第九話 禁呪ハ極致ヘ

クロは展開した魔法陣から火球を何発も放ってきていた。その一つ一つをアイリス達に当たらぬよう、長剣でかき消していく。



「リリス、すまぬがしばらくの間エリーゼを預かっていてくれ」



「わかった」



アイリスは背負っていたエリーゼをそっと草原に寝かせ、クロの方を睨む。



「何故そんなにエリーゼに固執する?何が目的なのじゃ?」



「そんなの教えるわけにゃいでしょ?」



「そうか」



その言葉とともに隣にいたはずのアイリスが消える。次の瞬間にはクロの元まで迫っていた。



「では教えてくれるまでじっくり話しをしようかの」



「にゃっ!?」



魔法陣を展開しようとするクロの手を掴むと遠くへ放り投げた。空中に高く飛ばされたクロはやはり猫なのか、見事に着地するとその鋭い視線をアイリスに向ける。



「あの猫のことは任せておれ。カイトはこの子を何とかしてやるのじゃ」



アイリスは隣にいる少女の頭を撫でると、クロの元へと走っていく。俺もリリスにエリーゼを頼み、少女の所へ向かった。



「なんでこんな事するんですか?突然現れて、私達の邪魔をして……」



明らかな嫌悪を見せられて、俺は反応に困る。この子の言わんとすることも分かるけど、でも誘拐はそれ以前の問題だろう。



「変だと思うかもしれないけど、俺は君を助けたいと思ってる」



「……本当に変ですね」



ああ、変だよな。だけど、こんな年端もいかない少女に誘拐をさせるこの世界の方がもっと変だよ。


俺は少女と同じ目線に立ち、剣を地面に置く。



「何かを成すために子供達を誘拐したんだろ?だったら、俺がその何かのために力を貸す。だから全部教えてくれ」



「なんでそこまで……今日会ったばかりなのに……」



「自分でもわからないけど、救いたいと思ったから?」



「意味がわからないです」



ほんの一瞬だけ、少女が笑ったような気がした。気のせいかもしれないけど、明らかにさっきとは雰囲気が違うと思う。



「そういえば名前を聞いてなかったね。俺はカイト・ヒロ、君は?」



「ソフィ……」



「ソフィか、いい名前だな」



うんうん、だいぶ和んで来たんじゃないだろうか。この調子で距離を縮めて、ソフィに信用してもらわなければ。


俺がそう思っていると、ふいに強い横風が吹いてソフィの目を覆っていた布がずれた。多分俺が外した時に緩んでいたんだろう。



「え?」



垣間見えた金色の瞳は相変わらず綺麗だったのだが、半分ほど黒く塗りつぶされたように濁っていた。



「どうしたんだ?眼が黒くなってるけど」



「えっ本当ですか?なんでだろう……」



しかし数瞬して、少女はハッと我に返る。そして焦った様にキョロキョロと周りを見渡した。慌ただしく動き回り、明らかに動揺しているのが見て取れる。



「く、黒猫さんはどこですか!?眼がッ眼がッ!」



「ちょっ大丈夫か?どっか悪いんだったらリリスに……」



「離れてください!」



近寄ろうとする俺を拒み、まるで何かに怯えるように少女はうずくまる。呼吸を荒げ、体を小刻みに震わせている。



「嫌だ嫌だ嫌だッ、なんでこんな時にッ!怖いよぉ!助けてよ黒猫さん!」



「アイリス!ちょっとこっちに来てくれ!」



いまだに戦闘をしているアイリスに呼び掛けるが、爆発音にかき消されて声は届かない。その間にも少女の容態はどんどん悪化していく。



「あぁぁ……嫌だよぉ……もう、絶対に……うぅぅ」



「しっかりしろ!」



震える少女の肩を掴み顔をのぞく。そこにあるはずの綺麗な瞳は、黒く汚れて白目さえも分からない状態だった。


そして肩に置いていた手にも異変が起きる。黒い霧のようなものが纏わりつき、振っても全く取れないのだ。



「くそっ何なんだよこれ!」



「カイト!」



リリスがあわてた様子で駆け寄ってきた。混乱する頭を必死で働かせて、状況の改善にあたる。



「とりあえず、子供達をエリーゼのところに!」



「わかった」



リリスが子供達の鎖を引いている間にも、ソフィは呻き声を上げながら苦しそうに悶えている。どうにかしたいのに、何も出来ない自分に苛立ちを覚え、焦りと混乱が体を支配していく。


程なくして黒い霧が少女の小さな体を侵蝕し、やがて全てが包み込まれた。俺の手に纏わりつくそれと全く一緒のものだろう。



「助け、て……」



「ソフィ!」



真っ黒に染まった瞳を涙で濡らし、おぼつかない手取りでくうく。その手を力強く握りしめ、俺は必死に名前を呼んだ。


見えていないのか、ソフィは俺の声がする方に振り向き、表情を歪ませる。



「だめ……」



その言葉に反応して、ソフィの黒目と思われる部分が赤く光った。次いで掴んでいた手に衝撃が走り、俺は拒絶されて吹っ飛ぶ。


ゆらりと、今度はしっかりとした足取りで立ち上がった。全身から黒い霧のようなものを揺らめかせ、俯いてブツブツと何かを呟いている。



「……ソフィ?」



俺の問いかけにも無反応だった。俯いているため表情も見えず、纏う雰囲気もソフィのそれでは無くなっている。明らかに異常と呼べる事態だ。


やがてゆっくりと顔を上げたソフィは、その目から血を流して悲しそうに微笑む。かと思えば再び無表情になり、聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟き始めた。



「禁忌を宿せ、盲目の邪眼──」



不可解な発言。魔法を発動するための詠唱なのかと思ったが、魔法陣は展開されていない。



「毒となり、悪意となり、其に絶対の死を与えん──」



黒い霧がどんどん収束していき、球体となってソフィを包む。



「狂い呪え、神はお前を蝕むだろう……」



やがて収束されたそれは一気に弾けると、地面に流れていった。



〈EXモード=終極ジ・エンドタイプ


天禍の禁呪眼フォービドゥン・カルグラース】〉



「それは禍々しくも美しい」



レベルアップの時に聞こえるはずの声が、草原に虚しく響き渡った。黒い霧が溶け込んだ地面は、草をどんどん枯らしていき、いまだにその領域を広げている。



「EXモードだと?一体何が……」



「カイト、こっち!」



息を荒げながらリリスが近寄ってくる。どうやら相当焦っているらしく、額に汗を滲ませながら必死に俺の服を引っ張っている。


俺も状況の把握が出来ておらず、混乱しつつもリリスに引かれながらその場を後にした。エリーゼの元に辿り着くと同時にアイリスが現れる。



「これはどういうことじゃ!?」



「わからない。急に様子がおかしくなったかと思ったら、いきなりあんな状態になってしまった」



困惑するアイリスに説明をし、ソフィに視線を移す。彼女の周りには空間が歪むほどの黒々としたオーラが溢れ出しており、その足下からも同様のものが地面を枯らしていきながらその範囲を広げていっている。



「にゃ、にゃんて事……」



少し離れた場所で片腕を抑えながらクロがそう呟く。驚いた様子でただ呆然とソフィを見つめていた。



「おい、何でこんなことになったのか説明してくれ。ソフィはどうなるんだ?大丈夫なのか?」



座り込んだまま固まっているクロに近付き、問いただす。彼女はハッと我に返ると、表情を歪ませながら小さな声で呟く。



「神の呪いにゃ……」



「呪いだと?」



「そうにゃ。Gスキルの元となってるシドギエルのせいで、終極ジ・エンドに至ったあの子にも影響が出ているのにゃ。今は呪いに操られてるみたい」



つまりソフィも今呪いを受けている状態なのか。



「何とか出来ないのか?」



「無理にゃん……僧侶やその上位職のジョブスキルでもどうにもならないにゃ。あれは神の呪い、つまり神と同等の力が無ければ解呪は愚か、触れることすら出来ないにゃん」



悔しそうに草原の草を強く握りしめ、肩を震わせるクロ。



「今まで私が抑えてたのに、戦闘に集中し過ぎて効果が切れていることに気付かなかったにゃ。守ってあげるって言ったのに……ごめんね、ソフィ」



「クロ……」



二人の間に何があったのか知らないが、そこまで思っているのなら何故ソフィに誘拐などさせたのだろうか。今は考える余裕もないが、そんなことをふと思ってしまう。


その時、ソフィの足下から黒い霧が手の形をなしてこちらに飛んでくる。俺は咄嗟に【光輝の神剣ソル・イーリス・ブレイド】でそれを受け止めた。



「カイト、それに体を触れさせたらダメにゃん!呪いが究極段階まで移行して、一瞬で魂すらも蝕まれるにゃ!」



「了解。てことは【光輝の神剣ソル・イーリス・ブレイド】で受け止めたのは、あながち間違いではないのか」



光輝の神剣ソル・イーリス・ブレイド】にはこの剣を対象とするあらゆるスキルを無効にすると書かれている。現に剣身に触れた黒い腕は光の粒子となって消えていった。


再び黒い腕が出現して襲いかかってくるが、俺はそれをことごとく打ち消していく。



「アイリス!ここにいる全員を連れてウルニルに転移しろ!後は俺がやる!」



「いくらカイトの頼みと言えど、それは絶対に出来ぬ!こんな危険な場所にお主を一人で残して行くなど……」



「大丈夫だ!俺にはこの剣があるから黒い腕にも対抗できる。お前たちは生身なんだ、早く避難してくれ!」



「そんな……嫌じゃ……!」



「早く!」



「くっ」



アイリスは仕方なくといった感じでリリスとエリーゼ、子供達を引き連れると、クロの元に近寄る。



「お主も来るのじゃ」



「にゃ、にゃんで私まで……」



「知らぬ。じゃがカイトの頼みなのじゃ。行くぞ 」



強引にクロを立ち上がらせると、転移魔法陣を展開する。



「カイト、すぐに戻ってくる。それまではどうか無事でいてくれ」



「ああ、任せてくれ」



「死んだら生き返らせて、永遠にお仕置きする。嫌だったら死なないで」



「わかったよリリス。絶対に死なない」



その会話を終えると一瞬で彼女達の姿が消える。それを見送ると、再びソフィに視線を移した。



「待たせて悪かったな。お前もすぐに連れて帰ってやるよ」



出現した無数の黒い腕は俺の目の前で止まっている。というよりも、ソフィの意志で止められているように見えた。加えてソフィの目は硬く閉じられている。恐らく呪いに眼の能力を使わせないためだろう。



「すぐに助けてやる。だからもうちょっと辛抱してくれ」



目の前の黒い腕を斬りながら俺はソフィに向かって走っていく。腕は動いていないため、ものの数十秒で全て消すことが出来た。


俺は剣を構えて再びソフィと対峙する。絶対に助けるという意志を込めて柄を強く握りしめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る