第五話 忍ビ寄ル影
その日、俺は久し振りに夢を見た気がする。薄暗い部屋のベッドで、ろうそくの光に照らされながら、黒髪の女性が俺を跨いでいる。
「まさかこんなにもうまくいくにゃんて」
声の主であるその美少女は、一糸纏わぬ姿で妖艶に微笑んだ。ろうそくの淡い光を吸い込むような闇よりも黒い長髪が揺れる。
「イーリスの能力は欲しいにゃ。絶対に」
彼女は俺の服を捲り上げて手を滑り込ませてくる。ひんやりとした触感に、自然と体が反応する。
「んにゃ?もしかして起きてるのかにゃ?」
純黒の瞳が俺を覗き、しばらく見つめ合う。薄目のまま、朦朧とする意識の中で少女は不思議そうに首を傾げた。
「気のせいか。まぁ時期に計画は終わるにゃ。その時は、あなたも一緒に連れてってあげる。傷の手当てとお肉のお礼にゃん」
少女は可愛らしく微笑むと、俺の額にキスをした。そこで俺の意識は途切れる。
翌朝、変な夢を見たせいか寝起きが最悪だった。
「ふわぁ~」
正直言ってかなり眠いんだが。ベッドから体を起こし、あくびをしているクロを見る。俺の腹の上で気持ちよさそうに眠っていたみたいだが、上体を起こしたせいで起きてしまったらしい。
「にゃぁ」
「悪い悪い。起こしてごめんな」
眠たそうにしているクロの頭を撫でてあげると、俺は部屋の外に出る。丁度アイリス達も起きていたようで、俺を見るなり早足でこちらに向かってきた。
「おはよう、カイト」
「ああ、おはよう」
寝起きなのか、アイリスは目を擦りながら眠たそうに挨拶をする。身につけているダボダボのTシャツは、俺が着替えのために持ってきていた物だが、何故お前が着てるんだ?
疑問に思いつつも、だらしなく肩まで下がった服の隙間から大きな二つの双丘が見えそうで、俺はその光景に目を奪われる。
「ちょっ、上に何か着たほうがいいって」
「なんじゃ、照れておるのか?」
「いいから着てください」
これだと俺の目に毒だし、他の客に見られでもしたら最悪だ。慌てて部屋に置いてある荷物から服を取り出し、アイリスに渡す。
「アイリス、大事にされている」
「じゃろ?この服からカイトの愛が伝わってくるのじゃ!」
「シャラップ!早く下に降りて飯食うぞ」
アイリスが暴走する前に慌てて制し、食堂に促す。下に降りると、既に全員分の食事が用意されていた。各々席に着いて食事を食べ始める。
「そういえばアイリスって飯食うんだな」
「わしを何だと思っておる。イーリス様の第一眷属といっても人間じゃぞ?」
「え!?」
俺──ではなく、アイリスの隣に座っていたリリスがその言葉に反応する。
「ただ者じゃないと思ってた。だけど、まさかイーリスの第一眷属だったなんて」
信じられないと言った顔でアイリスを見つめるリリス。同じ部屋に泊まっていたというのに、そういうこととか話していなかったようだ。
「でも、それが本当だとしたら。アイリスの年齢は一万五せ……」
「とぉ!」
リリスが何かを言おうすると、すかさずアイリスがチョップで止める。全く力を入れてないみたいだが、リリスは痛そうに頭を抱えた。
「ひどい」
「女の子の年齢を男の前で喋るのは、決して許されぬ事なのじゃ!」
お前一体何歳なんだよ。とはさすがの俺も聞けなかった。聞けば確実に全力の一撃が飛んでくると思うんだ。
「ほ、ほら早く食べよ?俺はそんなこと気にしないから」
「やっぱりカイトは優しいのぉ!わしが惚れるだけのことはある!」
「俺のどこに惚れる要素があったんだよ」
まだ会って一日だというのに、アイリスはこんな様子だ。絶対にどこかおかしい。
「どこに惚れたかと言われれば全てじゃが、あえて言うならばその強さに惚れたのじゃ。ディーン神族は自分よりも強い者に惚れるからの」
「え?さっきは人間って言ってなかった?」
「人間と神のハーフなのじゃ」
アイリスはまるで自慢するように大きな胸を張る。確かに地球の神も人間との間に子を作ってるけど、実際に見ると本当に区別がつかないな。
「ディーン神族。黙示録の一部に登場した三大神を含む第一系統に属する神々のこと。子を作ったとなれば、父親はゲオルグ本人?」
「いいや、わしはイーリス様から直々に造られたのじゃ。イーリス様の一部も入っておるから、実質ハーフみたいなものじゃよ」
アイリスの言葉に「そうなのか」と納得する。そういえばイーシェルの神話ってどんな内容なんだろう。リリスの説明は難しくて全く理解出来なかったし。
アイリスとリリスが会話している間に俺は料理を食べ終える。やはり魔法や神話の話になると、俺って絶対に蚊帳の外の存在になるよな。いや全然気にしてないんだけどね?クロを触って寂しさを紛らわせよっと。
しばらくしてようやくアイリス達も食べ終えると、宿代を払って外へ出る。予定の昼までまだ時間があるとのことなので、俺達は王都の店を見て回ることにした。
「王都。初めてだから楽しみ」
リリスも嬉しそうだし、何か買ってあげてもいいかな、アイリスにも。一応ギルドの依頼も何度か達成しているため、資金は余りあるほど持っている。
「カイト、これほしいのじゃ!」
さっそくアイリスが何か見つけたようで、テンション高めに俺を呼ぶ。行ってみると、アイリスの手元には可愛いデザインが刺繍された服があった。
この世界の服って味気がないというか、殆どが機能を追求してデザインを殺している。だけど、今アイリスが手に持っているのは中々派手な物だった。この世界の基準で、だけど。
値段もそれ相応に高かったが、俺は快く買ってあげた。
「リリスも何か選んだら?」
飛び跳ねるアイリスを見て苦笑いし、無表情でそれを見るリリスにそう言う。
「私、お金ない」
今までどうやって生活してきたのか疑問に思ったが、それは聞かないことにした。
「俺が買ってあげるから好きなの選んでいいよ」
「えっ」
俺の言葉に、リリスは心底驚いた顔をする。そして、何かを思いつめたかと思えば、その瞳に涙を浮かべていた。
俺は焦る。何か変なことを言っただろうか、と。こんな時、何を言えばいいのかわからない。
「ありがとう」
リリスはそう言って数ある服の中から一つ選ぶ。それはアイリスのと比べるとあまり派手さはないが、それでも凄くリリスに似合っていると思った。
支払いを済ませると、さっそく着るとの事なので俺は店の外で待つ。少ししてアイリス達が奥から出てきた。
「どうじゃカイト。可愛いかの?」
「これ、似合ってる?」
「うん、可愛いし似合ってるよ」
アイリスが選んだ服は自身の髪色と同じ、ピンク色を基調とした肩が露出しているものだ。腕の部分は手に近付くにつれて袖が大きくなり、涼しそうな作りになっている。あまり服の事を知らないから名称がわからないが。
次にリリスが選んだのは白色を基調としたワンピースのようなものだ。背中の部分が大きく露出してあり、所々に赤い刺繍で綺麗な模様が描かれていた。
あ、ちなみにクロにも首輪を買ってあげてる。赤色の首輪で、中心にクロと同じ色の黒石が埋め込まれてある首輪だ。
二人は嬉しそうにそのままの服装で他の店を回っていく。アクセサリーを見たり、モンスターが可愛いく描かれた絵を見たり、王都を存分に満喫していた。
そうこうしている内に時間はあっという間に過ぎ、約束の昼になろうかというところで、俺達は王城の門へと向かって歩き出した。
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