第六話 絶望トノ出会イ

王都に向かってから数分後、俺は王城の門の前で深いため息をついていた。



「そう気を落とすな。たまにはこういうこともあるものじゃ」



「見ていて面白かった。またやって欲しい」



「にゃあ!」



何故俺が二人に励まされているかと言うと、王城に向かう道中である出来事があったからだ。


数分前、新品の服に身を包んだ二人と共に王城に向かおうとした時、第一の悲劇が俺を襲った。段差もないところで三回ほど転んだのだ。いやこれならまだ許せる。


次に家の前の掃除をしていたおばあさんに水を掛けられた。わざとじゃないみたいだから許そう。


次に前を歩いていた人が偶然滑ってこけ、後頭部が俺の顔面を直撃。ステータス補正が無かったためダイレクトにダメージが通る。うずくまる俺を更なる追い討ちをかけるように、立てかけられていた板が落ちてきて背中を強打。もう許せない。


しかもこれが三回ほど繰り返されたのだ。偶然という二文字を粉々にしたいほど憎らしい。



「はぁ……」



ずぶ濡れの衣服を着替えて今の状況に至るわけだが、既にテンションは最低値に到達している。



「もう集まっていたのだな。遅れてすまない」



「いや、大丈夫じゃよ。わしらも今来たところじゃし」



程なくしてエリーゼと合流する。今回は馬や徒歩の移動ではなく、転移魔法で移動するということをアイリスが伝えた。


エリーゼは驚きつつも「そうか」とだけ答え、俺の方に向き直る。



「おいカイト。えらくやつれているみたいだがどうしたんだ?」



「いや、ちょっとね。色々あったんだよ」



今の俺ってそれだけ元気がないように見えるのだろうか。まぁ実際にないんだけどね。心配するエリーゼに「大丈夫」とだけ答える。


アイリスが転移魔法陣を展開し、俺達はその円の中に入った。数秒もせずに目の前の景色ががらりと変わり、村の前に転移する。



「ここがウルニル村か」



テヌロ村と比べると、こちらの方が少しだけ規模が大きいような気がした。特筆すべき点は人口の多さと言ったところだろうか。門の奥から大勢の村人が行き交う光景が目に入った。


さっそくウルニル村へと入り、周りを注意して見て回る。俺はエリーゼから渡された似顔絵を元に、誘拐された子供達を探していた。



「なん……だと……!?」



丁度大通りに差し掛かった時、俺は信じられない光景を目にする。なんと、歩いている村人の頭に動物のような耳がついているのだ。後ろには尻尾までついてある。



「カイトは獣人を見るのは初めてか?」



「初めてだ……」



ちょっモフりたい。めっちゃモフってみたい。本当にそこから生えているのか確かめたい衝動に俺はかられる。しかし、それを何とか理性で抑えて、大通りを歩く獣人たちをただただ見ていた。


最低値まで下がっていたテンションが一気に上昇する。獣人の中には虎のように逞しい男性もいれば、猫のように可愛い女性もいた。



「クルスス山脈を渡れば隣国であるヘカル王国だからな。あそこは獣人の国だ」



「マジかよ」



聞けばヘカル王国とランスロード王国は友好的な関係を築けているらしく、こうして自由に行き来することが可能だという。まぁ、ここにいる獣人の大半が商売をするために来たみたいだが。


開けた場所には露店などがあり、ランスロード王国には無いような道具が並べられている。



「ウルニル村の条例で獣人の商売は自由となっている。逆にヘカル王国のジクードという村でもこちらの王国民に限り商売が自由のようだ」



そうやってうまいこと調整してるのだろうか。あまり詳しくはわからないが。


人が多いので子供達を見つけようにも時間がかかりそうだ。ひとまず宿屋を探すということで、俺たちは探索を一時中断した。



「それはそうと、あれは誰だ?」



大通りを歩いていると、前を行く二人の内、リリスを見ながらエリーゼがこっそり呟く。



「えーっと、アイリスと同じように偶然知り合ったんだ」



「かなりの女好きなのだな。しかも幼い娘と若い女を連れて歩くとは」



「誤解だって。決してそういう下心があったわけじゃない」



「本当か?」



「本当だって」



今日に限ってエリーゼは俺のことを根掘り葉掘り聞いてくる。いつもは無関心というか、俺のことなんて興味もないといった風なのに。



「一つ頼みがある。宿屋を決めたら別行動にしないか?行きたいところがあってな」



「両親のところか?」



「まぁ、そんなところだ」



エリーゼは懐かしむように村の景色を眺めている。そういえばウルニル村が故郷なんだよな。



「わかった。その間に俺はアイリス達とまた探してくるよ」



「すまんな。夜までには戻る」



エリーゼの言葉に頷き、前の二人に追い付く。程なくして宿屋を見つけると、俺達はそこに入る。


王都や町に比べると村の宿屋は少しこじんまりとしているが、何というか懐かしい感じがした。


部屋を二つお願いし、荷物を置くとさっそく探索へと向かう。エリーゼは一人大通りの方へ歩いていった。



「さて、子供達を探すにもこんなに広い村だと固まって行動するのは効率が悪いな」



「そうじゃな。手分けして探すかの?」



「そうしようか」



ということで俺達は別行動することになったのだが、そこで問題が発生した。俺とアイリスはいいとしても、リリスは戦闘向きのスキルではないのだ。そのため、どちらかに同行するということになる。もちろん、アイリスの方に同行してもらう予定だったのだが。



「私はカイトと行く。アイリスはクロと行って」



「なぬ!?」



「カイト、行こっ」



俺の服の袖をギュッと握って、リリスは上目使いで見つめてくる。その仕草にドキッとしながらも、アイリスに確認を取るため視線を向けた。



「ふんっ!勝手にするのじゃ!」



明らかに不機嫌そうな顔でクロを抱えると、そのまま早足で村の奥へと消えていく。俺はその光景をただ呆然と見ていた。



「私達はこっちに行こう」



「あ、ああ……」



何だったんだ今のは。アイリスとリリスの前に火花が散ったように見えたんだけど。


俺はリリスに手を引かれて村の中を進んでいく。しばらくして誰もいない所まで辿り着くと、いきなり家と家の間に隠れるように引っ張られた。驚く俺にリリスは焦ったような口調で呟く。



「さっきは無理矢理でごめんなさい。でも、ああしないといけなかった」



「何かあったのか?」



俺がそう聞くと、リリスは気配を殺して頷く。何故か周りを落ち着かない様子で見ていた。



「アルドベルクを殺そうとした奴がいた。村の中に」



「マジで?」



「アイリスは大丈夫かもしれない。けど、今のカイトでは無理かも」



そんなに強力なGスキルなのか。リリスは少し怯えた様子でしきりに周りを見ている。



「一体どんな奴なんだ?」



「私と同い年くらいの女の子」



そんな年端もいかない子が人を殺そうとしている事に、俺は驚きを隠せなかった。それにしても、何故アルドベルクは狙われているんだろうか。



「見つかれば終わりと思っていい。だから、見つからないように行動しよう」



「エリーゼは大丈夫だろうか。騎士団の鎧を着てるし、目立つよな」



「居場所はわかる?」



そう言われると全くわからないな。どうやって探そうか検討もつかない。



「とりあえずこの辺りにはいないんだろ?だったら少しでも子供達の情報を集めておこう」



「わかった」



ひとまずこの近くを探すことにする。時間も夕方になりかけのようで、ウルニル村は綺麗な夕日に照らされていた。


そうして探索を開始した俺達だったのだが、手掛かりすら一向に見つからなかった。夕日もどんどん陰っていき、空は夜になろうとしている。


途方に暮れていたその時だった。村の建物の奥で、手に鎖をかけられた子供を発見した。



「リリス、あれ!」



「似顔絵の子に似てる。間違いないみたい」



その子供はフードを被った何者かに連れられて、村の外へ出て行く。しかも一人や二人ではない、多分十数人の子供達が一つの鎖に繋がれて、列を成して歩いていた。


夜になる頃、人目のつかないこの時を狙ったのだろう。俺達はバレないように慎重に尾行する。子供達の集団はそのままひたすら進んでいき、やがて洞窟のような場所に辿り着いた。



「あれはヘカル王国への道。子供を奴隷として売るのかもしれない」



「ジクードに逃げられれば厄介だよな。今ここで抑えるか?」



「うん」



周りは草原ばかりで見つかりやすいがこの際仕方ない。俺達は行動に移る。まずフードを被っている者の前に、俺は立ちはだかった。



「子供達をどうするつもりだ?」



問われたフードの人は、いきなりの出来事に戸惑った様子で後ろに振り向く。しかし、そこには既に後ろから走ってきたリリスがいた。


前も後ろも駄目だと悟ったのか、フードの人は俺の問いに答える。



「べっ別に悪いことしようとしてないよ?」



その声はまだ幼く、リリスと同じか或いはそれよりも下の年齢だということがわかった。フードの中が気になるが、それよりもリリスの様子がおかしくなったことに目がいく。



「まさか……」



リリスは怯えた様子で俺とフードの人を交互に見ると、後ずさっていく。



「駄目。カイト、離れて。その子が例の……」



リリスが言い終わる前に、目の前の少女は被っていたフードをとる。そこにはボロボロの黒ずんだ布で目隠しされている、黒髪の幼女が立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る