パンフレットを見ながら自由に見学してください」
入学式から二日後の今日は、生徒会主催のお花祭り。
本当はお釈迦様の誕生日を祝う行事なんだけど、併せて新入生歓迎会も兼ねてるんだって。
それで、歓迎会のメインが部活・委員会見学。
中等部は部活動か委員会活動が必須で、どこかには必ず入らないといけないんだって。
うーん、どうしようかな……あ、そうだ!
あたしはパッと閃いて小山さんがいた方を見たんだけど、もういなかった。
「どこに行ったんだろう?」
キョロキョロとしてたら。
「ねぇ、ユメちゃん。先輩が案内してくれるって」
「えっと……ごめん。ちょっと行くところあるから!」
同じ寮の子の誘いを断って、あたしは講堂を出た。
どこにいるんだろう?
読書が趣味って自己紹介で言ってたから文芸部?
それとも図書委員会?
あたしはパンフレットを片手に小山さんを探したけど、文芸部の部室にも、図書室にも小山さんはいなかった。
「どこに行っちゃったんだろ……」
ガヤガヤと賑やかな校舎を、あたしは一人でうろうろしながら、小山さんの姿を探す。
通りがかったところはとりあえず覗いてみたけど、いなかった。
教室にも行ってみたけど、いなかった。
ついでに下駄箱も確認したけど、ローファーがきちんと置いてあった。
「残ってるのは……理科実験棟と、運動部の部室棟と、カフェテリアか……あ!」
パンフレットから目を上げたとき、その姿が見えた。
二階のトイレから、ちょうど出てきたところだった。
あたしは、気づいたら走り出してて、そして小山さんの腕をしっかりと抱きしめてた。
「こ、小山さん!」
「……え?」
すぐ目の前に小山さんの顔がある。
驚いた顔をしてるけど、その顔があまりにキレイだったから、あたしは何も言えずにじーっと見つめてた。
周りの人たちのヒソヒソ声は気にならなかった。
「あ、あの……何か……」
「あのね。一緒に見て回らない?」
「え? 何を?」
「部活の見学……もしかして、もう決まってるとか?」
「ううん。決まってないけど……」
「じゃあ、どうかなぁ?」
あたしは願うような目で見上げる。
ドクッドクッ、って心臓が痛いぐらいに高鳴ってる。
すると、小山さんが今までに見せたことのない、ふんわりした笑顔になった。
「うん、いいよ」
「……ホント! やった~ッ!」
あまりにも嬉しくて、嬉しくて。
だから、大きな声で叫んでた。もっと力強く、小山さんの腕をぎゅーッて抱きしめた。
「ちょ、ちょっと、山下さん……」
「あたしのことは、ユメでいいよ」
「えっと……ユメ?」
「なぁに?」
小山さんは黙ったまま、スタスタと歩き始めた。
あたしは引きずられるように、腕にしがみついたまま着いていく。
どこに行くんだろ? あたしたちは階段を上って、屋上に出た。
「わ……」
小さな花壇があちこちにあって、カワイイ花がいくつも咲いてる。
花壇の側にはベンチが置いてあって、まるで公園みたいになってた。
こんなふうになってるなんて、知らなかったなぁ。
あたしたちは腕を組んだまま、手前のベンチに座った。
「あの、小山さん」
「……遥でいいわよ」
少し頬を赤く染めた顔が、カワイイなって思った。
「うーんと……じゃあ、ハルちゃん」
「それでいいわ。ところで、いつまでこうしてるの?」
「え……あ!」
あたしは慌てて腕を離した。
何か申し訳なくて、恥ずかしくて顔を上げられなかった。
そうしたら。
「少し恥ずかしかったけど、別にイヤじゃなかったから」
「え、あ……うん」
そっと見上げた顔は、あのふんわりした笑顔だった。
ハルちゃんは次の日のホームルームで、先生から学級委員に指名されて、そしてそのまま生徒会に入ったんだ。
新入生代表をするぐらいだから、当たり前なのかもしれないけど、わざわざ生徒会の人がスカウトしに来たぐらいだから、とってもスゴイことなんだよね。
せっかく仲良くなれそうだったのに……って思ったけど、そんなの全く心配いらなかった。
「ユメ、お昼はどうするの?」
「え……あたしはカフェテリアだけど……」
「じゃあ、行きましょう」
とか。
「ユメ、もう帰るの?」
「ううん。国語の課題を図書館でやろうかなって」
「じゃあ、ユメが行くなら、私も行こうかな」
とか。
ちょっと気後れして、あたしから声をかけられなかったんだけど、普通にハルちゃんが話しかけてくれたから、そんなモヤモヤは吹き飛んじゃったんだよね。
いつか、きちんとお礼を言わなきゃって思ってて。
それで、六月の校外学習の後に、ハルちゃんの家に泊まったんだけど、その日の夜にお礼を言ったら。
「みんなの前で、いきなり抱きついてきたのに?」
って、笑われちゃった。
でも、こっそりとハルちゃんが言ったんだよね。
「私こそ……ありがとう、ユメ」
何のお礼なのか、教えてくれなかったけど、高等部になった今でも、あのお礼は何だったのかなって思うんだけど、でも、いいんだ。
だって、あたしたちは、もう一番の仲良しなんだもん。
部活も、委員会も違うし、帰る方向も逆。
中等部の二年生と三年生の時は、クラスもバラバラになった。
けど、あたしとハルちゃんは、ずーっと仲良しだった。
一緒にお昼を食べたり、川で水遊びしたり、ハルちゃんの家に泊まりに行ったりね。
高等部に上がって、また同じクラスになれたから、このまま三年間、一緒だといいんだけどなぁ。
神様……じゃなかった、仏様! お願いします!
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