第二話 神ナル者

目を覚ましたアーシャは、まず俺を見る。そして隣にいるアイリスに視線を移し、首を傾げた。



「えーっと、誰ですか?」



「うむ、よくぞ聞いてくれたな。わしは双創神イーリ……」



「はいストーップ!え、何言ってんの?」



「え?」



「いや、え?じゃなくて!」



一体何を言おうとしてたんだよ。普通に考えればアーシャに正体をバラすのはまずいだろ。だって第一眷属だよ?しかもイーリスの眷属だよ?絶対に神扱いされてるって。


アーシャに聞かれないようにこっそりそう耳打ちすると、アイリスは感心したように頷いていた。



「わしは冒険者じゃ。訳あってカイトに同行することになったのでな。これからよろしく頼む」



「あ、はい。よろしくお願いします」



アーシャは今一理解していない様子で頷くと、寝ていた体を起こして立ち上がる。アイリスも悪いと思ったのか、立ち上がる時に手を貸していた。



「そういえば最下層だってのに何もないな」



落ち着いたところで改めて周りを見てみると、何もなかった。今回の目的は素材収集のみだったのだが、せっかく最下層まで来たのだ。ボスみたいな奴を期待していたのに、この階層はボスどころかモンスターすらいない。



「それは当然じゃ。ここには神聖な力が溢れているからな」



アイリスはそう言うと、奥の壁に向かって歩き出した。俺とアーシャもつられて後に着いていく。奥の壁に辿り着くと、そこには何やら絵のようなものが描かれていた。



「これは何でしょうか?」



アーシャも気になったのか、疑問の声を漏らす。その疑問に答えるようにアイリスは壁画の一部、三角形のように並んでいる三人の人物が描かれているところを指差した。



「まずここを見るのじゃ。右下にいるのはイーリスといって、この世界を創造した神じゃな。主に始まりと創造を司っておる」



右下の人物に目を向けると、そこには幼い少女の絵が描かれている。よく見ればイーリスとそっくりだ。



「そして対となるように左下に描かれている少年がウォーシェルじゃ。主に修復と維持を司っておる。双創神と呼ばれるイーリスに対して、ウォーシェルは双想神と呼ばれておるな」



イーリスは知っているのだが、ウォーシェルは初耳だった。初めて会った時はイーリスしかいないように見えたのだが、ウォーシェルも近くにいたのだろうか?いや、双神と呼ばれているだけであって、必ずしも一緒にいるとは限らないか。



「そして、この二人の上にいる少女が終わりと破壊を司っているフィーニスじゃな。主にこの三神がイーシェルを廻しておる」



「この壁画があるからこの階層には神聖な力が溢れているのか?」



「うむ、この壁画は大変貴重であるからな。わしが描いて、結界を張ったのじゃ」



アイリスが描いたのか、そりゃそうだよな。考えてみればイーシェルの住人が神の姿を知っているはずがないのだ。いや、確証がないから分からないが。地球では神の姿を直接見るなんて絶対に無いことだけど、イーシェルならあり得るのかもしれない。



「神々の話を聞いたことはあるのですが、姿を見たのは初めてですね。まさかこんな所で拝見できるなんて思ってもいなかったです」



「ふふふ、そうじゃろう?カイトもよく見ておくのじゃな」



「ああ、憶えておくよ」



別にイーシェルの神話体系に興味もなかったのだが、ウォーシェルやフィーニスは少し気になる神なので憶えておこう。


他の壁画に目を移すと、そこにも色々な神々が描かれていた。そういえば、Gスキルを持った人と戦うということは、つまりこの中にいるどれかの神の能力と戦うってことだよな。そう考えると、改めて事の重大さに気付いてしまう。


そうだ、俺が相手にしているのは人ではなく神なんだ。地球では想像すらしていなかった、人智を超えた神域の産物。下手をすれば命を失うことだってあるだろう。



「なぁ、アイリス」



「ん?なんじゃ?」



唐突に話を振られたアイリスは不思議そうな顔でこちらを向く。



「本当に俺と一緒に戦ってくれるのか?」



「ああ、それはもちろんなのじゃが。いきなりどうしたのじゃ?」



「いや、何でもない」



不安な気持ちを振り払うように拳を強く握りしめる。ここで焦っても仕方のないことだ。今は目先のことだけに集中しよう。


特に三十五階に用も無かったので、俺達は一度ダンジョンから抜けることにする。アイリスが転移魔法というものを使ってくれたおかげで、わざわざ来た道を戻る必要もなくなった。


転移が終わると、そこはダンジョンの一番近くにあるテヌロという村の前だった。王都からの中継地点として利用していたため、宿屋も既にとってある。



「で、なんでアイリスが俺と一緒の部屋なの?」



使っていた宿屋に戻ると、新しく部屋をお願いしようとするアーシャを制してアイリスは俺の部屋に飛び込んで来たのだ。アーシャも困ったような表情のまま、自室へと戻っていった。



「だ、だめなのか?」



いや、そんな上目使いでお願いされても俺は断わ…………らない!断れないよ!こんなに力強く腕を握られたら!


あっ駄目、折れそう。



「ちょっやめれっ」



「なっ!冷たいぞカイト!あんなことやこんなこともした仲なのに!」



「バカ野郎!隣にいるアーシャに聞かれたら誤解されるだろうが!そして今一お前のキャラが掴めねぇよ!」



本当にどうしたんだよ。アイリスのいきなりの変わりように俺はどう対応していいのか分からなくなった。


しばらくしてアイリスは強く握っていた腕をそっと離す。



「ごほんっ、まぁ今のは冗談なのじゃが」



「いや目が本気だったよ?」



「なんじゃ?もっとしてほしいのか?」



不敵な笑みを浮かべながらジリジリと迫ってくるアイリスに、俺は恐怖しか感じなかった。やがてベッドまで押しやられると、唐突に俺は押し倒される。



「……!?」



「ふふふ、そう驚くでない」



アイリスの顔が間近に迫ってくる。目の前で見ると、恐ろしいほど整った可愛い顔立ちに思わず言葉を失う。艶々とした桃色の髪からふわりと良い香りが漂ってきた。



「お主と一緒の部屋のほうが何かと都合がよかろう?見たところアーシャという女にGスキルの存在を明かしておらぬみたいじゃし」



「よくわかったな」



「それぐらい当然であろう」



アイリスはそう言うと、覆い被さるような体制から俺の隣に移動してベッドに腰掛ける。俺も体を起こして同じように隣に座った。



「そういえばカイトは不思議に思わぬのか?あれだけ力が強いのに日常生活に何の支障もないことを」



「そう言われれば確かにそうだな。本気で殴れば地面に穴が開くのに、家具や食器を強めに握っても壊れない」



試しに拳を強く握ってみるが、少し赤くなるだけであまり痛みはなかった。



「では、まずそこから説明しようかの。STRとは知っての通り、力を表す値となっている。しかしそれは戦闘での話であって、それ以外では条件下での適用となってくるのじゃ。STRに限らず、他のステータスもそれと同じでな」



アイリスの言葉に「なるほど」と納得する。思い返せば転生した浴場でこの国の姫に風呂桶を投げられた時、普通に痛すぎて悶えてたよ。HPは減ってなかったけど。



「まぁ例外もある。それがHPとMPのことじゃな。HPは値が0になった時点で死ぬが、MPは0になったとしても死ぬことはない。この二つのステータスに共通する点は、時間が経てば回復していくところじゃな」



「それは何となく分かってたよ」



今までギルドの依頼やエリーゼからの依頼で幾度となく戦闘をしてきたのだが、ダメージを負っても気付いたら全快になっていたので不思議に思っていたところだ。



「ふむ、ステータスは大方こんなところじゃな。職業に関してはわしも詳しくはわからないが、ギルドに行けば好きな職業になれると聞いたぞ。ある決められた二つの職業をジョブレベルを最大にすることで上級職業にもなれるらしい」



「そうなのか。俺も丁度戦士になりたいと思ってたところだし、今度暇な時にでも頼んでみよう」



これはアルドベルクとの戦闘でわかったことなんだが、いくら力が強くても攻撃が当たらなくては意味が無いのだ。


俺は剣術なんて習ってもいないし、今まではそれでもいいかと思っていたけど、これから先何が起こるかわからないんだ。ただ力だけでゴリ押しする戦い方はもう駄目だろう。戦士になって、一から剣の扱い方を学んで行こうと思う。



「一つ気になるのがあるんだけどさ」



「うむ、なんじゃ?」



「EXモードって何なんだ?」



その言葉を言った瞬間、アイリスの表情から笑顔が消える。俺としてはどうしても聞いておきたい項目の一つなんだが、アイリスは依然として黙ったままだ。


ただただ無言の時間だけが過ぎ去っていった。

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