第七話 黒猫ハ笑ウ

月明かりに照らされた草原の上で、俺は目の前の幼い少女に目を奪われていた。生暖かい風が草原の草を撫で、次いで俺の頬も撫でる。


薄茶色のフードを羽織り、後ろの子供達と同じか、或いはそれよりも年上に見える少女は、おどおどした様子で呟く。



「邪魔……してほしくないです」



目隠しをされているのに、その少女はまるで見えているかの様子で、俺の横を通り過ぎようとしている。



「待って」



「ひっ」



咄嗟に腕を掴んで動きを止める。俺の行動が予想外だったのか、少女はビクりと体を震わせた。



「誰に指示されたんだ?」



その言葉に驚いたのか、少女は俯いて押し黙る。さっきの怯える様子から推測してみると、この子が悪いことするようには見えない。それに、アイリスはGスキルの所有者が二人いると言っていた。恐らくはそのもう一人に指示されて行動しているのではないか、と俺は疑ったのだ。



「指示とか……そーゆーのじゃ、ないです」



少女は俺の手を振り払うと、後ろにいる六人の子供達を繋いである鎖を引っ張る。子供達も少女と同様、目隠しをされていた。



「まだ話は終わってない」



再び少女を止めるため、その華奢な腕を掴む。しかし、今度はすぐに振り払われてしまった。



「もう……!お兄さん邪魔しないで!」



少女は声を荒げると、目を覆っていた布を取り去る。


その瞬間、俺の視界が真っ暗になり、頭を強制的に右に振り向かされた。



「間に合ったか」



俺の目の前からアイリスの声が聞こえ、ゆっくりと視界が元に戻っていく。どうやら、アイリスに手で目隠しされていたようだ。



「本当に危なかったのじゃ。あの目を見てしまえば最後、どうなることやら……」



アイリスは安堵した様子でそう呟く。だけど、俺は目隠しされる前にほんの一瞬だけだが見てしまったのだ、少女の瞳を。それは金色に輝き、月明かりに照らされて異様なまでに光っていた。


身体に何も異常がないところを見ると、一瞬だけだったら効果がないのかもしれない。それとも見えないところで能力が発動されているのか。現状わからないことだらけだ。



「ここは危険じゃ。一旦離れるぞ」



「でも、まだ子供達が……!」



「助けたい気持ちはわかるが、今は自分の身を案じるのじゃ」



アイリスは少女の方を見ないように強くそう言うと、俺を強引に引っ張ってリリスの元へ行く。そして転移魔法陣を展開し、俺達はその場を後にした。


転移を終えると、そこはウルニル村にある宿屋の一室だった。丁度俺達がとった部屋である。



「まずは落ち着いて状況確認じゃ。カイト、どこにも異常はないか?」



「目に見える範囲ではないな」



「そうか、リリスは?」



アイリスに問われたリリスは突然俯き、弱々しく言葉を紡ぐ。



「ごめんなさい。私、何も出来なかった」



どうやら先程のことを思い詰めているらしい。俺は全然気にしてないんだけどな。



「あの状況なら仕方がないよ。リリスに何もなくてよかった」



それは本当に思っていたことだ。リリスやアイリスの反応から、あの少女が危険だということは嫌でも理解している。だからこそ、無事に帰ってこれたことに、ある種の達成感のようなものがあった。



「謝らなければならぬのはわしの方じゃ。エリーゼがもう一人のGスキル所有者に攫われた」



「なに!?エリーゼは大丈夫なのか!?」



「恐らくは無事じゃ。奴らは何らかの目的があって行動しておるみたいでな。今回の誘拐もエリーゼが連れさらわれた事と関係しておるじゃろう」



となると、あの子供達とエリーゼに何らか関係性があるのだろうか。あまり想像がつかないが、そこに手掛かりがありそうだ。



「すまぬ、わしの力を持ってしても止めることは出来なかった」



「そんなに強いのか?」



「強くはない。ただ相性が悪くてな」



それを聞いて安心する。だってアイリスよりも強い相手だったら、俺が勝てるわけがない。しかし、相性の問題であれば、どうにか出来るかもしれないからな。



「奴らはジクードを目指しておるみたいじゃった。恐らくエリーゼもそこにおるじゃろう」



「わかった。転移魔法でジクードまで行けるか?」



「もちろんじゃ」



アイリスはそう言うと、転移魔法陣を展開する。俺はその中に入り、いまだに床に座り込んでいるリリスの方へと振り返った。



「リリスはここで待っててくれ。出来るだけ早く帰ってくるから」



しかし、それを聞いたリリスは首を横に振る。



「私も行く。力になりたい」



「本当に危険なんだぞ」



「わかってる。それでも行く」



決して意志を曲げようとせず、真剣な眼差しでリリスは俺を見つめる。アイリスの方に視線を移すと、首を縦に振っていた。



「わかった。だけど、危険だと思ったらすぐに逃げるんだぞ?」



「うん」



よし、そうとなれば全員で突撃だ。絶対に子供達とエリーゼを救ってやろう。


リリスも魔法陣の中に入ると、目の前の景色が部屋から外へと変わる。この時、俺はクロがいないことに今更ながら気がついた。



「そういえばクロはどこに行ったんだ?アイリスと一緒にいると思ったんだけど」



「途中でどこかに歩いて行きおってな。多分ウルニル村におるじゃろうから、無事に帰れたら探しに行こう」



「そうだな」



クロの事は気になるが、今は目の前のことに集中しよう。このジクードという村のどこかに、あの子がいるかもしれないからな。



「ジクードは獣人の村じゃ。あまり騒がしくしては失礼じゃろうから、わしらは外で迎え討つことにしよう。恐らく、奴らはまだここまで来てはいないはずだからな」



アイリスの提案に俺は頷き、ジクードとは反対の方向に歩いていく。この先にウルニル村とジクード村を繋ぐ洞窟があるみたいだしな。


周りは広大な草原が広がっており、所々に大きな岩が点々と転がってある。しばらく歩いていくと、ようやく遠くに洞窟を捉えることが出来た。そして、丁度洞窟から出てきた子供達も視界に入る。



「当たりだな。やっぱり俺達の方が早かっ……ぶほぁっ!」



突然、何もないところで俺は盛大に転倒する。本当に何もないところなんだよ?



「さ、さすがにそれは焦り過ぎではないか?いくら子供達が心配だからといって……」



「だ、大丈夫?」



アイリスとリリスは心配そうにそう呟くが、完全に顔が笑っている。俺は恥ずかしさのあまり、しばらくうつ伏せの状態で倒れていた。



「本当に大丈夫か?」



「だ、大丈夫大丈夫。ちょっと転んだだけだから」



さすがに可哀想だと思ったのか、アイリスが手を貸してくれる。俺はそれにつかまり、立ち上がると大きく咳払いをした。



「ま、まぁアレだ。気にしたら負けだ………………子供達を助けに行こうぜ!」



「さすがにそれは無理があると思うのじゃが」



くっアイリスめ、俺のメンタルをどんどん削りやがって。こっちだって転びたくて転んだわけじゃないんだよ。


気を取り直して歩こうとするが、俺は再び盛大に転倒してしまった。



「「うわぁ」」



二人が同時に声を上げる。まぁ俺としては別に全然気にしてないんだけどね。大地ガイアと抱き合ってるだけだし?



「驚いたにゃん。まさか私達よりも早く来てるにゃんて」



不意に上からそんな声が聞こえてくる。顔だけ上げると、そこには草原に転がってある大きな岩に腰を掛けた、獣人の少女がいた。何故獣人だと分かったかと言えば、それは頭とお尻に猫の耳と尻尾がついていたからだ。まさか、コスプレしてるわけじゃないよな?本当に獣人だよな?



「お主も早いの。エリーゼをどこへやった?」



「あの女ならそこに寝かせてあるにゃん」



彼女の指差す方向へ視線を映すと、確かに草原の上にエリーゼが横たわっていた。今の会話から察するに、あの少女がアイリスが言っていた二人目のGスキル所有者だろうか。



「エリーゼ!」



「動くにゃ!」



猫の獣人は俺を止めるように声を荒げる。しかし、それを振り切って俺はエリーゼの元へと駆け寄ろうとした。


後ちょっとでエリーゼに辿り着くといったところだろうか、突然全身を急激な浮遊感に襲われる。



「うほぉっ!?」



足元の地面が急に無くなったかと思えば、俺は少し深い穴の中にいた。これは俗にいう落とし穴というものだろうか?



「なんでこんなところに落とし穴が」



「私の制止を振り切るからにゃん。運が悪かったみたいね」



穴の上から彼女は顔だけを出し、馬鹿にするような口調でそう呟く。



「私のカイトを侮辱するとは、万死に値するのじゃ」



気付けばいつの間にかアイリスが来ていて、少女の首元に短剣を突きつけていた。いつもの様子と違うアイリスのただならぬ雰囲気に、俺は一瞬だけ恐怖する。



「おー、怖い怖い。でも、本当にそんなので私を刺せるとでも思っているのかにゃ?」



「試してみるか?」



「今は止めとくにゃん」



その言葉に反応して、穴の上からアイリスの姿が消える。間を置かず何かが激突する音が落とし穴の中まで響いてきた。


音の正体が気になった俺は脚力だけで穴を飛び抜け、地上に着地する。そして前を見ると、そこには巨大な岩が地面に深々と突き刺さっていた。



「“たまたま”飛んできた岩に押し潰されにゃくてよかったわね。相当運がないように見えるけど」



「小賢しい真似を……!」



猫の少女とアイリスは一触即発の雰囲気で互いを睨み合う。俺も少女に視線を向けると、ある所に目がいった。それは、彼女が首に巻いてある首輪だ。


赤色の首輪の中心には黒石がはめ込まれており、しかもそれは俺がクロに買ってあげたものと完全に一致している。



「お前、まさかクロか?」



半信半疑になりながらも俺は少女に問う。その発言が意外だったのか、少女は驚いた表情で俺を見つめた。そして悪戯っぽく微笑み、



「そうだにゃん♪」



挑戦するような表情で俺にウィンクをした。

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