第八話 災厄ト不幸

少女の一言に、俺は絶句する。まさかテヌロ村で出会った黒猫が、Gスキルを持った猫の獣人だったなんて。



「ジクードまで来るのは意外だったけど、おかげであの勇者の居場所が分かったからいいにゃん」



「何故、アルドベルクを狙う?」



そう質問したのは俺ではなく、後ろにいるリリスだった。



「そんなこと教える訳にゃいでしょ?知りたかったら私を倒すしかないにゃん」



「いいだろう。塵も残さず消してやる」



クロの言葉に苛立ちを隠さず、アイリスは行動に出る。持っていた短剣をクロに向けて投げたのだ。恐ろしい程のスピードで進んでいく短剣は、しかし次の時には有り得ない方向に逸れていた。



「私に攻撃は届かないにゃん」



「ほざけ!」



アイリスはギリギリ視認できるスピードで走り出すと、そのまま拳を振り上げてクロに迫る。しかし、直前で何かにつまづいたのか、勢いよく地面に顔から激突する。



「にゃははははっ、滑稽だにゃぁ」



クロはバカにした様子でアイリスを見下すと、軽く後ろへと下がった。恐らく次にくる攻撃に備えて距離を取ったのだろう。


俺はいまだに地面に倒れているアイリスに視線を移す。うっすらとだが、怒りのオーラが溢れ出ているのがわかった。


あっこれヤバいやつだ。



「イーリス様、悪いが少し本気を出させてもらう」



突然、周りの空気が重くなる。アイリスから放たれる圧倒的なまでの存在感が空間までも歪め、そして草原に満ち広がっていく。



「お主は、やってはならぬ事をしてしまった!わしの宝物を……カイトから買ってもらったこの服を汚したのじゃ!」



怒ってた理由はそれかい!と思ったが、俺は口に出さず行く末を見守ることにした。



「や、やめるにゃん!そんな力を使ったら、この場所もただでは済まないにゃん!」



「黙れ!もはや聞く耳も持たぬ!権限解放──闢力」



焦るクロを無視して、アイリスは力を解放する。それと同時に彼女の右手が青白く光った。



「砕け散れ!塵も残さず消え去るがよい!……星砕き!」



アイリスは後退していくクロに迫り、再びその拳を振り下ろす。しかし、いややはりと言うべきか、アイリスの一撃は空を切った。


クロに当たる直前で軌道が大きく逸れたのだ。そのままアイリスの拳は地面に直撃する。


刹那──耳を塞ぎたくなるような轟音が発生し、衝撃波が草もろとも地面を抉っていく。俺は吹き飛ばされそうになりながらも何とか踏み止まり、飛んでいるリリスとエリーゼを抱えて遠くへ離れた。


アイリスの一撃は衝撃波だけでは収まらず、抉られた地面が波打ったかと思えば一瞬にして消え去る。文字通り、塵も残さず消え去ったのだ。


至近距離にいたクロは案の定、遠くまで吹き飛ばされ、地面に何度もバウンドしている。そのままの勢いで、国境変わりとなっているあの山に激突した。



「や、やりすぎ……」



「私もそう思う」



抱えていたリリスとエリーゼを下ろして目の前の景色に頭を抱える。いくら何でもこれはアウトだろ。だって地面が無くなってるんだよ?火山の噴火口みたいになってるんだよ?はいアウト。



「すまぬ、どうしても許せなくてな」



少しして穴の中からアイリスが現れる。申し訳なさそうにしながらも、どこか満足そうな表情をしていた。



「権限解放──創権」



アイリスの左手が青白く光ったかと思えば、目の前の巨大な穴がどんどん塞がっていく。しばらくして、完全に元の草原へと姿を変えた。



「すごいな」



「じゃろ?見直したか?」



「いや全然。感情に支配されてエリーゼやリリスの事を見失ってたのが許せなかった」



「うっ」



もし俺が助けに行ってなければどうなっていたことか。恐らくクロのように遠くまで吹き飛ばされていただろう。決して無傷では済まされないはずだ。



「次からは気をつけるんだぞ?」



「うむ、気をつけるのじゃ。リリスもすまなかったの」



「私はカイトが守ってくれたからいい」



そう言いつつ俺に抱きつくのは止めてほしい。ほら、アイリスの表情がまた怖くなってるし。



「まぁよい。それよりも奴らが近くまで来ている。気をつけるのじゃ」



アイリスの視線を追ってみると、さっきまで豆粒だった子供達の姿がはっきりと確認出来るくらいまでに近付いていた。そしてあの子もこちらに気付き、歩みを止めている。両者の距離、およそ二百メートルといったところだろうか。



「ますます怪しいな。何で子供達を攫ったんだろう」



子供達とエリーゼの共通点を探してみるが、いまいち当てはまるものがなかった。性別もバラバラだし、歳も大分離れているし。



「理由は分からぬが、 後エリーゼだけで全てが揃うと言っていたな。誘拐された子供とエリーゼを合わせて七人か。何か分からぬかの?」



「七、か……大当たり?いや違うな」



ふと地球の大衆娯楽を思い浮かべたが、それは無いだろうと首を振る。だとすると他に何があるだろうか。



「ごめん、やっぱわからないな」



「そうか」



行き詰まってしまえば仕方がない。事の真相は本人に聞くしかないだろう。改めて彼女達を見ると、こちらに進んで来ていた。それに反応して俺達も緊張感を増す。



「目を見なければいいんだよな。普通に攻撃は通るのか?」



「恐らく眼以外はただの人間と変わらぬだろう」



となれば、力を入れすぎると殺してしまう可能性があるってことか。本当に悪い子には見えないし、何とか事情を説明して納得してくれないかな。


多分だが、あの子はクロに指示されて行動してるんだと思う。目に布を巻いているのも、関係のない人に危害を及ぼさないための対策だろうし。子供達の目を覆っているのも、誤ってあの眼を見させないためだろうし。



「行ってくる」



念のため細心の注意を払ってはいるが、あの子は布を巻いている。恐らくこのまま近付いても大丈夫だろう。



「わしもついていく」



「いや、アイリスとリリスにはエリーゼを見ててほしいんだ」



「じゃが……」



「大丈夫だって。相手は子供だし、何かあれば大人しく引き下がるよ」



なおも心配するアイリス達に手を上げてその場を後にする。月光に照らされた草原は、不思議と幻想的な景色を作り上げていた。


やがて俺と少女は目前まで迫る。



「また、邪魔しにきたんですか」



「邪魔しに来たんじゃない、話し合いに来たんだ」



「そーゆーの必要ないです」



対面するこの少女は目を覆っていても鋭い視線のようなものを飛ばしてきている。雰囲気に怒気を含んで、こちらをじっと睨んでいた。



「全く関係のない子供達を巻き込むのはどうかと思うんだけど」



「それはお兄さんにも関係のない事ですよね?」



「確かに関係ないけどな。それでも誘拐は犯罪だ。今もこの子達の親は心配してるんだぞ」



「そんなの。だって……」



少女は悔しそうに拳を握りしめると、俯きながら小さく呟く。



「仕方、ないじゃないですか……こうでもしないと、私達は蹂躙されていく。忌みなる者は、どこに行っても同じ」



「その眼が原因か?」



「知らないです」



頑なに俺との会話を拒もうとする少女。何が原因なのかはもう分かった。そっぽを向いている少女の頬に手を当て、その布を取り外す。



「ふぇ?」



布の向こうには綺麗な金色の瞳があり、動揺しているのか震えていた。よく見ると見たこともない文字が、円を作るように刻まれている。



「……駄目ッ!!」



唐突な衝撃に耐えきれず、俺は尻餅をつく。少女は驚愕の表情で俺を見つめて、慌てて布で目を隠した。



「なんで……」



「綺麗な眼じゃないか」



「なんで何ともないんですか!」



声を荒げる少女に反応して、後ろの子供達がびくりと体を震わせる。俺は倒れた姿勢を起こして、少女と同じ目線に立った。



「逆に何かあって欲しかったのか?」



「……ッ!!意地悪ですね」



「どうなんだろうな、そこらへんの評価は任せるよ」



腰に差してある長剣を引き抜き、少女が手に持っている鎖を断ち切る。解放された子供達は、しかし怯えているのかこの場から離れようとしない。



「こんな事しても無駄ですよ。黒猫さんも生きてますし」



「だと思ったよ。やっぱGスキル持ってると頑丈になるのかね。さすがにアイリスの攻撃を受けた時は心配したけど」



生きていると聞いて俺は少し安心する。例え敵だとしても、殺すほどの事ではないからだ。何かしらの原因があってこんな行動に出ているんだろうし、出来ればその原因を突き止めて救いたいとも思っている。


こんな事を考えるなんてアホみたいだよな。アルドベルクに偽善者と呼ばれても仕方がなかったのかもしれない。


遠くの山を見ると、ふもとの一部が大きく抉られていた。クロの姿はここからだと見えないが。



「カイト、エリーゼが目を覚ましたのじゃ」



後ろから声が聞こえ、振り向くとアイリスがエリーゼを背負ったまま、リリスとともにこちらへ来ていた。俺も抜いていた長剣を納めてそちらに向かう。



「大丈夫かエリーゼ?」



「ああ、まだ意識は朦朧としているがなんとかな。助けてくれてありがとう」



エリーゼは疲れた表情のまま微笑むと、再び瞳を閉じた。見たところ傷を負っているようにも見えないし、ひとまず安心か。



「カイト!後ろじゃ!」



唐突なアイリスの叫び声に驚き、反射的に後ろに振り返る。そこには燃え盛る火の塊が、既に目前まで迫ってきていた。


俺は抜刀し、それを斬り伏せる。



「やっぱり下級じゃ……話にならにゃいか」



声の主はクロだった。山の麓からここまで走ってきたのか、息を荒くして座りこんでいる。着ていた着物のような服も既にボロボロで、ところどころ破れたりしていた。


少しだけ目のやり場に困る。胸元ははだけてその豊満な胸を強調しているし、太ももはギリギリの部分まで見えてしまっているし。妖艶な光景に目を奪われるが、これじゃ駄目だと自分に喝を入れる。



「後はエリーゼだけだにゃん、早く渡して欲しいにゃん」



「もし断ったら?」



「仕方にゃいけど、実力行使にゃん」



クロは少女と子供達に近寄り、赤色の魔法陣を展開させる。やっぱり戦闘は避けられないみたいだ。


俺も剣を構え、彼女達と対面した。

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